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第8話

 スイリュウ様と暮らし始めて数週間が経った。定期的に食料や家具などがスイリュウ様を通して精霊たちから今も届いている。本当にありがたいことだ。

 洞窟で暮らし始めた私は最初自分の生活スペースをスイリュウ様の近くに作っていたのだが、今は自分の部屋を持っている。

 最初はスイリュウ様の寝床の近くにベッドを置いて寝ていた。だけどスイリュウ様が落ち着かないと言ってスイリュウ様の寝床の近くに部屋のような空洞を空け、そこが私の部屋となったのだ。ぽっかりと空洞ができたときは本当に驚いたが、今の私はスイリュウ様ならそれくらいするだろうなと思ってしまう。スイリュウ様は本当に驚くようなことばかりするお方だから。


 部屋の中にはベッドやチェスト、机や椅子が置かれ完全に一つの部屋として機能している。屋敷にいた頃の屋根裏部屋の暮らしより、確実に今は豪華な暮らしをしていると思う。家具はどれも手触りの良い木で出来ており、おそらくかなりの高級品なのではないかと思われる。衣服や布製品もシルクであろうと思われる素材で出来ており、これもかなりの高級品なのではないかと思われる。

 使うのが躊躇われるような物ばかりに囲まれて最初は委縮していたが、使わないと悪いよねと言い聞かせて今はありがたく使わせていただいている。


 暮らし始めて数日は治癒魔法でだいぶ楽になってたとはいえ、私の身体は衰弱しているのは確かだった。なのでしばらくは療養しろとスイリュウ様に言われ、精霊たちに貰った料理や果物を食べながらベッドで寝ていた。

 一週間が経った頃だろうか、スイリュウ様に自由に動いてもいいと言われ洞窟内を探索した。あちこちに行き過ぎて迷子になった時は焦ったが、スイリュウ様が見つけてくれたので助かった。その後怒られたのだが。ちなみに私の部屋ができたのはこの頃である。

 すっかりこの暮らしに慣れた私は毎日を満喫していた。こんなに毎日朝目が覚めるのが楽しみになるとは屋敷にいた頃は思いもしなかった。やっぱり屋敷を出て良かったと、心から思う。


 もう体調も随分良くなったので、今日は精霊たちに会いに行く。色々助けてもらったお礼をやっと言えることにほっと胸をなでおろす。衰弱していたからとはいえ、ずっとお礼を言えないでいたことが気掛かりだったのだ。こんな風に沢山優しくしてもらったのは初めてだったし、きちんとお礼をしたかった。この気持ちを余すことなく伝えよう。

 着替えや食事を済ませ、スイリュウ様のところに行くとスイリュウ様は寝床で相変わらず丸くなっていた。可愛らしくて、自然と笑みがこぼれる。


「スイリュウ様、準備が終わりました」

「うむ、では行くとしようか。ジェシカ、我の側に寄れ」

「はい」


 スイリュウ様に近づくと、スイリュウ様は丸まっていた体を起こして小さく何かを唱えた。すると私たちの周りに薄い水の膜のようなものが一瞬見えた。

 しかし目を凝らして見るほどの時間もなく、薄い膜のようなものはすぐに消えて激しい風が吹いた。思わず目を瞑り、風が止んだ後に目を開いて私の視界に映っていたのは、よく見知った蒼い世界ではない、見知らぬ景色だった。


 青々とした背の高い木々が連なり、太陽の光を遮っている。ここは森の中だろうか。所々葉の隙間をすり抜けて光を差す木漏れ日は、木々の落とす影がつくる鬱蒼とした部分を打ち消し、幻想的な風景を創り出している。その光景のあまりの美しさに思わずため息を零すと、いつもの優しい声が隣から聞こえてきた。


「気に入ったようだな。精霊たちがこの辺り一帯を管理しておるから素直に思ったことを伝えてやるといい。きっとやつらは喜ぶぞ」

「はい、そうします」


 この美しい景色が損なわれないようにきちんと管理がなされているようだ。そういえば精霊は自然を大切にしていると本で読んだことがあったので、ここを管理しているのも自然を守るためなのだろう。

 それはとても素敵なことのように思えたので、精霊たちに会ったらきちんとこの気持ちを伝えようと堅く決意した。


「この近くに水の精霊たちの集落がある。お主に食料などを分けてくれたやつらよ。では行こうか、ジェシカ」

「はい、スイリュウ様」


 やっと私に良くしてくれた優しい精霊たちに会える。歓喜に打ち震えながら、私は目の前をゆっくり歩く蒼い竜を追うように歩きだした。





 歩いているときに不思議なことに気付いた。木々が程よい感覚で結構な本数生えているのだが、スイリュウ様はぶつかることなく歩みを進めているのだ。

 スイリュウ様はとても大きい体をしている。人を2、3人背中に乗せても問題なく空を飛べてしまうくらいには大きい。そんな巨体をしているスイリュウ様がいくら程よい感覚で生えているとはいえ、木々にぶつからないで歩けるものなのか。

 歩いてきた道を振り返って見てみると、疑問はすぐに解消された。どうやら大きな道のようなところを歩いているようだった。下は茶色い地面と草花が生えているだけだったので、今まで気付かなかっただけのようだった。


「今歩いているところは道なのでしょうか」

「ああ。我が通りやすいようにと精霊たちが作ってくれたのだ」


 まさかのスイリュウ様専用通路だったとは。しかしそのときあることに気付く。

 道を作ってくれるくらいに交流があるのなら、精霊たちの集落に魔法で移動した方が楽なのではないだろうか。

 私の先を歩いていて私の思案する顔が見えないはずなのに、私の思考を先読みするのが得意なスイリュウ様は疑問を口にする前に答えてくれた。


「精霊たちの集落には魔法で結界が張られておる。我が集落へ魔法で移動するとその結界を破ってしまうのだ。一度それで精霊たちに怒られてな、それ以来こうして少し離れたところに転移してから向かうようにしておる」


 なるほど、それは確かに大変だ。魔法について家庭教師から教えられたときに、結界はかなり強い魔法であると聞いたことがある。人間が結界を張ろうと思ったら、魔法カードを50枚近く使用しなければいけないらしい。精霊たちなら問題なく張れるとは思うが、それでも結構労力を使うのではないだろうか。

 そんな結界を精霊たちの集落に移動するだけで破ってしまうとは、竜族とはやはり強い。他の種族ではそんなことはまず起こりえない。ドラゴンを崇拝する宗教があることに、少しだけ納得してしまった。


 それにしてもスイリュウ様はお茶目なところがあるらしい。集落に移動する前に、結界を破ってしまうかもしれない可能性を考えなかったのだろうか。少し抜けているのかもしれない。私が惹かれてやまないドラゴンは、やっぱり可愛いらしいドラゴンだ。

 しかし話を聞くに、結構精霊たちとは仲が良いようだ。あの部屋(屋根裏部屋)にいた頃に読んだ本ではそんなに交流もなく仲も良くはないと書かれていたのに。本の情報だけが真実ではないのだと改めて思い知り、自分の目で確かめることの重要性を感じた。


 目の前を歩くスイリュウ様の揺れ動く尻尾に触りたくて葛藤している間に、目的地である精霊たちの集落に着いたようだった。スイリュウ様は歩みを止め、尻尾も揺れを止めた。ああ、残念。


「着いたぞ…どうした?」

「いいえ、なんでもありません…」


 尻尾に触りたくて葛藤していました、なんて口が裂けても言えない。スイリュウ様に悟られまいと平静を装い、スイリュウ様の隣に移動した。

 目に映ったのは、大きな泉を中心として広がる白い家々。そして蒼い髪で統一されている、美しい男女の姿だった。

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