第13話 マギーを救え☆
お昼休みになるのを今か今かと待っておりました。
さあ、計画を実行です。
コーディと私、エリナ師匠で誰よりも早く教室から出て、隠れて待機です。
「出てきた?」
「まだよ。」
「まだなの?」
「あなたは少しも待てないの…?」
コーディの冷ややかな目に、師匠の瞬間湯沸かし器に火がつく。
「なっ…!!」
はい、私の出番です。
サッと慣れた手つきで師匠の口を塞ぐ。
「もがっ!!!」
「ハイハイ、静かにしようねー」
「もががっ…!」
最近毎日繰り広げられる、このパターン。
暴れるエリナをおさえて、再び教室の様子を見る。
ゾロゾロとA組の生徒が出てくる中、クリスマスちゃんが廊下に出てきた。
後に、スケさんカクさんも後ろからついていく。
「ステイシア様は外へ出られたわよ。」
コーディが目を細めた。
「んじゃ計画通りにエリナ様。ステイシア様を尾行して。」
顎をクイッとエリナに向ける。
「わかったわ。」
師匠は右手と右足を同時に出しながら、クリスマスちゃんの後をつけた。
「……あれは、不自然すぎるわ……」
コーディが呆れたように溜息をついた。
しばらくしてノートを抱え、急いでる様子のマギーが教室から出てくる。
もう既に教室には誰も残ってなさそうだ。
「だからこの時間に行っても4人掛けの席は残ってないわよ……」
コーディがまた溜息をつく。
急いでる様子のマギーの後を追う。
とても急いでるせいか、私たちには全く気がついてなさそうだった。
食堂はもう既に凄い人だった。
そりゃそうよね。この食堂を使う学生だけで4学年、各学年6クラスづつあるんだもの。
食堂は生徒が十分座れるほど席はあるものの、大人数になればなるほど、席の競争率も上がってくる。
4人掛けなんて12テーブルぐらいしかなく、後は長机で大人数席で相席するか、2人掛け席に別れるしかない。
マギーは息を切らし、席を探す。
4人掛けの席は案の定一杯だった。
キョロキョロと見渡すと、長机に4人座れるスペースを見つける。
マギーは急いで持ってたノートを置いたが…。
2学年上の男子に先を越された。
小さく息を吐きまたキョロキョロと席を探すが、もう疎らに空いてる席しか残ってなかった。
マギーの顔は青ざめた。
慌てているのか何度も人にぶつかり、ノートを落としてしまう。
ノートを拾おうと手を伸ばしたら、誰かがそれにぶつかり、ノートの上に水が溢れて落ちた。
「あっ……!」
マギーは慌ててノートを拭う。
ハンカチを出す暇がなかったのか、必死に制服の袖でノートをこすった。
そしてソッと涙も拭った。
見てられなかった。
私はすぐに駆けつけて、まだ落ちたままのノートを拾って自分のハンカチで水を拭う。
マギーはひどく驚いた顔をしたが、目にいっぱいの涙を浮かべ、少しだけ微笑んだ。
「何をやってるの!?」
食堂に響く甲高い声。
マギーがハッと見上げる。
マギーの前に仁王立ちで立ち塞がる人物が、拳をブルブルと震わしている。
左右にいた2卵生の双子が、必死でその人物をなだめるような言葉を吐く。
「何をやってるのかと聞いているのですよ、マーゴット様!」
眉毛を吊り上げ、マギーに指をさす。
「全く!何やらせても失敗ばかり。これ以上付き合いきれませんわ!」
「待ってください、ステイシア様!!もう一度チャンスを……!」
「貴方が水で汚したこのノート。一体いくらするか分かってるの!?お父様が特注で作ってくださったのに……」
右左がゴチャゴチャとクリスマスちゃんを援護する。
「す、すいません……すぐに弁償を……」
「もう結構!貴方とはこれで絶交よ!!」
クリスマスちゃんはマギーを睨みつけながら、肩にかかる髪の毛を手ではらう。
「ま、待ってくださ……」
涙でグショグショになっているマギーは、クリスマスちゃんに手を伸ばす。
「ノートをとるしか能のない子爵のくせに……!」
右左がケラケラと大きな声で笑う。
クリスマスちゃんは近くのテーブルにあった、飲みかけのコップを掴み、マギーの頭上からゆっくり手を離した。
コップは水を撒き散らしながら、激しい音と共に床に落ちて粉々になる。
私は。
マギーの上に多いかぶる形で抱きしめた。
「エステル!」
「ちょっと!エステル!?」
コーディとエリナが私に走りよるが、私がそれを手で合図して止める。
私は静かにステイシアの前に立ちふさがった。
頭から水をかぶったせいで、鼻からずるりとメガネが落ちた。
ステイシアは私の迫力に、怯んだ。
「な、何よ……?貴方が勝手に前に出てきたんでしょ?」
「そうですわ、私見てました!エステル様の方から水にかかりに来てましたわ!」
「ええ、私も見てました!」
フルフルと頭を振り、水気を飛ばす。
そして、ゆっくりとステイシアの前に立って目を見開いた。
『バシン!!』
私の手が、彼女の頬を打つ。
ステイシアはバランスを崩して大きく背後によろける。
私はこんなもので怒りが収まらず、ステイシアの長い髪を掴もうとする。
その手を止める震える手が伸びた。
「エステル様!……もう、良いのです……!」
マギーはポロポロと大粒の涙を流しながら、私に微笑んだ。
私はその顔を見て手を下げる。
そして、マギーを抱きしめて、一緒に泣いた。
そこでアーロン先生や教師長の先生など、騒ぎを聞きつけた先生たちによって、ステイシアと私たちは引き剥がされた。
別室で話を聞くことになり、私とマギーは手を繋いで先生についていく。
マギーはもう、泣いていなかった。
横顔は少し、晴れやかに見えた。
各、事情聴取にて。
ステイシアがマギーに対して働いた、数々の悪行を暴露していた。
ノートを3人分取らされていた事も、食堂の席取りさせられてた事も。
ノートを取っていたせいでいつも席取りに間に合わないマギーを毎日のように罵り、蔑んでいた事も。
食堂の一連の流れは、全ての生徒が見ていたと言っても過言ではないため、どれだけとり繕おうが証拠は揃いすぎている。
ステイシアの言動や行動は罰せられるべきだという結論になった。
……もちろん、私も。
「エステル嬢。どんな理由があるにせよ、暴力はダメだ。君がガラスのコップをぶつけられて、正当防衛だという事もわかるが、これはコレ。」
「ハイ。」
「……まぁ、マーゴット嬢を勇気を出して庇ったという功績を考慮して、ご両親への報告と反省文の提出で今回の罰とする。」
「……先生。」
「ん、なんだ?」
「親に報告だけは……それだけは……!」
「お、おい、どうした!?」
私は先生にのしかかる様に懇願する。
お父様直伝のあのポーズだ。
「ダメだ、それが今回決まった処分なんだから……っておい!離れろ!!」
『オネガイシマスオネガイシマスナンデモシマス』と呪文の様に懇願したが、結局それは通してもらえず。
マジックテープの様な音と共に、先生は私を引き剥がした。
3日後、父からの『エステルがそんなことをするなんて!』という悲しみの手紙と一緒に、母からの30枚以上に渡る説教の手紙が来る。
夏休みに帰ったら、覚えとけという事だ。
あぁぁあ。
まだ2ヶ月も先なのに、気が重い……。
私は先生に出すものとは別に、反省の手紙を毎日母へと書き綴る羽目になったのである。
「ステイシア様、2ヶ月の自宅謹慎となりましたね。」
昨日とは打って変わって、平和な食堂。
今日の4人掛けの席をキープできた私たちは、優雅に食堂でランチ中。
「意外と厳しかったわね、処分。そのまま夏休みだけど、彼女達は補講で夏休み返上だろうし」
エリナがサラダを口に運びながら言う。
「まぁでも学校側は結構重く見てるわよね。授業のノート取らせたり、蔑んだ発言したり、1番はガラスのコップをぶつける事件。」
コーディは指を数える様にひとつづつ折っていく。
「……私も厳しかったよ、処分」
ガラスで被弾した手の絆創膏を撫でる。
「エステルのは、処分じゃなくて親からの教育的指導でしょ……?」
「コーディ、すごく冷静に言わないで……。」
しれっとしながら、パンをひと掴みちぎって、口に入れるコーディ。
「でも、カッコよかったよ。エステル……」
エリナがボソッと呟いた。
「え?なんて言ったの?周りの音で、よく聞き取れなかった!」
真向かいに座るエリナに向かって耳を傾けるが、エリナに押し戻される。
「バカ!もう二度と言わないわよ!!」
耳が赤い。
どうした、師匠……。
コーディがエリナに向かってくすりと笑う。
「私は聞こえてましたわ。教えて差し上げましょうか?」
「ちょっと!!言わなくていいから!」
「あらぁ?どうしようかしらぁ……?」
コーディ…その顔めっちゃ怖いよ……。
私が若干引き気味に二人を見つめていると。
「エステル様は私のカッコいいヒーローです!」
遅れてやってきたマギーが息を切らしながらやってきた。
「遅いよ、マギー。もうみんな食べ始めちゃってるよ!」
エリナがマギーに向かってニヤリと笑う。
「すみません、席取ってもらっちゃって……。」
そう言いながら私の横に座る。
マギーと目が合う。
マギーは友達になったあの日と同じ笑顔をしていた。
ステイシアは私に怪我をさせたことが一番重罪な処分の対象となった様だ。
ガラスが頭に当たって割れてたら。
私の顔に傷が付いてたら……。
両手に何箇所かの切り傷で済んだのが、本当に幸いだ。
現場を見ていた普段温厚な兄が、大層お怒りな手紙を両親に書いたのが追撃となり。
我が家は颯爽とワイラー家へ抗議の手紙を送った様だ。
流石に元英雄の孫娘に怪我させたと言うことで、ワイラー家は平伏する勢いで謝罪をしてきた。
それで、学校と話し合った結果、2ヶ月の謹慎である。
勿論スケさんカクさんのイザベル・アプトン、ヘレン・アプトンの姉妹も同日謹慎となる。
マギーのご両親も今回の事を受け、もうステイシアと仲良くしなさいとは言わなくなったそう。
さて無事にマギーは私と一緒につるむ様になったのだが。
怪我の功名でも、偶然起こった事件でもなく。
これにも訳がある。
「マーゴット様にも過去の話がちらりと出てくる場面があるんだけどさ。」
自分が書いたノートをパラパラとめくっているエリナ。
「エステル達の取り巻きになる前、ステイシア達とつるんでたのも一緒なのよ。
虐められて、エステルが助けた恩でつるむ様になったと言う説明文があってさ、確かその時期がそろそろ来ると思うのよねぇ……」
「……そんなモブと言われる人のストーリーまで細かく作られてるの?」
「作られてると言うか、マーゴット様がエステルに恩があるって言うのを語るやつがあったのよね。
だから私はエステル様がどれだけ悪いことをしてもついていくの的な。」
「恩……?どうやって恩を売るの?」
「確か食堂で席が取れずに怒鳴られてるとこを、高笑いで縦ロールが現れて、『ちょっとあなた達何やってるザマスか?迷惑だから消えなさいザマス!』みたいな感じだったと思うんだよ」
「……私ザマスとか言う人だったの??」
眉を寄せて、怪訝そうな顔をする。
「……言ったら面白いかなって。」
「……絶対言わない。」
『チッ』
師匠は舌打ちをする。
「ともかく食堂で怒鳴られるのを隠れて待てばよろしいのかしら?」
コーディの質問に、エリナは背伸びをしながら「そうだね」と言った。
『今ぐらい』
師匠の言葉を信じたため、私たちはそこから毎日。
誰よりも早く教室を出て、何事もなく過ぎる日々を1週間以上続ける羽目となる。
まるであんぱんと牛乳を抱えて張り込む刑事の様に。
毎日毎日マギーのされる仕打ちを見続ける日々。
私の怒りも限界になってきたその時、あの事件が起こる。
予定とは違う行動になってしまったが、結果はマギーが手に入った。
恩を売ったつもりもないけど、私のそばでコーディとマギーが笑う姿を目を細めて私も笑う。
それがとても嬉しいのだ。
あ、師匠も。いちおう、ね。