第12話 新しいお友達。
その日の夜は、コーディと私の部屋で秘密のお泊まり会をすることになった。
明日は学校もお休み。
外出許可を取って、城下町までショッピングに行く予定なのだ。
「明日楽しみ!お友達と出かけると言うのは初めてだわ」
ウキウキを表現する様に、軽くベッドで飛び跳ねる私。
「私もですわ!」
コーディもニッコリした。
コーディはフリルのついたナイトキャップをかぶって、ベッドへ入る支度をしてる。
その様子を見ていた私は、ふと疑問が湧く。
貴族のお泊まり会。
私の部屋にはエルという私付きの侍女がいる。
勿論コーディの専属のお付きの侍女もいる。
うちの寮にはほぼ全員貴族なので、自分のとこから連れてきた侍女が必ず部屋に一人いるだろう。
コーディがうちに泊りにきたので、お付きの侍女もコーディのお世話をする為に私の部屋にいるのだが。
同じ家に勤めているなら勝手もわかるだろうが、よその家の侍女二人。
お互いのお嬢のお世話で『あ、すいません』『いえいえこちらこそ』など、狭い部屋で道の譲り合いが繰り広げられる。
紅茶を淹れるにしてもお互いがお茶にこだわりがあったなら、『私がやりますので』『いえいえ私が』なんてなったりしないのだろうか。
コレが5人とか8人と壮大なお泊まり会になってくると、侍女も渋滞するのではないだろうか。
ズラッと色も形も違うお支度着を着た侍女が、部屋の隅で並んで待機する姿。
想像しただけでシュールで笑いがこみ上げてくる。
どっちの侍女も下がらせた後、コーディにそれを言ってみた。
「確かに!」
コーディはくすくすと笑った。
そんなくだらない事をたくさん言い合った。
「そう言えば」
コーディは続けた。
「エリナ様。あれ、どうする気なのかしら。」
「アレ?」
「そう、あの話よ。シナリオ通りにとか言うやつ。」
私はゴロンとコーディの方へ寝返りをうった。
「どうなるって……台本がこないと私何も動けない!」
「まあ、そうなのよねぇ……」
コーディも座った姿勢でこちらを向く。
「僕が本当に愛しているのは君だよ、エリナ……。エステルが君にやってた罪は全て分かってる。今こそ君と結ばれるために!……エステル、君は自分のしていることがわかっているのか?今ここで君との婚約を破棄する!」
コーディが突然ベッドの上で片膝をつきながら、私に両手を広げる。
突然の事に私も飛び起きる。
コーディはニヤリと笑う。
「ねぇ、なんで全部覚えてるのよ!」
「私、記憶力はいい方なの。」
「てかそれってエリナ師匠と同じじゃない?」
「やだ、一緒にしないで!」
ボスッと枕が飛んでくる。
私はまた笑った。
「と言うか私思ったのだけど。」
「うん?」
「エリオット殿下があんなセリフいうのでしょうか……?」
「え??」
コーディはうーんと考え込む。
「あんな真面目に手足がついてる様な王子が、あんなチャラいこと言うだろうかと……私は全くピンとこないのだけど」
まぁ、確かに。
月イチでお茶会してた仲だが、第1王子がどう考えてもあんなこと言いそうにない。
ものすごく照れてしどろもどろになりそうだ。
でも。
「好きな人ができたら変わるのかもよ?ほら、まだ私たち10歳だし。後4年もあるじゃない?」
「それはそうだけど…」
コーディがハァと息をつく。
「でもやっぱり想像つかないわ……」
そう言ってベッドに横になる。
「政治が絡んでいる結婚を自分の気持ち次第で断罪という形で破棄するだろうか?」
「うーん、私にも分からないけど…破棄してくれるなら何でもいいかな……」
「まぁ、ジャンケン結婚だもんね……」
私は苦笑いした。
正直その辺の事は、今考えたくなかった。
考えるとモヤモヤする。
今頃ぶつかった鼻がキュンと痛んだ。
ソッと手で押さえる。
「そう言えば、もう一つ。」
コーディが人差し指を立てる。
「なに?」
「エリオット殿下、食堂の一件からエステルのこと呼び捨てになってたわね。」
コーディがニヤリと笑う。
「……え?知らないけど……」
びっくりして目を見開く。
「あの時火傷したかもっていう焦りで呼び捨てしたんだろうなって思ってたけど、あれからずっとエステルって呼んでるのよ」
見開いたまま、固まる。
「まぁ、両本人も気がついてなさそうだけど!」
コーディはこっちを見ずにフワァとあくびをした。
「うー、もう明日の楽しいこと考えながら寝ようー?眠くなってきたー」
私も誤魔化す様にあくびをした。
コーディも『そうね』と言って、部屋の電気を消した。
……エリオット王子が、私を呼び捨て?
そんな許可取られてないし、全く気がつかなかった。
きっとジャンケンで負けた婚約だし、こいつは下僕扱いでもいいや的なあれか?
だとしたら、ムカつく。
というか、何より。
コーデリア恐るべし。
コーディがスゥスゥ寝息を立てても、私は暫く寝付けなかった。
次の日。
絶賛☆寝不足で城下町へ。
足元おぼつかないけど、まあしょうがない。
「エステル体調が悪いの?」
コーディに心配される始末。
半分あなたのせいだからね!爆弾置いて寝るから!!
そんな事は口に出して言えないので、『平気よ』と青い顔で言った。
お互いの侍女と護衛を連れてだけど、コーディとお買い物が本当に楽しかった。
初めて行くおしゃれなカフェや、可愛いアクセサリーが売ってる雑貨屋さん。
お揃いの髪留めを買ったり、お揃いのノートを買った。
「あー楽しかった!!」
「本当に!!またぜひ行きましょね!」
私たちは満面の笑みで笑い合った。
ふと、帰りの馬車を待ってる時。
大通り沿いのカフェで、見たことある面影の少女を見かける。
「あ、ねえアレって…」
コーディの袖をツンと引っ張って、指を指す。
「えーっと、何だったかしら。昨日聞いたんだけど…」
「私もここまで出かかってる。ここまで」
喉を指差し、アピール。
ここまで出かかってるのに…!
脳内で記憶の箱をひっくり返して探す。
これでもない、これでもないと分別からの、底の方に見つける記憶。
コーディも同時に思い出した。
「「マーゴット様!」」
呼び止めたつもりはない。
だが、二人の声があまりに大きかったので。
「はいい?」
結果呼び止めてしまう。
「「…ご、ごきげんよぉう……」」
これまた仲良く声がハモる。
彼女は私たちに呼び止められて、ひどくビックリしてる様子で、オロオロしている。
呼び止めちゃったものは仕方ない。
とりあえず、天気の話でもしよう。
だってクラスメイトなんだから、呼び止めても変じゃないはず!
そう思い直して、彼女に近づいて行った。
「……お買い物ですか?あの、今日はいいてんk」
「エステル、まずは自己紹介からでしょう?私同じクラスのコーデリア・フランチェスと申します。」
ドンと私に肘鉄を食らわせ、スカートの裾を広げ、綺麗にお辞儀をするコーディ。
そうでした!!
「私も同じクラスの…」
「存じております。マーゴット・アメルと申します。丁寧にご挨拶ありがとうございます」
マーゴット様もスカートの裾を広げた。
「マーゴット様も今日はお買い物ですか?」
コーディがよそ行きな顔して微笑んでいる。
彼女のこういう飄々とした社交性は尊敬に値する。
「え、ええ。ステイシア様のお買い物を頼まれておりまして。後は、イザベル様とヘレン様のお買物も……」
オドオドしながら、質問を返している。
全く目が合わない。
「あら?ステイシア様も一緒にいらっしゃってるの?」
コーディがキョロキョロと辺りを見渡す。
「いえ、私だけです……」
困ったように下を向いてモジモジし始めた。
「えーっと……何故あなたが彼女たちの買い物をしてあげているの?」
流石にどうかと思ったので、突っ込んで聞いてみる。
「わ、私が好きでやってます!私、グズなので、いつもステイシア様たちにご迷惑おかけしまくりで……。私のために試練をくださっているのです!」
『先を急ぐので』とこの場から立ち去ろうとした彼女の手を掴む。
ビクッと体を震わせ、振り返った。
「マーゴット様、良かったら私たちと友達になってくれませんか?」
私の口からすんなりと言葉が出る。
まさかこの私が。
コミュ障の私がこんなことを言える日がくるとは。
心の中でエプロンつけた母親役をした私が、今の私に向かって『成長したわね』と頷く。
それぐらい、自分でも驚いている。
突然友達になろう宣言に、マーゴット様もコーディも何故かエルまで驚いた顔をしている。
エルまでそんな顔することないでしょう!!
もう!ハンカチで涙拭かないで!!
言ってしまったものの周りの反応に恥ずかしくなり、どんどん顔が赤くなっていくのがわかる。
「あ、あの…」
マーゴット様もつられて顔が赤くなる。
「良かったら、どうですか?友達!」
もう半分ヤケクソだ。
「私からもお願いしますわ」
コーディがソッと私の肩に手を添えた。
マーゴット様はその様子をずっと目で追っていて。
俯いて恥ずかしそうに頷いた。
掴んだ手を離して、ホッとしたように笑顔を向ける。
「ありがとう…」
そしてもう一度、手を差し出す。
マーゴット様はソッと握手を返してくれた。
「あの、マギーと。マギーと呼んでください……」
別れ際マギーは私たちにそう言って、何度も何度も振り向いて手を振ってくれた。
「あの生き物、めっちゃかわいくない?」
「可愛いわね。小動物みたいで。」
笑顔で手を振り返しながら、その裏で邪なことをつぶやく二人だった。
「友達になれたの??いつ!?」
次の日学校での出来事。
相変わらずお昼ご飯を一緒に食べる羽目になっている我々と師匠。
もう気にしてなさそうなので、私たちも何も言わないことにする。
「だから、いつよ!?」
師匠、せっかちすぎ。
またコーディが魚の目みたいになってきたので、私が昨日の出来事を話す事に。
「え!?何で二人だけで買い物とか行ってるの?誘われてないんだけど!!」
「誘ってないもの。」
「いや気にするとこはそこじゃないよね?!」
だめだ、コントみたいになって、話が先に進まない。
「とりあえずそれは置いといて!!」
エリナがブーブーいうのを制して、話を進める。
「友達にはなれたけど、今日見た様子では……やっぱりクリスマスちゃんから離れるまでは達成してない気がする」
「休日まで自分の買い物をさせてるのにはゾッとしましたわ」
「あんた、ステイシア様を見本にでも参考にでもしなさいよ。あれが本物の悪役令嬢よ!」
「!!」
「……その手があったか!みたいな顔、やめなさい。エステル……」
フゥ、とため息をつくコーディ。
「そもそも、もうこうやってお昼を一緒に食べてる状況でどうやっていじめるのよ。あなた、ノートは出来たの?あれがないと私たち何もお手伝い出来なくてよ?」
「昨日一日かけて書いたわよ!」
そう言って、バサバサと3冊にもなったノートを私たちに放り投げた。
「う、3冊も……!」
流石のコーディもドン引きである。
とりあえずパラパラと1から順に斜め読みしたが、結構びっしり書いてあるのに、軽くビビる。
「ちょっと!書けって言っといてドン引きしないでよ!」
口を尖らせてブリブリ怒るエリナ。
ちっ、可愛いじゃねーか。
「とりあえず帰ってゆっくり読むね。」
そう言ってノートを胸に抱える。
「ええ、いいわよ。じっくり読んで。4年でイベント発生までの地盤を固めないと……!」
拳を握り、くぅぅーッと嬉しそうに笑う。
久々に宝塚状態を見た。
コーディは無視して、私からノートをとって読み始めた。
そしてマーゴット様をどうやってクリスマスちゃんから奪うか。
これがまず最初の課題である。
彼女の素直な笑顔も仕草も、とても少女らしい可愛さが溢れていた。
でも今の彼女は何かに怯えるように萎縮して歩いてる。
私がぼっちの時なら、もしかしたら見て見ぬ振りをしたかもしれない。
だが今は、コーディという友達ができた事で、私の学校生活の世界は輝き、明るくなった。
彼女は今、学校生活は楽しいのかな…?
出来たらずっと怯えて暮らすより、あの笑顔でいて欲しい。
そう思って、あの時手を掴んだ。
出来たら掴んだ手は、このまま離さず繋いだままでいられたら。
「そもそもこのドキ☆プリのプリンスの事なんですけど。プリンスに当てはまるのが二人しかいないのですが、結局2択になるんじゃなくて?」
はい、いい回想していたのに、台無しー!
ついでに地雷踏んだー!
私は静かに。
気づかれないように、静かにエリナから離れる。
エリナはまるで。
やかんが沸騰するかのように真っ赤になり、ワナワナ震え出す。
『あら?』と今頃気がつくコーディ。
だがもう遅いのだ。
それと同時にエリナが叫ぶ。
「そーいう揚げ足指摘は見て見ぬ振りするのが暗黙のルールなのに!!」
さあ今日もみんな元気です。