第10話 ピンクの髪のあの子との話。
「ねーどうして昇級してきたの?」
もぉー、さっきから『ねぇねぇ』うるさいんだよ。
ただいま、絶賛第2に絡まれている。
うんざりしているので壁を向いた姿勢で顔を伏せている。
「ねーエステル。狸寝入り?起きてるよね?なんでアーロン先生に呼び出されてたの?」
机の横にしゃがみ、私を指でつつく。
このまま無視し続けて不敬罪とか言われても困るので、メンドくさそうに顔を上げる。
「どうやら採点ミスがあり、私とコーデリア様の平均点が上がった様です!以上です!」
早口で捲し立て、肘をついて壁を見る。
今のお友達はこの壁。
壁見てると落ち着くなぁ、うん。
「何それ?……フーン。そうなんだ……」
顎に手を当て、うつむくこの顔。
私は知っている。
また良からぬ考えをしている時だ。
ほんと懲りないな、こいつ。
「セドリック殿下、そろそろアーロン先生が参られますよ。お席にお戻りくださいね!」
そう言って背中をグイグイ押す。
考えてる途中で背中押されたため不意打ちを食らったせいか、考えていたことが纏まらないまま席に戻る羽目になった様だ。
それでいい。
そのまま忘れてろ!
しれっと正しく坐り直し、次の授業の準備。
隣の列の前の方に座っていたコーディが私にニヤリと笑いかける。
よくやったと後で褒めてくれても構わないのよ。
親指を立てて『ぐっ』と合図を送る。
それを見てコーディもコッソリ親指を出した。
第1がしきりに私に話しかけようかとソワソワしていたのは知っていた。
それをトコトンまで華麗にスルーしていたのだ。
話しかけられて『僕の婚約者です』とか紹介されたら、それだけで良くも悪くも注目の的になる。
極力バレないのなら、そのままでいいのだ。
だから、おい。話しかけようとこっちを見るな。
小さく舌打ちしながら絶対視線を合わせない。
そんな様子を見てるコーディと第2は、各自で吹き出して笑っているのだった。
「エステル様!」
視界に見えるふんわりしたピンクブロンドの髪の毛。
あー、こっちはノーマークだった…。
「どうも…」
ニッコリひきつり笑顔。
エリナも花を背負って私に笑いかける。
「エステル様、同じクラスですね!私とても嬉しいです!」
『ワタシ、ウレシイ!』がなんていうか、この空気のこの辺りとかこの辺りで見える感じ。
この見えないはずなのに、満開の花のむせかえる視覚に、若干…いや、かなりドン引きした。
…なんだこのヒロイン気質。
花を背負って歩くとか、宝塚か!
「よかったら今日お昼を一緒にさせてくださいませんか?」
捨てられた子犬の様な目でこっちを見つめる。
そういや、知り合いいないとか言ってたなぁ。
「お昼はぁ…」
グルンと振り向いて、コーディに助けを求めようと見つめる。
なかなかこちらを見ようとしないコーディに目ヂカラで威圧を送ると、やっとこっちを向いてパクパクしながら小さく手でバツを作っていた。
『スマン マカセル ムリ』
助けられないと言うことですね、ハイ。
「…オッケーデース☆」
まるで『明日のバイト代わって』と怖い先輩に言われて。
『えー…明日は録画した映画見ようと思ってたんだけどなぁ』と思ってたのに『どうせ予定ないでしょ?』と無理やり押しきられて、断れない状況と似てる。
だって周りの視線。
すでに美貌で周りを魅了し尽くしてる彼女は。
『なんであんな地味なやつがエリナちゃんに誘われてんの?』
『エリナちゃんから誘われて断るわけじゃないよな?』
なんて言う援護射撃の視線にも惑わされてしまった。
小心者なんですよ!!私。
さて、お昼になりました。
学園の寮生は大体食堂です。
ノロノロ立ち上がるとすでに彼女は私の横に立っていた。
「エステル様!行きましょう!」
ソッと一人でどこかに行こうとしたコーディの腕を掴んで離さない。
「コーデリア様もいいかしら?」
コーディはブンブンと首を振る。
許さないぞ。お前も道連れだ!
不敵に笑う私に、巻き込みやがったこいつと目を細めて眉を寄せた。
「はいもちろんです!3人でいきましょう!」
小さなポーチを持ってニコッと微笑む。
ポーチ持ち歩くとか、めっちゃ女子じゃん。
私なんか必要なもの全部ポケットINだわ。
眩しすぎる笑顔にまた乾いた笑いが込み上げる中、ノロノロと後をついて行く私たちだった。
食堂で箸の進まないランチを食う作業。
コーディも居心地悪いのが青筋が額に見え隠れしている。
彼女の家族の話だったり、お庭で飼ってる小鳥の話だったり。
と言うか小鳥は庭で放し飼いと言っていたが、それは野生なのではとか言うツッコミは飲み込んだ。
他にもなんだか絵本の中のおとぎ話を朗読されている気分になって、なんとも苦痛だった。
そんなエリナ嬢は突然笑顔のまま、私にとんでもないことを言い出した。
「エステル様はもしかして転生者ですか?」
転生者?
テンセイ…しゃ?
大きく後ろに椅子ごとひっくり返る。
受け身も取れずただ驚いてひっくり返ってしまったので、食べてる途中の昼食のトレイが引っかかり、私の上に落ちてくる。
コーディが悲鳴をあげた。
「エステル!!大丈夫ですか?…誰か、だれか救護室へ…!」
エリナも口元を押さえて驚いた顔をしていたが。
目が合うと隠した口元はゆっくり笑った。
ビクッとして、体が動かない。
まるで蛇に睨まれた蛙の様に。
目を見開いたまま動けない私を、誰かが抱きかかえた。
「エステル!!大丈夫か!今運ぶからもうしばらく我慢してくれ」
『!!!』
私を抱きかかえているのは、第1王子だった。
至近距離で目が合う。
彼は私を見つめていた。
「熱くないか?どこか痛いところは?今救護室へ…」
ただビックリして、目を見開き固まる私に、彼は私を抱えたまま、走り出した。
「あの、服が汚れてしまいます…お、おろしてくださ…」
「気にしなくていい。それよりもどこか痛いところはないか?」
「いえ、痛いは、ないです…ですが…」
「エステル?」
状況が頭で処理できず、うまく言葉が出ない。
今は恥ずかしいより、ただ、驚いて目が反らせない。
固まって微動だしない間にあっという間に救護室へついた。
それから頭がショートしてしまったのか、入学時に私のお世話するために一緒に来たエルが、私の着替えを持って現れるまで正直ほとんどなにも覚えてない。
ただ脳裏に衝撃的な映像が頭に残る。
第1王子が目があった時、私に初めて微笑んだ。
運ばれている時に、頬に当たるエリオット王子の柔らかい前髪。
死ぬんじゃないかと思うほどの鼓動の高鳴り。
衝撃的な映像と動悸が、ずっと心に残り続ける。
「お嬢様だいじょうぶですか?」
「大丈夫です、とりあえず自分で出来ます…」
せっかく着替えを持ってきてもらったけど、結局そのまま寮に戻り、湯浴みをすることとなった。
まぁ、魚のフライ頭に乗せたまま授業なんてできないし。
と言うかスープの匂い取れない!
何度も何度も洗う羽目となる。
お湯を張ったバスタブにブクブクと沈みながらさっき起こったことを思い出そうとする。
第1王子の顔が蘇る。
「ぎゃーーーー!!!」
「エステルお嬢様!?」
突然叫んだ私の安否を確認するため、浴室のドアを豪快に開けて入ってくるエル。
「もぅ、びっくりさせないでくださいね?思い出し叫びとかメイドにはタチ悪いですから!」
「ごめんなさい……」
次からは脳内で叫びます。
だって。
これが叫ばずにいられるかってんだ。
男子に免疫が全くない私が、抱きかかえられて。
ましてはあんな至近距離でイケメンを見てしまうなんて。
しかもあの第1王子ときたもんだ。
私はまたブクブクと湯の中に沈んでいく。
よし、忘れよう。
これは吊り橋効果でドキドキしてるだけで、しばらくしたらまた何でもなくなる。
奴らに私の弱みは見せてはダメだ。
立派な老後を…引きこもり生活のために、ここで惑わされてなるものか……!
目指せ婚約破棄!!
決意新たに湯船から立ち上がる。
浴室にて全裸でエイエイオーをする私を、用事で扉を開けたエルがこっそり引きつりながら見ていたのだった。
「エステル様お加減はいかがですか?」
なぜ私の部屋にあなたが居るのか。
ニコニコ笑いながら私のソファーにチョコンと座り、エルが出したであろう紅茶を飲んでいる。
「えーっと、何故ここに。」
まだ乾かしてもいない髪の毛から、ポタポタと雫が垂れている。
「あ、お支度終わるまでここで待たせていただきますので、どうぞごゆっくり!」
ニコニコを崩さず、再び紅茶を飲む。
取り敢えず、クローゼットルームへ向かう。
髪の毛をタオルで水分を取り、着替えをすませる。
重い足取りで自室へ戻る。
「エリナ様、授業はどうされたのですか?」
「私もスープがかかってしまい、着替えるのに帰らされましたの。ちょうど良いのでそのままさっきの続きをお話ししたいと思って、寄らせてもらいました。」
ほらここに、と手の甲を見せる。
そんなちょっとかかっただけじゃないか…。
私の不安な顔を見抜いてか、目を合わせてニコリと笑った。
「さっきの返事、聞かせてください。」
返事とは…?
さっきの返事。
正直さっきの王子の衝撃で、記憶喪失状態だったりする。
『はて?』
頭を支えて首をかしげる。
「え、何のこと?て顔やめて。さっきの反応でもうわかってるから。」
「……え?」
カップを置くエリナの顔が真顔になる。
「あなた、私と同じ転生者でしょ?」
「…あっ!」
思い出した。
何故私が昼食をかぶることになったかを。
エルには下がってもらった。
流石にこの話を聞かせるわけにはいかないから。
二人きりの空間に緊張感が走る。
「転生とは。生まれ変わりだと言うことは理解してるのですけど、それで合ってます?」
「合ってます、同じ意味合いですね。」
「なら、転生者です、私。」
座ってる膝の上に置いた手が落ち着かなくて、ソワソワする私。
「じゃ、あなたは自分の役割がどこまでご存知?」
エリナはとても冷静で、私を見つめたまま表情も変わらない。
「役割と言いますと?」
前世の記憶も曖昧な私に、何の役割があるのだろう?
本当にわからず、眉間を掻く。
「えーっと。この世界が乙女ゲームの『ドキ☆プリ』の世界だと知ってます?」
「は?え?どきぷり??」
「えー?もしかして何も知らないのにここにいます??」
「何も…ていうか、おとめげー?そもそもオトメゲーってなんですか?」
私の答えにエリナが目を見開く。
「はぁー?マジで言ってんの!?」
いきよく立ち上がり、テーブルを両手で叩いた。
「え…す、すいません…」
思わず背もたれに仰け反って、タジタジな私。
エリナはハァーと大きなため息を吐いて、足を組んでソファーに座りなおす。
「どうなってんのよ、乙女ゲーも知らない悪役令嬢なんて。ましては縦ロールどこ行ったよ。」
組んだ足をカタカタ揺らしながらブツブツ独り言のようにつぶやく。
「そもそも私は前世の名前のままヒロインとして転生してるんだから、この世界が私のための世界っていうのは間違いないのよ。それなのにまさか悪役令嬢も転生者で、ストーリー通りの悪役令嬢ではないって所もおかしいじゃない!」
早口でブツブツ言っていて、何言ってるかほとんど意味がわからない。
なので、聞き取れたところを質問してみる。
「ここはあなたの世界なのですか?」
「ええ、そうよ。ここは『動悸でキュンとしちゃう☆プリンスコレクション』略して『ドキ☆プリ』と言う乙女ゲームの世界なの。その中でヒロインの名前は自分でつけられるんだけど、『エリナ』私は、姿格好はこのゲームに忠実ながら、名前は前世から引き継いだままなの。だから間違い無く、私の世界。」
「何故私がそのあなたの世界に、転生しているのでしょうか…?」
「そんなの私が聞きたいわよ!」
また苛立ったように大きな声を出した。
と言うか。
動悸がキュンとするって何だ…。
しかも動悸を略して、ドキ☆って言うのか…?
何で誰もおかしいと思わなかった。
私の部下が例えば、商品にそんな『動悸がムネムネする』とか『動悸がキュンとする』とかつける奴がいたなら、しばらく会社を休む事を進めるけど…。
そして一体乙女ゲームとは、どんなゲームなのか。
「乙女ゲームは、どんなゲームですか?その、ドキがムネムネするとか言うタイトルの…」
「動悸がキュンとしちゃう☆プリンスコレクションよ!!!」
「すいません、混乱しました!!」
頬に伝う冷や汗。
この人怖い。
こだわりが強く、次間違えたら私消されちゃうんじゃないんだろうか…。
そんな恐怖を覚える。
怒らせないようにしなければと、質問を頭で一旦考える。
「私は前世の記憶がうっすらとしかないのですが、ゲームをするような感じではなかったと思います。
スマホのアプリもゲームをダウンロードしてる記憶もないですし…」
「それで、乙女ゲームがわからないと言うことね。なるほど。いいわ、教えてあげる」
エリナはムネムネ☆プリンスを私に詳しく説明してくれた。
「まず、主人公の女の子には『攻略対象』と言われるイケメン男子が数人います。」
「ほうほう…!」
「まずその攻略対象には、イベントだとかプレゼントとかで『信頼度』をあげるの。」
「しんらいど…!」
「その信頼度が高ければ、その『攻略対象』とハッピーエンドになれるわけ!!」
「ハッピーエンド??」
「そう!その彼に告白してもらって、結ばれるのよ!」
「…その何人は同時に攻略していくのですか?」
「分岐は一人づつやらなきゃだけど、全員信頼度MAXにしたら、『ハーレムルート』に突入できちゃうの!」
エリナは何かに陶酔する様に顔を紅潮させ、ウットリとした表情を見せる。
「一番好きなのはエリオット様!好きすぎて何周もやったの!『エステルと婚約破棄したら、必ず君と結ばれよう』あのセリフにどれだけの人が吐血したか。
次に弟のセドリック様も捨てがたいじゃない?あのヤンデレ具合!『君を兄上に渡さない…!誰にも見られない様に閉じ込めたい…!』くぅぅー!!!」
ここまで来ると、相槌が必要なくなった。
私はただ、エリナが興奮する姿を見ながら正座してればいいらしい。
「他にも対象者はいるのよ。
宰相の息子のリオン・グレイス!黒髪黒眼がまんま日本人ぽい感じが結構人気だったわ。メガネフェチにはたまらない存在ね。
そして第一騎士団長の次男、ビクター・ウィーレン。脳筋なので私はあまり興味なかったけど、彼のグッズもそこそこ人気だった。
あと、アーロン・ウェルズ!もちろんうちの担任よ。
冷静沈着でドS的な雰囲気!!大人の魅力のスチルがいろいろ妄想も捗る訳よ。」
私は正座を崩し、冷めてきた紅茶に口をつける。
ほぅ、と落ち着く。
もう私がいることも忘れてるんじゃないだろうかと思うほどの興奮さだ。
なんて思ってると突然私を見つめた。
気を抜いてたのでビクッとする。
「あ、そうそう。」
「ひゃい!!」
…変な声出た。
そんな私の動揺に気がつかなかったのか、話は進む。
「あなたのお兄様も攻略対象の一人よ」
「え、お兄様も!?」
エリナはフフンと得意げに笑う。
「そう。サイラス・カーライト。
妹のわがままに振り回されて、女性恐怖症になるの。
甘いマスクとチャラい色気で人気第3位だったのよ!」
「ちゃ、チャラい…?いったい誰だそれは。
自慢じゃないがうちのサイラスは素直にすくすくと、とてもいい子に育ってるのに!
しかもワガママに振り回されて、誰がふりまわしてんだ…?」
「あなたよ」
また頭の上に大きなはてなマークが浮かんでくる。
『はて?』
「私が振り回す…?」
エリナは私に指をさし、フンと鼻を鳴らした。
「あなたがちゃんと『悪役令嬢』と言う役をサボっているから、『攻略対象者』が全く違う行動を取り始めているにちがいないのよ。」
「悪役令嬢とは…?」
「あなたは私をいじめて、エリオット様に婚約破棄される悪役令嬢、エステル・カーライトなのよ!」
脳内に何か大きな杭でも打たれた様な衝撃が、ガンガンと響いてくる。
…私は『悪役令嬢』で、第1王子に婚約破棄される…!?
ギュッと下を向いたまま拳を握る。
「な、なによ。何か反論あるの!?」
私が突然黙ったことで、エリナが動揺する。
「その話…」
「え…?」
「その話、詳しく教えてください!!」
私は嬉しそうに顔を上げ、エリナを抱きしめる。
婚約破棄される運命が簡単にあるなんて。
途端にエレナが救世主の様な気がして崇め倒したくなる。
私の突然の変貌に、引き気味なエリナだったが。
「私とエリオット様がくっつく様に悪役令嬢、協力して?」
私に契約を求めるかの様に手を差し出す。
もちろん。
私は秒で彼女の手をつかみ、「ご指導くだされば!」と意気揚々と言うのだった。
「これで契約成立ね。」
「ええ」
二人で不敵にいつまでも笑い合った。
笑いながら、ふと冷静になる。
『プリンスコレクションって、攻略対象に王子二人しかいないし結局このゲームって2択しかないんじゃ…』
そんなことが頭をよぎったが、ギュッと心の中にしまい込んだ。