第11話 ピンクの髪のあの子と講習会。
次の日から度々…いや、頻繁に私は。
偉大なるヒロイン、エリナ師匠の講習会に参加しております。
テーマは『ドキ☆プリの悪役令嬢についての立ち回り』です。
ただいま誰もいなくなった放課後。
無人の教室にて、居残りです。
そこに何故か毎回コーディも参加しております。
あ、違うな。
遠巻きに傍観しているの間違いです。
顔がものすごい無表情です。
コーディは転生者ではないけど、エリナ師匠により強制参加させられております。
『ただのモブ』『悪役令嬢の意地悪な取り巻きA』という役名をいただき、本人とても不本意なご様子。
そもそもコーデリアなので『取り巻きC』じゃないのかと聞いたら、『そー言う揚げ足どーでもいいから!』と怒られてしまいました。
あ、エリナ師匠!素を出すときは、宝塚じゃなくなるんですね!ここ、テストに出ますか?
バシーン。
丸めたノートで机を叩かれてビクリとなる。
「ちゃんと聞いてる?」
すいません、説明回想中にて聞いてませんでした!!
えへらえへらと誤魔化す様に笑う。
冷やかな目で私をジロリ。
「キ、キイテマス……」
明らかに挙動不審で保身に走る。
またジロリと睨まれましたが、とりあえず講習は進む様です。
……ホッ。
「とにかく。ゲームが始まるのは4年後。その1年間が本番で、普通科卒業パーティーまで。」
エリナ師匠はカツカツと私の座ってる机の前を行ったり来たりしている。
「ここ、メモとって。」
「はい。」
卒業、パーティーまでが、遠足です、っと。
「その4年後まで、基盤を作らないとないといけないんだからね。わかってる?
何としてもそこで『僕が本当に愛しているのは君だよ、エリナ…。エステルが君にやってた罪は全て分かってる。今こそ君と結ばれるために…!』『エステル、君は自分のしていることがわかっているのか?今ここで君との婚約を破棄する!』と言って、私を抱きしめてキスするの!!」
師匠の意識は何処か幸せな方向に行ってしまった様です。
離れて座ってるコーディをちらりと見る。
「一語一句間違えずに覚えてそう……」と、肩をすくめた。
「聞こえてるんだから!!あんたもこっちに来てまじめに講習受けなさいよ!」
「あー、私はここで結構ですわ……」
『近くでこんな茶番聞いたところで、実行するかどうかはわかりませんもの』と、聞き取れない速度で早口で言った。
コーディよ。
そんなとこ、大好きです。
思わず親指をたてて、『グッ』とする。
コーディもフッと鼻で笑い、親指を立てた。
「今馬鹿にされたと言う事だけ分かったわ……。まあ……その調子でお願いするわ。」
まあ我々はいじめる方らしいので、仲良くする義理はない。
逆に仲良くなっちゃうと、断罪イベント来ないとまずいし。
でも私はエリナ師匠好きだけどなぁ。
本当に第1王子大好きなんだろうなーと思うし、いまだ乙女ゲーの仕組みはよく分からないけど『好きな人に振り向いてもらいたいから頑張る!協力して!』と『幸せな引きこもり生活を送るための婚約破棄』の利点が相似したので協力すると言った感じで。
ちょっと微笑ましい感じ。
「と言うことで、まずは縦ロールから始めましょ?」
……縦ロールとは?
「エステル・カーライトは縦ロールがチャームポイントの極悪令嬢なの。と言うか、悪役令嬢と言えば『縦ロール』と相場は決まっている。」
気がついたら何もしていないのに、悪役から極悪に昇格してた。
「いや、決まってると言われても私すごい直毛なのよ。髪質も硬いし、縦ロール無理じゃない??」
「そっちの事情はそっちでなんとか努力して。ともかくエステルといえば、縦ロールなの!」
「ご無理を平気でおっしゃる……」
「無理かどうかはやってみないとわからないじゃない!」
エリナは強引に私にブラシを渡す。
パーマもドライヤーもない世界に、どうやって縦ロールを……!
「…とりあえず、その前にドライヤーを発明するところから始めます……」
私は反論を諦めた。
「それから、眼鏡やめて。あと前髪も短かったはず。キツイツリ目をもっと前に出さないと!」
「……お断りします。」
即答。
「は?何言ってんの?縦ロールにキツイ目つきを晒してこそ、悪やk」
「お断りします!!」
話は最後まで聞かないでの、即答。
「は?!」
「悪いけど、これだけは譲れない。私は顔を晒したくない。100歩譲って縦ロールは頑張ってみるけど、それ以上容姿や服装で意見されるなら申し訳ないけど、他を当たってください。」
そう言うと即ササと帰り支度を始める私。
待ってましたとコーディもカバンを手に取った。
「え、っちょっと!待ちなさいよ!!」
エリナが声を張り上げる。
「どうしましたか?」
眼鏡をクイッと人差し指で上げ、エリナを見つめる。
ただ見つめたままで、何も言わない私の表情を読み取ったのか。
「……分かったわよ!この際、もう髪型とかいいわ!その代わり、イベントを確実に起こす協力は全面的にして貰うわよ。」
エリナは仁王立ちでして眉を寄せる。
「勿論です!師匠!」
と、私はにこりと微笑んだ。
ドア側に私とコーディ、教卓のところにエリナが立っている。
とりあえずもう戻って椅子に座る気は無かったので、いくつかその場で質問を始める。
「あの、イベントは4年後の1年間の間ですよね?」
「そうね。でもその前までにもストーリーがあって、そのストーリーをこなしてからのイベントだから、今から準備と協力が必要なの。」
エリナは溜息を吐いた。
「……成る程、分かりました。」
私が頷く。
「と言うか講習するよりあなたがそのイベントまでの事細かな流れと注意点をノートにまとめてくれたら、それ読むほうが早いんじゃありませんこと?
もっと言えばこうやって仲良く講習受けてるところを誰かに見られたら、ただの仲良しグループに誤解されかねませんわよ」
コーディが口元に手を当て、エリナより深い溜息を吐いた。
「「それだ!!」」
私とエリナの声が揃う。
ハッとお互いで指差し合いながら顔を見合わせる。
コーディなんて賢いの!それいいじゃない!!
「わかった…書いたら渡す。教室ではできるだけ目があった位でも私に絡んで意地悪を言って。わかった?」
「そう言うことなら息を吐く様にできる気がしますわ」
コーディはにっこり笑う。
若干エリナの方が引いてる。
「あ、あと。取り巻きはもう一人いるの。『マーゴット・アメル』その子と仲良くなっといてね?」
マーゴット……?
コーディも『誰?』的な顔をしている。
「ちょっと!30人しかいないクラスメイトぐらい覚えなさいよ!」
……怒られてしまった……!
だって周りに本当に興味がないのだ。
コーディがいれば私の学園生活は潤っているのだから……。
「マーゴット・アメル。あなたの席の斜め前に座ってるぽっちゃりさんよ。今はステイシア・ワイラーの子分。あれは多分友達関係じゃなくて、いい様に使われてるパシリね。」
コーディが私に振り返り、『パシリッテナニ?』て顔をした。
「強制的な主従関係ってことね!」と、エリナをフォローした。
「ワイラーは私たちと同じ伯爵位でしたよね?アメル家は……」
「子爵よ。だから逆らえないのをいいことに、食堂の席取りを一人でさせたり、授業のノートを自分の分まで取らせたりしてるわよ。」
だからいじめは嫌いなのよ!と言いながら鼻息荒くしておりますが。
あなた私たちにいじめを強要してますよね…?
まあ、そんなこと言うと怒られるので、声には出しませんが!
『何か言ったか?』と言わんばかりにこっち見たので、思わず目逸らしあさっての方向を向く。
もー、エリナ師匠、するどいんだからっ。
「まぁ、……頑張ってみます。」
自信ないけど。
そもそも知らない人に声かけるなんて、軽く死ねる案件だ。
コミュ障舐めんな。
ものすごく気が重いので、海より深いため息が口からこぼれる。
「おい、君達まだ残ってたのか?」
勢いよく教室が開く。
「アーロン先生!」
師匠の声が表の姿の声に変貌する。
「……なんか変な組み合わせだな。何やってた?」
「おとめげーむのこうしゅうk……」
コーディに凄い勢いで口を塞がれる。
「おとめげえむ……?」
先生の頭の上にクエスチョンマークがたくさん浮かぶのが見えた気がしたが。
慌てて師匠が口を挟む。
「乙女の立ち話ですよ!!先生!……私がドジばっかりするので、エステル様にご指導をしていただいてたのです」
手を胸の前で組み顎を乗せる。
ご指導はむしろ私が受けていたんじゃ無かったっけ…?
私の頭の上にもクエスチョンマークが出た気がした。
とっさにコーディが追撃。
「ええ、そんな感じですわ。」
「そう、か…?」
意味がわからないのか、先生が教室を見渡す。
「指導されてたのか、こんな離れた距離で。……ふむ。」
まあ、私たちが師匠をいじめてたにしては教卓とドアの前とじゃ距離がありすぎる。
「私たちはもう話が終わってエリナ様を残して帰るところでしたの。」
コーディがまたまた追撃。
「そうなんです、先生。先生がいらしてくれて、私ホッとしました……」
ヨロヨロと先生の胸の中に倒れこむ師匠。
「心細かったです……」
ウルウルした瞳で先生を見上げる。
先生はジッとエリナを見つめていた。
…よし、帰ろう。
イベントとかまだよくわからないけど、これはもうお役御免だろう。
と言うかこれで先生が落ちる様なら、先生はロリコンだと思う。
今後私も対応を考えたほうがいい。
コーディと顔を見合わせる。
コーディも私の口元から手を離し、小さく頷いた。
「あの、私たちこれで失礼いたしますね。アーロン先生、エリナ様、ごきぎぇ……」
最後まで言い終わらないままに、私の口を誰かが塞いだ。
またコーディか!と思ったら。
開いている扉の前に立っていた第1王子の胸に顔面が激突していた。
とっさに顔を抑える。
なにせ勢い良かったので、かなり痛かった。
「エステル、大丈夫か!?すまないそこに誰かいるとは思わなかったのだ……!」
顔を抑えてうずくまる私をしゃがんで介抱する。
「だ、大丈夫です。」
て言うか君と会うたび私は何かとトラブルに巻き込まれている気がするのだが!!
スクッと立ち上がり、介抱を手で拒否る。
それでなくても低い鼻がこれ以上低くなったら、能面みたいな顔になっちゃうでしょ!
コーディがよろめく私を支えてくれる。
「行きましょうか、エステル。」
ニコリと微笑む。
「そうですわね」
額と鼻を抑えながら私も微笑み返す。
「あ、エステル!」
第1王子が話しかけようとしたが、さっき言えなかった『御機嫌よう』を言った。
第1王子の気配を嗅ぎつけてアーロン先生を突き飛ばし走ってきた師匠が、今度は第1王子の胸の中で同じ手を使おうとしてる姿を横目で見ながら、私たちは足を早めた。
「忘れ物を取りにきたんですって、昨日。」
「ほう…!」
「それでね、今度一緒にお勉強を見てくださいって言ったら、『構わない』ですって!」
「……なるほど。」
「アーロン先生は奥手ね。私が飛びついたら固まってしまったわ」
「ほうほう。」
と言うかあの状況であなたに色目使ったら、ただのロリコンだから。
早く気が付いたほうがいい。
そしてロリコンの攻略はやめた方がいい。
「それでね、それから……ちょっと!聞いてんの!?」
「校庭のベンチでお昼を食べている私たちをわざわざ探し出して、あなたは何がしたいの……?」
コーディが変なものでも見る様な目で、師匠を見つめてる。
今日は天気がいいので食堂じゃなくて校庭で食べようと、二人でサンドイッチを買ってランチをしていた。
だがしかし。
昨日のことがとても嬉しかったのだろう、わざわざ私たちを追っかけてきたのだ。
「な、なによ!」
「いえ、あなたの学習能力のなさはもうフォローしかねますわ……」
コーディが肩をすくめた。
「どう言うことよ!」
エリナが声を上げる。
「……見たままですわよ。」
校庭には何名かのクラスメイトもいて、こちらをチラチラ見ていた。
この図はエリナが私たち二人に文句言ってる様にしか見えない。
「だから頻繁にこうやって会話していたら、結局仲いいと思われると忠告したはずですのに。」
「だって、エリオット様と話せて嬉しかったの!誰かに聞いて欲しかったけど、この内容知ってるのあなた達しかいないんだもの……」
「エリナ師匠可愛い……」
「かわ……?!あなたちょっと何言ってるの!あなたは悪役令嬢として私をいじめないといけない立場なのに……!か、かわ……」
頬に手を当てて顔が真っ赤に照れている師匠。
「いやぁ、ほんと可愛いわ。照れた姿がまた、可愛い……」
「エステル…なんだかその言い方だと、変態オヤジみたいですわよ……」
「いやぁ、失礼。でへへへ」
気持ち悪い笑い方で頭をかく。
コーディが目を細めて引いていた。
「あら、貴方達交流があったのかしら?」
おでこを全面に出し、小さくウェーブがかった赤い髪をサイドに流して大きなリボンが付いている。
私と違ったつり気味の目はモスグリーンの瞳をしていた。
赤い髪に緑って、クリスマスみたい。
そんなことを思いながら、一人でクスリと笑う。
「「いえ、まったく。」」
コーディと師匠の声が被る。
被ったことを『あ!』と思ったのか二人で顔を見合わせる。
「「ちょっと用事があっただけですわ」」
また二人の声がかぶる。
そしてまた『あ!』と顔を見合わせるのであった。
どう見ても仲良しである。
二人とも、可愛いなぁ、もう。
話に参加ぜず一人でニヤニヤする。
置いてけぼりのクリスマスさんが『なんなのこの人たち!私を無視して!』みたいな顔で扇子をギリギリと握っているのをよそ目に。
クリスマスさんの横には右腕、左腕と見られるあまり印象に残らない顔の二人と、その後ろにおずおずと隠れる様にふくよかな少女が立っていた。
「もういいですわ。マーゴット、早く席を取りに行ってちょうだい」
ふくよかちゃんに扇子ではよ行けと合図を送る。
その仕草にビクリと強張らせ、小さく頷いて走り去った。
「今から行ってももう4人掛けの席なんて残ってないのでは……」
思わず口から出る。
「え?」
立ち去ろうとしたクリスマスちゃんが振り返る。
私は下を向いたままだったので、誰が言葉を発したかキョロキョロしている。
小さく息を吐きながら、顔を上げる。
「何か仰った?」
クリスマスちゃんが私に問う。
「お友達は大事にしたほうがいいですよ、と言ったんです」
にこりと笑う。
まあ目は笑ってませんけど。
「なっ…!」
クリスマスちゃんがワナワナと震える。
右側と左側も「んまっ!ステイシア様になんて口の聞き方!」とかなんとか言い始めた。
どうせ私が言ってる意味がわからないなら、この場にいても仕方ないので。
「師匠、コーディ行くよ!」と。
颯爽と、逃げた。
はい、逃げました。
言い逃げです。
ダッシュでサンドイッチを口にくわえて、二人を連れて走った。
途中3人で逃げてることが楽しくなり、3人でお腹が痛くなるまで笑った。
「あの3人の顔ったら……!」
「あー面白かった!!」
「いや、私は必死だったけど……」
「あー、もう、横っ腹が痛い……!」
人気のない木陰の芝生の上で、3人で倒れこむ。
笑いながら走って足がもつれてしまった様だ。
「……あれはないですわね。」
コーディの声が不意に真面目なトーンになる。
「あー、ふくよかちゃんのこと?」
「マーゴット!!マーゴット・アメル嬢よ!」
師匠が叫ぶ。
「あー……そうだった。」
私がえへへと笑う。
エリナはちょっと呆れた顔をした。
「マーゴット嬢、声かけようか。」
「そうですわね、エリナ様に言われたから動くなんてちょっと癪でしたけど」
「ちょっと!なんで私が言ったのが癪なのよ!」
コーディはツーンとしてる。
エリナはコーディに必死に抗議しているが、全く聞いていない様子。
そんな二人のやりとりに、私はなんだかワクワクしていた。
ここにあの子が来たら、一緒に楽しいと思ってくれるかしら?
寝転がったまま、空を見つめた。
エリナ師匠の名前をエレナに打ち間違えやすい今日この頃。