第14話 人生初の壁ドンに気を取られる。
お城で1ヶ月に一度のお茶会はなくなったのだが。
1ヶ月に一度、第1王子の部屋で面談に変貌した。
尚、これは強制である。
「同じクラスなのに、なんのお話があるんだ……」
王子の部屋で肘をついて、王子を待つ。
呼び出しといて、待たせるとは何事だ。
ついた手に頬を乗せると、眼鏡が大きくズレる。
「……教室でも話す機会はないだろう……」
「だって、私が本気で避けてm……」
思わず口をつぐむ。
背後にいたのは気がつかなかった。
「今なんと……?」
「いえ、なんでもありません」
慌てて取り繕う。
さて、今日はどんな天気の話をしようか。
窓から見える空へ目を向け、カップに口をつけた。
「この間の食堂での一件、私は職員室にいて現場を見てないのだが……エステルはとても勇敢だったらしいな。」
「いえ、私は何も。逆にステイシア様にひどい事をしてしまいましたわ。」
そんな事、心にも思ってないけど!!!
「友を身を呈して助けるなど、とても素晴らしい事だと思う。怪我の具合はどうだ?」
「たいした傷ではありません」
ソッと絆創膏を貼った手を下に降ろす。
それに気がついてか分からないが、王子は視線を下に向けて。
「そうか…。」
と小さく呟いた。
……はい。会話終了です。
他に話題もなく、ぼんやりした天気の話を私が振る。
第1王子は今日も、大して広がらない話を頷いて聞くのだった。
「今日もいい天気ですね」
「そうだな、今日もとても晴れている。」
「晴れていますね。」
「そうだな……」
この地獄の時間は大体いつも1時間は続くのだ。
毎回1時間は絶対扉をあけてもらえないので、この『いい天気ですね』が1時間のうちに4〜5回繰り返される羽目になる。
この部屋の侍女は、王妃の息がかかった者ばかりだからだ。
そしてこの話し合いの様子も速攻で報告されるに違いない。
あー、なんて無駄な時間。
本当だったらコーディとマギーとまた城下町へ繰り出す約束だった。
なのに突然提案された、この面談。
私に断る力もない。
学校に入学したら、お茶会もなくなると喜んでいたのに……!
会話がなくなり、ブツブツと独り言をつぶやいてる私を、第1王子はずっと見つめていた。
「エステル、夏休みは自宅に戻られるのか?」
「ほい?」
突然話しかけられて、何とも間抜けな相槌を打ってしまう。
第1王子は私の間抜けな返事に目を見開いたが、すぐ口元を押さえた。
何だよ。そんな分かりやすく拒絶しなくても。
真面目な彼は、私が時々する仕草や言動に気に入らないのか、こうやって時々眉を寄せ、拒絶する。
私はその態度にいつも胸の奥がモヤモヤするのだ。
「……夏休みは帰省予定です。」
質問の答えを言うと、王子はただ『そうか』とだけ言うと、私から目を逸らした。
ねー、もう帰って良くない?
嫌いな相手と話すの辛くないのかな?
不毛な会話に虚しくなって、目を細める。
もうこれ以上話題もない。
そろそろ50分は立つと思うので、帰る前に私が聞きたかったことでも聞いてやろうと思った。
「エリオット殿下。不躾ながら、質問をよろしいでしょうか」
唇を尖らせながら、私は勇気を出す。
「なんだ?」
第1王子が顔を上げ、私を見る。
「この婚約に殿下は賛成ですか?」
王子の顔がゆっくり驚いた顔になる。
「……どう言う意味だ?」
どう言う意味。
うーん、そのままの意味なんだけど。
「第二王子から聞いてしまったのですが、殿下はジャンケンで負けたから私と婚約したのでしょう?」
彼は『しまった』と言う文字が顔に浮き出た様な表情をしている。
「セドリックが……?」
小さく呟き、キッと何かを睨む。
おおかた『アイツ!余計なこと言いやがって……!』的に、第2の顔でも浮かんだに違いない。
ずっと聞いてみたかった質問。
チラリと入り口付近にたむろする侍女たちに何も動きはない。
どうせまだ扉を開けてもらえない様なので、チャンスとばかりにグイグイ突っ込む。
私の質問にひどく動揺したまま、王子はまた口元を押さえた。
「……いや、ジャンケンで負けたからでは……」
激しく動揺して、汗が止まらないご様子。
カップから手が離れ、頭を片手で抱えている。
「頭の傷も気にしていただなくて結構ですし、殿下がもし私との婚約が邪魔になった場合、破棄して頂いても私は構いません。」
王子は顔を上げ、私を睨みつけた。
「婚約が邪魔になるとはどう言う意味だ。」
「物の例えです」
私は王子と目を合わせない。
目を合わせず、お茶のカップに口をつけて誤魔化す。
王子は私への怒りを隠すように息を吸いこんだ。
「これはお互いの両親が決めた婚約だ。私や貴女の一存で解消できる話ではない。」
静かに私を睨み続ける王子。
それでも私は王子を見なかった。
しばらく沈黙が続いた。
先に動いたのは、王子で。
王子は立ち上がり、私の顎を掴み、自分の方に向けた。
「エステル!俺を見ろ。」
急に掴まれた私は驚いて目を見張る。
何が起きたか、一瞬真っ白になる。
「婚約は絶対解消されない。君がどんなに嫌がってもだ……。」
不意にエリオット王子の顔が悲しそうに見える。
「嫌がってるのはあなたもでしょう……!」
王子も目を見張る。
きっと図星をつかれたから。
私は顎の手を払いのけて、また目をそらす。
「ジャンケンで責任譲り合って、負けたから婚約した。そんな婚約ってうまくいくのでしょうか?
もしお互い将来想い合う人が出来たら……」
そこまで言いかけてエリナを思い出す。
将来エリオット王子はエリナと結ばれる運命。
この世界はエリナの世界なのだから。
「想い合う……人だと?」
「そうです」
「エステル、君にはまさか、いるのか?」
「将来的な話です」
「だが、そんなものがいないのにこの話をするのは違うだろう?」
『それは私ではなく、あなたの事だ。』
言いかけて、喉の奥がギュウと詰まる。
「ともかく……!」
喉が詰まって声が裏返ったので、一度呼吸を整えて。
「……将来どうなるかわからないと言うことですよ。」
私はスッと立ち上がり、簡単なお辞儀をしてドアへ向かう。
そろそろ1時間は経っているはず。
侍女を避けて、ドアノブに手をかける。
『バンッ』
叩きつける様な音と同時に、何かに行く手を阻まれる。
ビクリと体が跳ねる。
やばい。
私壁ドンされてる……!
第1王子の両腕に阻まれる形で、立ち竦む。
私の中の別の私が。
壁ドンに気を取られ、ちょっとニヤニヤ喜んでいる。
おいやめろ!今はそんなことをしてる場合じゃない!
だがしかし、人生初の壁ドンである。
この状況にニヤニヤする別の私に意識が向かいすぎて、話を聞いてなかった。
「……わかったか?エステル。どんなことがあっても俺は婚約を破棄することはない!」
王子は力強く、私に言った。
とりあえず話を聞いてなかった私は、しどろもどろになる。
何が分かったかなのだろう。
でも今更聞いてないなんて言えず、目が泳ぐ。
私が『わかりました』と頷くまで、この部屋から。
そして壁ドンから、解放されることはなかった。
とりあえず頷いてしまったが、どうせ聞いてたところでエリナの頑張り次第で解消されるであろう。
頑張れエリナ。
王子の部屋から出た私は、廊下で深く息を吐いた。