三十二話 吸血鬼あらわる
それは夜も寝静まったころだった。仕事帰りの女性が人気のない道を歩いている。彼女は残業で帰るのが遅くなってしまったのだ。
こんな日には痴漢にでもあってしまいそうだなとよからぬことを考えながら歩いていた。
建物の上に人影が立っていた。痴漢にしてはいささか奇妙なところに立っている。だとしてもあんなところに人間がいるなどおかしい、女性はそれを人間とは思わなかった。
フッとその人影が消えた。不思議なこともあるものだ、女性はそう思ったが人影は消えてはいなかった。
バサッとマントを翻し、人影が女性の目の前に現れた。
「こんばんはー」
「きゃー!」
マントの男に話しかけられ女性が悲鳴を上げる。先ほど向こうの建物にいたはずの影が突然こちらに現れれば悲鳴も上がるだろう。
女性はたまらず後ろを向き逃げ出した。思考などない、ただ本能のままに逃げ出す。
「逃げんなよ!」
だが逃げられることもなく、男に肩を掴まれてしまう。
「ひっ」
女性の悲鳴が短く響く。恐い、恐い恐い恐い。女性の頭にはただそれだけがあった。自分はこれからどうなるのだろうと予想する余裕などない。
普通の変質者ならばそのまま女性の身ぐるみを剥がして乱暴を働くだろう。だが彼の乱暴とはそんな女性が思い出すのも拒否したい恥辱ではない。
「いただきます」
彼の手は肩を掴んだ勢いで口を女性の首元に寄せたのだ。ガブリ、犬歯とも言える尖った歯が首に刺さる。
「あ、あああ………」
女性が痛みに言葉にならない悲鳴を出す。彼はその歯を使い女性から血を吸ってるのだ。彼は性的な意味で女性を食べるのではない。文字通り血を吸うことで女性の栄養分を食べているのだ。
やがて女性の目から生気がなくなると男が首元から口を離した。すると女性を空き缶をポイ捨てするように倒した。
「ごちそうさま」
男は食事の快感に酔うように言った。そこに料理やその材料を作った人間への感謝などない。いや、女性は恐怖を感じた上に無理矢理血液を取られたので意識があるならば感謝されても怒るだけだろうが。
おとぎ話に少しでも詳しいなら彼のような人物をこう呼ぶだろう。吸血鬼、と。
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