この世界は『主人公補正』に勝たなきゃ倒される
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「ようやく、ようやくたどり着いたぞ魔王城……!」
とてつもなく大きな城。その大きさは王都の城なんで目でもない。まるで天にも届きそうな巨大さだった。そしてその前に立つのは赤いのマントをたなびかせた勇者ニック。
「ええ。ようやくですね。魔力を回復して万全を期して挑みましょう」
魔法使いのメアリーだ。真っ白な美しい髪を持つ彼女は勇者の古くからの友人だ。彼女もまた、長い旅の末、大きく成長していた。
「くはは、ウズウズしてきたぜ」
剣士フレディ。旅の途中で知り合った。とは言わないかもしれないが、悪さをしていた所を凝らしめ、魔王を倒す旅をしているという話をすると、強いやつと戦えるのか!俺も同行させてくれ!とか言いながらついてきた。そして今、剣の腕では右に出る者は誰もいないほどに強くなっている。
「さあ、行くぞ。魔王を倒して世界を救うぞ!!」
そうして勇者ご一行は魔王城へと足を踏み入れた。
★
「魔王様!勇者達が侵入しました!!」
「あー……」
ついに来てしまったか。
「どうされますか魔王様!」
こうなったら道は一つだ。
「生存フラグを建てる」
……どうしてこうなった。
余談だが、俺(魔王)は転生者である。俺は生前、なんやかんやあって(転生した時の話は割愛)転生してきた。
そして転生したら魔王だったのである。転生とか言われても何をしたらいいか分からず、魔王としての仕事をせがまれ、どうしたらいいのか分からなかったから幹部っぽいやつに全部任せた。
そしたらなんか勇者達が怒って魔王(俺)を倒しに来たと言うわけだ。何をしでかしたんだ幹部っぽいやつ。
「は?生存フラグ、とは……?」
「ああ、気にするなこっちの話だ」
この世界について分かったことが一つだけある。この世界の勇者には『主人公補正』がついている。漫画とかでよく見かけるやつだが、主人公が死なず、なんやかんやで最後は絶対勝つってやつだ。うん。つまり勇者はこの世界の主人公ってこと。
それで問題なのは、
「主人公が俺をラスボスだと思ってることだ……!」
勝てるはずがない。主人公に勝った悪役は見たことがない。悪役が真の力を隠してようが第3形態に変身したところで結局かめは〇派とかで負けるのが落ちだ。
「まずおかしくない!?強い部下を差し向ければ差し向けるだけ強くなるってどういうわけ!?」
勇者達が俺を倒すという話が分かった瞬間に身を案じた俺はすぐに刺客を差し向けた。それはもう強いやつ。勇者達がレベル30だとすればレベル100のやつを差し向けたさ。
でもなんかいきなり「これが俺に隠された力……!?」とか言って覚醒したかなんかで負けた。
ふざけんなって感じだよ。
「だから生存フラグを建てるしかないわけだ」
この世界では主人公補正と同様に、フラグが存在する。「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ……」って言ったらだいたい死ぬやつ。あれ。実際に魔王兵の人に言わせたら死んでしまった。本当に申し訳無いと思ってるので自分でお墓をを作った。
「ところで、勇者達は今どうなっている?」
「ははっ!この水晶をご覧ください!」
魔法の水晶だ。対象を設定すれば魔王城の中だけだがあらゆる人物を監視できる。
「ふむ。今勇者達は1階だな」
「現在1階の番人、ドラゴルムと交戦中です」
なるほど。どんな感じか覗いてみよう。
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「ゴアアアァァァァァァァ!!!!!!」
魔竜ドラゴルムが吼える。1階全体が揺れた。
「なんって声量だ……だが、今の俺達の敵じゃあねぇ!!」
剣士フレディが突っ込んでいく。フレディはこの魔王城の1つ前の村で、とある剣を受け取っていた。
「なんっっっだこの剣!!無茶苦茶斬れるじゃねぇか!!」
鋼鉄よりも硬いとされる魔竜ドラゴルムの肌を切り裂いていく。フレディの持つ剣は光輝き、あやゆる悪を切り裂く剣、まるで聖剣エクスカリバーのようであった。本当は真逆の魔剣、『ベルセルク』だが。
「おいおい、強くなったなフレディ!あの町で乱暴を働いてた時とは大違いだ!」
そして勇者ニックは本物の『聖剣エクスカリバー』を振るう。こちらも魔竜の肌を容易く切り裂いた。
「バカ言え!俺は元から強いっつーの!」
「二人とも、軽口はその辺にして戦いに集中したらどうですか?」
メアリーが極大魔法を完成させ、放つ。ブラックホールのような黒い『何か』が魔竜を飲み込み、どこか別世界か宇宙へか、あるいは他の何処かへと誘った。
「ま、私がいればなんの問題も無いんですがね」
「相変わらずチートだなぁメアリーは……」
「あれは流石の俺も相手したくねーわ」
「何を言ってるんですか、二人ともまだ全く本気を出していないくせに」
「まあそうかもしれないが。頼りにしてるよメアリー。さあ、油断は禁物だ。次の階に行くぞ」
そうして勇者達は2階へ登っていったのだった。
★
「ゴメン逃げていい?」
「弱気にならないでください魔王様あぁぁぁ!!」
あ、あれ?魔竜ドラゴルムってけっこう強かったよね?あんな瞬殺できんの?マジで?
「これ、フラグどうこうとかで解決すんのかな……」
「大丈夫です魔王様。次は魔界No.2、魔王様の部下の中でも2番目に強い、『邪神ヨルムンガンド』を送ったので」
「あ、お前それ倒されるフラグ……」
言いつつ魔法の水晶を覗く。すると邪神ヨルムンガンドが「ズッシイイイィィィン!」と大きな音をたてながら倒れたところだった。
「邪神ヨルムンガンドオオオオォォォ!!」
「まあまあ、どうせ遅かれ早かれだよ、ドンマイだ」
幹部っぽいやつを宥める。今さらだが俺のとなりにいるのは俺が仕事を丸投げした幹部っぽいやつだ。
因みに実は見た目が幹部っぽいだけの一般兵らしく、魔王である俺の命令だったので断ることもできず一生懸命一人で仕事を頑張っていたらしい。
本当に申し訳無いと思う。
「こ、これはまずいです……どうしましょう、魔王様?」
幹部っぽい一般兵(以後ぽい兵とする)が涙目上目遣いで聞いてくる。でもお前顔が幹部っぽいから可愛くないぞ、ぽい兵ちゃん。
「任せろ、俺に策がある。まずは3から7階までを雑魚に守らせろ」
「し、しかしそれでは10階の我らのところまですぐに来てしまいます!」
「案ずるな、策があると言っただろう」
「そこまで言うのであれば……」
生存フラグから勇者倒れるフラグへ作戦変更だ。本気で勇者を倒しに行くぞ。因みに今まで仕事してなかったから初仕事だなこれ。
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「なあ、なんか雑魚じゃないか?ここら辺の魔物」
剣士フレディが言う。さっきから雑魚ばかりで飽き飽きしているようだ。
「油断は禁物よ。……でもそうね。確かに弱すぎる。ひょっとしたら私達が強くなりすぎたのかもね?」
魔法使いメアリーも言う。フレディに油断は禁物と言いながらも自分も気が緩んでしまっている様子だ。
しかし勇者ニックだけは違った。
「いや、まだだよ。ここから何か仕掛けてくるに決まっている」
しっかりを警戒したまま、歩いていく。その目はまるで餌を狙う鷹のようだ。
「いやぁ、そんなこと言ってもよ?絶対俺らが強くなりすぎたせいだって!これじゃ楽勝だな!帰ったらパーっとやろうぜ!な!」
フレディが振り返って楽しそうに話す。
その時。
「っ!危ないっ!」
ドスッ
それは矢だった。先端に何かの塗られた矢だった。
勇者ニックがすぐに矢の出所を察知。壁に見えないように巧妙に隠された自動型ボウガンを破壊した。
「メ、メアリー……?」
フレディが戸惑いながらメアリーを呼ぶ。
しかし、メアリーの目は虚ろだった。
「わ、私はもうダメみたい……自分で分かるの。ゴメンね、ニック、フレディ……私がいなくてもどうか、魔王を……倒し……」
「お、おい!起きろよメアリー!!こんなところでくたばるほどお前は弱くないだろ!おい!!」
しかしフレディがメアリーをいくら揺さぶってもメアリーが目を開けることは無かった。
「ク、クソ……俺のせいだ……俺が油断しなければメアリーは……」
フレディはメアリーを愛していた。こんな乱暴者を救ってくれた女を愛していた。しかしその女はもう目を開けなかった。
★
「ク、クハハ……成功だ、成功したぞ!!」
「よ、よかったぁ~……」
ぽい兵ちゃんが喜ぶ中、俺は安堵した。
「しかしどうしてこんな策を思い付かれたのですか?矢を防がれていたら元も子も無いと思ったのですが」
「いや、あの矢はほぼ確実に刺さる。何故ならそういうフラグが建ってたからな」
「はぇ~。ふらぐ?とはなかなか便利なものですなぁ」
「だろ?」
いや、マジで成功してよかった。内心ドキドキである。因みに今建てたフラグは、『主人公達が油断からの奇襲』フラグだ。今のように圧倒的な力を持つ主人公達の中に慢心を誘い、そこで矢かなんかで奇襲をかける。よくあるやつだ。
「これで勇者陣営は一人脱落だな」
「ですね」
因みに矢に塗ったのは睡眠薬と、もう1つは俺の魔力である。何故か俺の魔力は便利なようで、催眠系の魔法を睡眠薬に混ぜた。内容は、この矢を射られたらもう助からないような気持ちになる、というものだ。
まあ殺すとかそういうのは嫌いだからね。
「さあ、このままフラグで主人公補正に対抗していくぞ。俺はなんせ、自分に害が及ぶときは本気を出す男だからな!!」
「流石魔王様!」
さあ、今回の物語は勇者が魔王を倒すのではなく、主人公補正に負けず勇者を倒す魔王のお話だ!!(無理)