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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

代官と子供

作者: カスミ楓


「……寒い、ひもじい」


 僕は薄汚れた家の中で一人隅で丸まりながら、寒さで身体を震えさせていました。

 これは辛いです、正直このまま死んでしまうかと思うくらいです。

 既に遺産も残り僅か。ここは何かしら手を打つ必要があります。


 ポーションで小銭を稼ぎつつ、何か良い案を考えましょう。出来る事なら僕のような境遇の子供をこれ以上増やさないように……。


♪ ♪ ♪


 ヘーベレアド帝国、人口百万人を超える大陸最強の国だ。

 とはいっても、大陸の三割程度しか人類の版図はないので、全体から見るとまだまだ小さいが。

 帝国は大陸の北側に位置し、西側に海が広がる場所を押さえている。

 また、南側には帝国に匹敵する大きな国のサーファ王国、東側には十八の都市が連合して国を形成しているベラル連合王国がある。

 そして北側にはアルデバラン山脈という大陸最高峰の山が連なっている。


 帝国は貴族制度を採っており、皇族、皇族の外戚である公爵、そして侯爵、伯爵、子爵、男爵、騎士爵などがいるが、他の国にはない辺境伯とよばれる帝国の外縁を守る貴族がいる。

 私はその辺境伯が治める町の一つを預かるカイラード=ノイゼンハルク子爵である。

 帝国は公爵、侯爵、辺境伯が土地を持つ貴族であり、それ以下の伯爵、子爵、男爵はこれらの大貴族から土地を代わりに治めている。つまり代官だ。

 私もその例に漏れず、ベルマケット辺境伯領の一番北側、帝国で最も北に位置するマルガレットという町の代官である。

 この町は年の半分が雪に覆われる寒さに厳しい土地であり、且つアルデバラン山脈に生息する魔物たちの襲撃が絶え間なく訪れる。

 そのため、町の外壁は強固な壁を更に魔法で強化し、更に国から騎士や魔導師たちを預かり、そして民間からも冒険者と呼ばれる傭兵のような存在を受け入れている。

 ここまで必死になってこの町を死守する理由の一つは、アルデバラン山脈の豊富な資源だ。

 人口百万を抱える我が帝国は、それを維持するための食糧はもとより、様々な物資が必要だ。

 魔物たちの皮や肉、そして骨や角は当然として、山脈には薬の原料となる薬草やキノコ、山の近くにある様々な鉱脈、もちろん木材も帝国にとって必要となる。

 そのためか非常に厳しい土地であるにも関わらず、この町は五万人もの人口を抱えている。

 大半は金や名声目当ての冒険者だが、五万という人口は帝国内を見ても帝都以外存在しない。

 そんな重要な町を一介の子爵に、いや路傍の石ころのような貴族である私が治めているのだ。


 胃が痛い。


 辺境伯自らは無理かもしれないが、せめて辺境伯の身内が治めるべき土地だろう?

 なぜ私のような特筆すべき点も、後ろ盾もないものが代官になるのだ?

 我がノイゼンハルク家は確かに子爵としては古い家柄であるし、この町を切り開いたのは剣聖と呼ばれるほど強かったご先祖様だ。その栄誉で代々この町の代官をやっているし、公爵家の姫君を迎えた事もある。百五十年も昔の話だが。

 子爵家が公爵家の姫を迎えるなど、滅多にあることではない。これは誇れるべき点だろう。しかしよくよく考えると、公爵家は皇族の外戚だ。つまり私にも僅かだが皇族の血が流れている事になる。なんと恐れ多く胃が痛いことだろうか。

 だがそんな過去の栄誉はともかく、今現実にこの町は帝国になくてはならない存在なのだ。もっとお偉いさんが来るべきではなかろうか?

 少なくとも剣しか知らぬ私が代官など無理な話なのだ。


 さて、胃が痛い話はここまでにして、代官の仕事だ。

 代官の仕事は多岐にわたる。

 町の経営だけでなく、魔物たちの対策も必要だし、当然資源の管理や流通、お借りしている騎士や魔導師たちの面倒、果ては辺境伯経由でくる帝都からの要望、と様々だ。

 胃が痛い。

 ただ私には勿体ないくらい出来た部下たちがいる。

 彼らは遙か昔から代々我が子爵家に仕えてくれている。貴族ではないが、私から見れば戦友といっても過言ではない。

 その中の一人、町の治安を預かる騎士隊長の一人が奇妙な資料を提出してきた。

 

「スラムの犯罪が減っている?」

「はい、ここ半年を境に激減しました」


 スラムは孤児たちが住む区画だ。

 この町は年がら年中魔物と戦うため、戦死者もそれなりに多い。そんな彼らの子供はどうなるか?

 騎士、魔導師など国からお借りしたものたち、或いは我が子爵家に仕えてくれているものたちなら私も責任を持って面倒を見るが、さすがに一般市民、冒険者の子供までは面倒を見切れないし、そこまでの予算もない。

 ただ完全に放置はさすがに、良心が胃よりも痛む。そのため孤児たちの住む家だけでも用意したのがスラムと呼ばれる区画の始まりだ。


「まさか、全員寒さで死んだとか?」


 この町は年の半分が雪に覆われる。町の中にいても薪などで暖を取らないと寒さで死ぬのだ。

 家はあるものの、薪が買えないような孤児では一冬超える度に何人か、何十人かは分からないが死んでいく。

 更に金もない、子供じゃ仕事も得られないのでゴミを漁り、そして最終的に犯罪へと走る。その結果騎士たちに捕まり体罰を加えられたり、死刑に処せられ、死んでいく。

 スラムに落ちた孤児が大人になり、自分で生活できるようになる確率はごく僅かだ。


「いえ、巡回してる部下が言うには、時折冒険者ギルドで見かけるようですので、全滅した、という事はありません」

「冒険者ギルドに?」


 冒険者ギルドは冒険者たちを統括する民営の団体だ。民営、とは言っても相手は国を超えた共同団体であり、我が帝国以外にも王国、連合王国、更にその他諸々の国々にも存在する。

 彼らの持ち寄る魔物や山脈の資源は帝国に取っても必要だ。本来なら我々が率先して資源を確保するべき事だが、到底そこまで手が回らないし人員も確保できない。

 そんな我々の代わりに、危険を顧みず資源を取ってきてくれる存在だ。

 だが冒険者ギルドは、基本的に冒険者以外相手にしない。そして冒険者になるには、十五才以上の大人であることが原則だ。

 孤児が冒険者ギルドへ行く意味が分からない。


 どういうことだ?


「犯罪率が激減しているのなら、我々にとっては良いことだが……」

「誰かが孤児たちを統括している、ということでしょう」

「それしかないだろうな」


 誰かが孤児たちに金や食い物、或いは仕事を与えているということだ。

 確かに犯罪率が減るのは喜ぶべきことだが、これらを纏めているということは一つの集団になる。

 それが単に親切心ならいいが、何らかの目的で孤児を操っているのなら、目的不明の集団が生まれたことになる。

 いくら孤児、子供とはいえ我々が知らない集団がいるのは怖い。

 冒険者ギルドに孤児がいる、ということはギルドが一枚噛んでいる可能性もある。


 冒険者ギルドは厄介だ。

 帝国にとって必要な存在であるものの、彼らの強さは計り知れない。やろうと思えば、国内で暴動を起こし乗っ取る事も可能だろう。

 そのため冒険者ギルドの中に、貴族を何人か在席させ監視している。これは我が帝国だけでなく、他の国も同様にやっている。

 当然この町にある冒険者ギルドにも、何人か部下の身内を入れているが、彼らからの報告には孤児たちに関するものは来ていない。


「私が直接見に行くとしよう」

「……は? 子爵自ら?」


 この町で爵位を持つ貴族は私以外にいない。

 一応騎士の中には騎士爵を持つものもいるが、国からは貴族として認められていないのだ。

 ギルド内部を視察するには、貴族の権限を使う必要がある。彼らは国からの干渉を限りなく無くしたい、と言っているからだ。自由がどうのこうの、と言っているが帝国にいる以上、ある程度の規則には従って貰う必要がある。

 部下を向かわせても、既にこちらの身内を受け入れており、彼らから話しを聞けば良い、と拒否する可能性がある。

 だから子爵家当主である私が直接行くのが一番手っ取り早い。

 既に孤児の集団を半年も放置しているのだ。事は素早く対処せねばならない。

 剣ならば既に先手を取られた状態、これは致命傷に繋がる可能性が高くなる。ここで巻き返す必要があるのだ。


 私は外套を羽織ると、行くぞ、と部下に声をかけて執務室から出て行った。


♪ ♪ ♪


「それでおじさ……じゃなく騎士様は僕のところに来たのですか」


 私は今スラムの区画にある古ぼけた家にいて、見窄らしい服装をした十才に満たないだろう子供と体面していた。その子供はごりごりと薬草を練りながら、私の方を見ている。

 冒険者ギルドを当たると、すぐさま孤児を統率する子供を教えてくれた。あっさりと統率者がわかり拍子抜けもした。

 だがその子供を訪ねにスラムへ来ると、その抜けた拍子が戻った。


 その子供は一言で言えば異様だった。黒髪に黒目とこの辺りでは珍しい特色を持った子供だが、見た目ではない。

 私は剣聖の称号を得た事もある武の家柄の貴族だ。その格好は騎士よりも立派な武装をしている。更に私だけでなく、五人ほどの騎士に護衛もさせている。

 普通の子供なら騎士の集団を見れば恐れて逃げるか、泣くだろう。

 だが目の前の子供は恐れるどころか、ようやく来たか、といった目で私を見上げているのだ。


 油断がならない。


「君が孤児たちに何をさせてるのか、目的は何なのか、教えてくれないか?」


 私はゆっくりと子供の前に座り込み、じっと相手の目を見つめる。

 だが子供は、そんなことも知らずに来たのか、とでも言いたげな顔をした。


「町の外に出て薬草を採ってくる方法を教えただけですよ」

「外に? 子供が?」

「もちろん魔物たちがうようよいるような山脈側じゃなく、反対側の危険の少ない場所ですよ。山脈側に生えてる薬草は確かに効能は良いし、逆に反対側は効能が低いけど、それでも最下級ポーションくらいなら作れますからね。程度の低い最下級ポーションでもちょっとした傷なら治せるので格安なら買う冒険者もいるのですよ、特に女性がね」


 ポーションは傷を癒やす即時性のある薬だ。

 最上級ポーションなら致命傷を受けてもすぐ治せるくらいだが、最下級ポーションなら日常の切り傷程度しか完治しない。

 つまりこの子供は最下級ポーションの素材を孤児たちに集めさせ、ポーションを自分で作ってギルド内で販売していたことになる。


「一種の隙間産業、ってところです。女性は見た目に拘りたい人が多いですし、特に顔に細かい傷が出来るとなるべく完治させたい女性は多く居るでしょう。でもそのためにわざわざ高価なポーションを買うのは無駄ですよね。だから切り傷程度を治せる一番品質の悪いポーションを鉄貨五枚で提供したら、飛ぶように売れました」


 鉄貨五枚。

 パン一個買えるかどうかの価格だ。確かにその値段なら買う冒険者もいるだろう。

 そしてポーションの素材は孤児たちに集めさせているので元手はタダ。


「ということは、君は単にお金を稼ぐために孤児たちを集めた訳かな」

「あ、もちろんお金はみんなで分けますよ。正確には稼いだお金はそのままご飯の材料に変わっちゃいますけどね」


 そういってとある場所を指さした。

 そちらへと目を向けると、窓から別の家の一角から煙が上がっているのが見えた。炊事の煙だろう。


「自炊しているのか」

「町でパンとか買ったほうが便利だし楽だけど、その分高いですからね。自分たちで材料を買って作ったほうが安くなります」

「ふむ、分かった。それにしても君はどこでポーション作りを覚えたのかな?」


 ポーションを作るには専用の道具と繊細な魔力が必要だ。

 そしてその作り方は秘匿されているし、公開されたとしても簡単に習得できるほど易しくはないと聞いている。

 少なくとも孤児が習えるようなものではない。


「親以外あり得ないでしょう?」

「ああ、そうか。確かにそうだな」


 代々ポーション作りをする家ならこのような子供でも作り方を知っているだろう。

 ということは、この子供はポーション職人の家系だったのか。

 ポーションは命綱だ。治癒の魔法が使える魔導師は滅多にいないから、どうしてもポーションがその代理となる。そのためポーション職人の数はしっかり押さえているが、ポーション職人が死んだ、という話はここ数年聞いてない。

 ならば、流れのポーション職人かもしれないな。


「ちなみに僕の親は単なる冒険者ですよ。ただ、貧乏だったから可能な限り自分で賄えるようにしてただけで、ポーションも最下級しか作り方知りません」


 もしポーション職人の家系ならこの町のために作って貰おうかと思ってたが先を越された。

 だが基礎を知っているのなら、職人のところへ弟子入りさせるのも悪くない。

 ポーションの数は足りてはいるが、余っている訳でもない。もう少し余裕は持たせておきたいし、そのために職人を育てておくのも、代官としての仕事の一つだろう。


「あ、まだ僕はここにいますからね。最低でもあと二年半は」


 だがまたもや先を越された。

 この子供は私の考えが分かるというのか?

 しかしなぜ二年半なのだろうか。


「どういう意味かな?」

「さすがにあの子たちを放っておいて、僕だけスラムを出るのは嫌ですよ。かと言って僕がいないとあの子たちが生きていけなくなるのも問題だから、このポーション作りを見込みのある子に教えているんです。あとは料理の仕方もまだまだ教える事があるし、ポーションだけの収入源じゃ心許ないからもう二つくらいは仕事を考えなきゃいけないでしょう? そのための二年半ですよ」


 なるほど、理解した。

 確かにこの子供を引き取ってどこかのポーション職人に弟子入りさせれば、残された孤児は路頭に迷い、また犯罪に繋がるだろう。

 それは代官としては見逃せない。


「まさか君は孤児に新しい仕事を与えるために?」

「そりゃ孤児だって生きていたいけど、それにはお金が必要でしょ? でも子供じゃ仕事を回してくれないから、自分たちで仕事を考えてお金を稼がなきゃいけない。それで思いついたのがポーション売りです。でもこれは僕個人の力が大きいから、他の子供でも出来る事で且つお金を稼げる方法を考える必要があるんですよねぇ」


 手っ取り早いのは弁当屋かなぁ、と呟く子供。

 何なのだこの子供は?

 新しい事業を考える、しかも子供でも可能な、という私でも頭を抱えそうな難解な事をやろうとしているのだ。


 しかしさっきから気になっていたのだが、何故この家は暖かいのだ?

 今は幸い晴れているが、それでも外気温は低い。

 室内にいてもかなり冷えるはずだ。だが暖炉を使っている訳でもないのに、これだけ暖かいのは不思議である。


「壁と窓、床にちょっとした細工をしてあるからですよ。薪なんて到底買えませんからね」


 そのことを聞くと、その子供はにやりと笑って言葉を濁した。

 詳しくは教えてくれないか。


「いくら必要かな?」

「……お金じゃなくて、子供用の暖かい服を三十着ほど頂ければ。雪が降ると外に出る担当の子たちが可哀想ですから」


 子供用とはいえ服は高い。一着銀貨五枚くらいはかかるだろう。それが三十着ともなれば大銀貨十五枚だ。

 だが城に使う薪代は、一冬越すだけでもそれ以上かかる。この部屋の暖かさなら相当節約できるだろう。


「あ、でもお城で使うのは来客用か、もしくは執務室以外暫く禁止にしたほうが良いと思います」

「それは何故かな?」

「木を切ってくる人や、薪を作る人たちの仕事が少なくなるからですよ。特にお城は大きいからその分薪の量もたくさん必要でスよね? そこの需要が一気に減ったらそれこそ失業者がたくさん増えてしまいますから」


 なるほど、確かにそうだ。失業者を増やすのはよろしくない。

 その後彼は、でも将来的には環境問題もあるしやはり薪はほぼ廃止したほうが良いよね、と呟いてた。

 よく分からないが、何かしらもっと理由もあるのだろう。


 しかしこれは本当に子供か?

 非常に有能な文官と話しをしているみたいだ。


 ……こいつは欲しい・・・


 私は悩みながらも、ごりごりとポーションを作る子供の首根っこを捕まえ、連れて行った。


♪ ♪ ♪


 あ、どうも。孤児のミール君です。

 ただいま九才、絶賛彼女募集中。あ、できれば二十才くらいのおねーさん希望です。

 つい先日、立派な鎧を着た代官のおっさんに拉致られて、城へ連行されました。何も悪い事してないのに……。

 その後は毎日スラムへいって孤児たちに色々と教え、城に帰ったら代官から質問攻めにあってる日々が続いています。

 

 どうしてこうなった?


 親が冒険者で六才までベラル連合王国で活動していたけど、この町が稼げる、と聞いて家族総出で引っ越してきました。

 でも一年前くらいにあっさり親が二人とも亡くなり、僕は完全孤児になりました。

 少ないけど親の財産もあったので暫くは大丈夫だったのだけど、このままではじり貧です。かと言って子供が出来る仕事なんてありません。

 仕方なくスラムにいた孤児たちを説得し、一緒に生活できるよう色々と知識を教えました。一人より二人、二人よりたくさん。数が居ればその分出来る事も増える。

 前世・・で培った記憶を頼りに色々とチャレンジして、何とか軌道に乗ったところで拉致ですよ。

 しかも口説いてきたのがこの町のトップ。いずれお役人が来るとは思ってたけど、まさか代官自ら来るとは予想のナナメ上ですよ。フットワークの軽い貴族ですよね。


 ま、僕が城からスラムへ通えば今までとあまり変わりない生活です。

 通勤時間が徒歩0分から徒歩二十分になり、夜遅くまで代官と話す程度。雪の中を二十分も歩くのは辛いし、夜も眠いけどね。

 ……あれ、あんま待遇よくない? むしろ悪くなってる?

 でもきちんと冬用の暖かい服もゲットできたし、それで孤児たちが喜んでいるから良しとするかな。


 ちなみに取りあえず一ヶ月ほど代官のお付き、というか小姓として働け、だそうで。小姓のくせに朝から夕方まで代官放ってスラム行ってますけどね。


「ミール、ところでここはどうしたら良いと思う?」

「代官様、まず僕に聞くよりも先に周りの文官様たちに尋ねて下さいよ」


 代官自ら拉致ってきたとはいえ、元は孤児、しかも子供の僕に貴族である代官が真っ先に聞いてくるのは周りの印象に悪い。

 実際、忌々しい目で見てくる人多数。僕の責任じゃないのになぁ。


「他の奴らも忙しい。ミールが一番手が空いているからな」

「いえ、そういう問題ではなく……はぁ、まあいいや」


 資料を見せて貰うと、どうやらここ一年間の毎月の税収入表でした。それが僅かずつだけど徐々に下がってきている。ま、僅かと言っても全体から見れば僅かなだけで、個人からすると大金だよ。

 だが、別の資料で見たことがあるけどこの町の人口は減っていない、むしろ増えている。なぜ税収入がこうも減っているんだろ?

 しかし解せないのはなぜこんな状態を放置しているんですかね。この一年間だけでも十分危険な香りがするんだけど。


「あの……どうしてここまで放置しているんですか?」

「理由が不明だからだ」

「本気でいってるの!? っと、失礼しました。えっと、この資料だけじゃ詳しい事は不明ですけど、少なくともこの一年間は下がっているんですよね。つまり最低一年はこれを放置していたんですよね。分からないなら調べましょうよ」

「どのように?」


 ……あ、この人だめだ。

 くるりと周りにいる文官たちを見ると、誰も彼もみな明後日の方向を見ている。

 何だこの人たち、大丈夫なのか?

 はぁ、とため息をついて僕は立ち上がりました。


「この町の税収入は基本的に所得税のみです。そして人口は減っていませんし、職にあぶれた人も増えている様子はありません。つまり市民からの税収入はほぼ横ばいから若干上がっているはずです。ですが全体を見る限り毎月下がっている。ということは市民以外の、冒険者やギルド、商人たちの税収入が減っている事になります」


 僕は勝手知ったる執務室、と言わんばかりに詳細な税収入が記載されている台帳を本棚から持ってくる。

 ここにきてまだ半月なのに、何でここまで詳しくなってるんだ僕?

 ぺらぺらと資料を捲りながら僕は話す。


「税収入のうちで、大きいのはやはり魔物や資源の売買にかかる税収入です。なんせ桁が異なる、個人の収入なんてそれに比べれば微々たるものですね。では何故下がったのか? すぐ思いつく限りでも三つくらい考えられますね」


 冒険者たちからの税収入表を見つけると、数値を確認する。

 資料自体は几帳面に記載しているのに、なぜそれを活用しないのだろうか。

 さて、資源の流れはこうです。

 資源を採ってきた冒険者がギルドに売る、ギルドはそれを商人へ売る、商人はそれを職人や他の町へと運んで売る。非常に単純ですね。


「一つは、単に売買の数が減った。ですが、資源を提供する冒険者たちからの税収入は変わっていませんね」


 それに収入が減れば冒険者たちの間で噂が広がる。生活に直結しているからね。そして、それだけ広まれば誰かの耳に入るはずです。

 僕は代官に目を合わせる。


「二つ目は売買の単価が下がった、つまり価格が安くなったという事です。ですが、もし価格が安くなっていたら冒険者たちの税収入も減る事になりますから、これも違いますね。となると、冒険者たちからギルドが買い取った資源の量は変わっていないことになります」


 更に商人の税収入を見ると、全体的に減っていた。

 一部ではなく全体的に、です。

 入り口の冒険者たちの税収は変わらず、出口の商人たちの税収は下がる。なら理由は間にいるギルドと言うことになりますね。


「ふむ、では最後の三つ目は?」

「ギルドによる横流し」

「……?」

「ギルドの関係者が、資源をどこかに売って私腹を肥やし税金を納めてない、と言うことですよ。あ、資源を売らずに備蓄している可能性もありますね。ですけど、毎月の収入が徐々に下がるくらい備蓄してたら、一体どこに保管しているのかすごく気になりますが」


 ま、備蓄は可能性としてはなきにしもあらずですが、まあ違うでしょう。

 おそらく横流しが正解だと思います。

 しかも毎月下がっていると言うことは、ばれないから調子に乗って横流しする量を増やしているんでしょうね。


「ということで、ギルドに突撃して責任者を締め上げてきて下さい」

「……それは本当の話か?」

「はい、この資料から考えるとそれが妥当なところだと思います。怪しいのは資源を買い取りする部署だと思いますよ。何せこの額ならかなりの量になるはずですし、資源を移動させるのに一番目立たない部署ですからね。それとその闇資源を買い取ってる商人も居ることを忘れないで下さい」


 代官は僕の言葉が終わると同時に、行くぞ、とだけ声をかけて部屋から出て行った。

 あの人、行動力はあるんだよね。頭がそれについて行ってないだけで。こういうのって何だっけ? 脳筋?


♪ ♪ ♪


 あの件があった三日後には、ギルド内で粛正の嵐が吹き荒れました。

 あの額なら部署単位での不正だと思ってたんですが、それ以上の人が関わっていたそうです。もちろん闇資源を買い取ってた商人も捕まりました。仕事速いねぇ。


「ミールよ、お手柄だな!」


 僕の肩をばしばし叩いてくる代官。痛いんですけど。

 ちなみに治められなかった税金はギルドが責任持って払ってくれるそうです。これはギルドに取って痛手ですね。ま、自業自得ですけど。

 そしていい加減スラムに帰りたい今日この頃です。一応毎日顔は出していますが、移動が辛いんです。


「あのー、そろそろ僕をスラムに戻してくれてもいいんですよ?」

「何を言っているのだ? ミールは既に私の部下だぞ」

「え? それって一ヶ月だけの話ですよね」

「取りあえず一月と言ったが、ミールは実績を出した。実績を出したのならそれに対する待遇も変えなければならない、信賞必罰だからな。このまま私の部下として正式採用することに決めた。これは貴族としての命令だ、ミールに拒否権はない」

「きったねーです!」

「まあそう言うな。スラムについてはきちんと予算を確保する。ミールが責任持ってスラムの孤児たちを導け。これは正式な仕事だ」

「その予算ってギルドからぶんどってきた奴でしょう? 突然降って沸いたお金の使い道に困ったからじゃないですか」


 このお金は正式な町の収入だ。だが今年の予算は既に配られているし、かといって、良いことをしてないのに職員へ臨時ボーナスを出すのも問題。

 来年に回せよ、とも思うけど来年の予算が増えて、再来年減ったら当然文句が出てくる。

 その点スラム相手ならそのような心配は皆無です。


「スラムは元々私としても何か手を入れる必要があると思っていた。今回のは良い機会だからな。ついでにミール専用の家をスラムに建ててもいいぞ、そこをスラムの管理区域とすれば問題ない」

「それは孤児院を建てろ、という事ですかね。あ、スラムに常駐しても良いと言う事ですか」

「今はまだミールの年齢が年齢だからな、周りの目がうるさい。暫く向こうで態勢を整えて実績をもっと積んでおけ。でもたまに私が顔を出すからな」

「九才の子供を拉致ってきたご本人に言われるとは思いませんでした」


 僕の言葉を無視して、それと、と付け加えるように代官が耳打ちしてきた。


「私の息子と娘、二人をミールの部下にする。鍛えてやってくれ」


 ……え?


 僕が一瞬混乱している隙を狙って代官は去っていきました。

 見事なまでのヒットアンドアウェイです。


 えっと、息子と娘? 代官の?

 娘はともかく息子っていうのは次期代官って事ですよね。将来仕える主と誼を結べってこと? でも部下って言ってましたよね、将来の主が部下っておかしくないですか?

 むしろその息子さんがスラムの責任者で僕はサポートするのが正しいと思います。


 代官の年齢は三十才くらい。男性貴族の結婚は時と場合にもよるけど概ね二十才前後と、以前代官の愚痴で散々聞かされました。

 いくら辺境伯家の姫だからといっても、好きでもない女と結婚つらいわー、だそうで。

 というか、嫁が主家の姫って相当優遇されてないかな? 確かにここは重要な拠点だし、辺境伯にとっても大きな顔が出来る要因の一つですから優遇は分かりますけどね。

 でもそれなら主家の関係者をこの町の主要ポストに……ああ、嫁がそれに該当するのですか。確かに嫁さんが主家のスパイってのは嫌ですねぇ。これが政略結婚というモノですね。


 っと、思考が逸れました。

 代官の年齢は三十才前後、結婚したのは十九才、それから推測するに、代官の子供は僕よりちょっと年上くらいですね。

 ふと思ったのですが、彼らの子育てはきっと嫁スパイさんがしているんですよね。その思考に染まった彼らを、本来の有るべき代官としての心構えをたたき込め、とも読み取れますよね。

 一介の冒険者の息子に何を期待しているのか知りませんけど……なんかお家騒動っぽくて嫌です。



 ま、それでも当初の予定通り役人からお金を融通してもらってスラムの改革が出来るようになりました。

 だって、スラムの犯罪率ってすごく高いんです。そりゃみんな生きるのに必死ですから仕方ないんですけど。

 それがいきなり殆ど皆無になったのです。必ずお偉いさんが調査しにくるだろうと思ってたんですよ。まさか代官自らきて、更に拉致られるとは思ってなかったですけどね。

 予定では、ポーションで暫く凌いで、調査に来た役人に口八丁手八丁で訴えて、少しでもお金が貰えたらそれを元手に店でも構えようと考えていました。

 結果は予想外どころか、どうしてこうなった状態でしたけどね。

 兎にも角にも、僕らのような境遇の子供をこれ以上増やさないようにしなければなりません。

 さあ、もう暫く頑張りましょう。


 あ、代官の子供なんていう部下は不要です、あとで返品してやりましょう。

 そう強く思いました。



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