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第7話

 スイリュウ様と暮らすこととなった初日。なんとなくそうなのではないかと危惧していた問題が、やっぱり発生してしまった。


 私の食べるものがないのだ。水は洞窟内外の泉の飲料可能な湧水があるが、食料が確保できない。森へ行けば食べられる木の実や植物や果物などがあるとは思うのだが、なにせ私は何が食べられて何が食べられないのかを知らない。ずっと狭い部屋に閉じ込められていたので分からないのだ。植物図鑑を貰っていればなと思ったりもするが、今はそんなことを思ってもどうしようもない。

 困ってスイリュウ様に相談すると、スイリュウ様は少し思案した後少し待てと私に告げて目の前で姿を消してしまった。一瞬で姿を消したのでこれも魔法なのだろうかとしばし感動していたが、それどころではないことを思い出し慌てる。

 スイリュウ様はどこへ行ってしまわれたのだろうか。せめて分からないだろうけど行き先を告げてくれればもう少し安心して待っていられたのに。


 仕方がないので大人しく洞窟の中で待っていることにした。改めて洞窟内を見回してみるが、やはりここは美しい所だと思う。蒼い岩肌の壁に透明な石や岩。この透明な石は水晶だろうか。隣にあるスイリュウ様の鱗みたいに仄かに煌めく蒼い石は、見ていると心が落ち着いた。

 座って眺めていたのだが、下が直接地面なのでお尻が痛くなってきて少し座り方を変える。そのときに地面に手をついたのだが、何かが手に当たった。

 その何かは、手頃なサイズの蒼い石だった。掌に収まるくらいのその石は、優しく光を放っている。なんだかスイリュウ様の鱗みたいで愛おしい。私はその石を手で転がしながらしばらく遊んだ。


 暇つぶしの遊びを考えながら過ごしていると、突然目の前に風が吹いた。少し強い風だったので思わず腕で顔を隠し、目を瞑る。風が止んでから腕をゆっくりと下ろして目を開けると、そこにはスイリュウ様がいた。


「おかえりなさいませ。どこに行ってらしたのですか?」

「ジェシカの食料を探しにな。精霊たちに用意してもらっていたのだ」

「精霊様たちと交流があるのですか?」


 驚いて目を見開いた。だって精霊たちとドラゴンは交流がほとんどないと本で読んでいたから、まさかスイリュウ様に精霊の知り合いがいただなんて。


「我は竜族の中でも他種族と交流を持っている方だからな。あやつらとも長い付き合いよ。それよりジェシカ、これをお食べ」


 スイリュウ様が小さく何かを呟くと、突然目の前に食べ物が現れた。沢山の果物と焼きたてのパン、ハムやベーコンに魚の燻製など色々な種類の食べ物があった。それ以外にも白い容器があり、中に入っていたのは出来立てのスープやシチューのようだ。その他にも見たことがない料理がいくつか入れられており、当面食料の心配はいらなさそうな、大量といっていいほどの量の食料たち。

 あまりの量に眩暈がする。精霊たちと交流があるにしても、こんなに沢山の食料を恵んでもらえるものなのだろうか?

 私が思案しているとそれに気付いたスイリュウ様が疑問の答えを教えてくれた。


「精霊たちに『愛し子』を保護したから食料を分けて欲しいと言ったら喜んで持ってきたのだ。精霊たちは特に『愛し子』を好いておるからお主の身を案じたのだろう。お主が衰弱していると言ったら食べ物を掻き集めて料理まで作り始めたからな。しかし、これだけあればしばらくは持つな」

「はい…。ですがこんなにいただいてしまって良かったのでしょうか?」

「よいよい、気にするな。あやつらが好きでやったことだからな。ただお主のことを話したら大層心配しておったから、そのうちあやつらに会ってやるといい。元気になったら連れて行ってやろう」

「分かりました、ではそのときはよろしくお願いします」

「ああ。さ、早くお食べ」


 本当に『愛し子』というのは人間以外には愛されているのだな、としみじみ思った。

 人が『忌み子』と呼ぶ存在が他種族からすれば『愛し子』とは皮肉なものだ。そう思った自分に驚きつつも、こんな風に思うのも悪くないとも思う。ある意味、アリスの替えの人形から人間になれたということなのだろう。そんな風に思える自分はとても好ましく思えた。


 精霊たちから貰った食料を仕分けし、悪くなりそうな料理から食べることにした。どうやら精霊たちが食料に保存の魔法をかけたらしく、どれも悪くはならずに長く持つとスイリュウ様は言ったが、やっぱりなんとなく気にしてしまう。でもそんな建前よりも、私の為に作ってくれたという手作りの料理を食べたかった。


 私の為に作ってくれたという事実が、私の目頭を少しだけ熱くする。想われるというのがこんなにも嬉しいことだとは思わなかった。

 いただいた食料品の他にも衣服や生活用品、日用品なども用意してくれたようで、その中からスプーンを探して取り出し、スープを掬う。

 口に入れると熱過ぎず、丁度いい温かさ。熱を感じた後は香辛料と野菜の甘みが口いっぱいに広がる。胡椒の効いた優しい味の野菜のスープは、今まで飲んだどのスープよりも美味しかった。涙が零れてスープに塩っ気が足されても、やっぱり美味しさに変わりはない。

 時間をかけてゆっくりと味わい、スイリュウ様との生活での初めての食事を涙と共に終えた。


 お腹をいっぱいに満たした後は、精霊たちに分けてもらった物品の整理をした。服は今着ているドレスしか持っていなかったし、何も持たずに出てきていたので日用品などもとてもありがたかった。

 ただ驚いたのは、それ以外にも何故かベッドやチェストまであったことだ。精霊たちが何かと気を利かせて用意してくれたらしいが、ここまでしてもらうとなんだか悪い気がしてしまう。今度精霊たちに会ったら目一杯感謝の気持ちを伝えよう。

 持ち物を整理しているとスイリュウ様が話しかけてきた。


「何か足りない物はないか?我は人が生活する上で必要なものが分からぬ。だから言ってもらわねば気付かぬままだ。必要だと思ったらすぐ言うのだぞ」

「はい、ありがとうございます」


 まだ会ったばかりだが、スイリュウ様は結構心配性だ。まあこれは私が衰弱していたのが原因だとは思うのだけれど。それでも誰かに心配してもらえるというのはとても嬉しくて、つい顔が綻んでしまう。


「お主はよく嬉しそうな顔をするな」

「スイリュウ様が心配して下さるのが嬉しくて」


 つい本心をポロッと口に出してしまったことに気付き、恥ずかしくて思わず俯いた。屋敷にいたときはあんなに気を張っていたのに、どうにもスイリュウ様といると気が緩んでしまう。


「我は別に心配などしておらん。人間は脆いから何かと気を遣ってやっているだけだ」

「ふふ、ありがとうございます」


 プイと顔を背けて機嫌を損ねてしまったスイリュウ様は、なんだかとても可愛らしい。ドラゴンとは皆こうなのだろうか、それともスイリュウ様がこうなだけなのだろうか。どちらにしても可愛らしいことに変わりはない。


 スイリュウ様は不貞腐れて寝る体勢に入ってしまったので、私もベッドに入る。ご丁寧に寝る時の為の簡易ワンピースのような服まであったので、ありがたく着させてもらった。服もベッドのシーツも、今まで触ったことがないような手触りのいい素材で出来ていた。

 これは…シルクというやつだろうか。とても滑らかでいつまでも触っていたくなる。今度精霊たちに会ったときにこの布の素材を聞いてみよう。


 ベッドに入ってしばらくスイリュウ様を眺める。瑠璃色の鱗に今は閉じてしまって見えない金色の目。頭に生えている二本の角は真珠のような色をしていて、畳まれてしまっている翼は雄々しく、四本の足には鋭い爪が隠されている。尻尾は細く長く、まるで巨大な蛇のようだ。

 見た目は恐ろしいはずなのに、その優しい内面を知っている私にはただただ美しい竜として映った。そんなドラゴンと一緒にこうして寝食を共にすることが、なんだか可笑しくて小さく笑った。

 あまりにその生活は幸せに満ち溢れていて、少し怖いくらい。まだ幸せに慣れていない私には、この生活に慣れるまでに少し時間がかかりそうだ。


 洞窟の中は明るかったはずなのに、いつの間にか暗くなっていた。蒼い石が光を失っていたからだ。どうしてなのかは分からないが、明日スイリュウ様に聞いてみよう。これからは毎日一緒に暮らしていくのだ、きっといくらでも聞く機会はある。

 そう思うと嬉しくて、寝付くまでに時間がかかった。私は寝つきが良い方なのでなかなか眠れない自分に驚いたが、たまにはこういう日も悪くないなと蒼いドラゴンを見ながら思った。

 そして幸せに浸っている間に、いつの間にか眠りの中に落ちていた。今日はきっと、いい夢が見れるだろう。


 こうしてなんとかこの洞窟内で生活する目途が立った私は、スイリュウ様との暮らしの記念すべき初日を終えたのだった。

 

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