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第54話

「アリス!」


 彼女の白い肌は更に白くなっており、手を握ると彼女の熱が急速に奪われているのを感じて握っている手が震えた。この建物内の冬のような寒さが余計に熱を奪っているのだろう。

 このままでは、アリスは死んでしまう。

 妹とオスカー様の命を救うべきなのか、それとも妹のお願いを優先すべきなのか。早く決断しなければ本当に二人とも死んでしまう。


 ……例え、アリスに恨まれてもいい。やっぱり、死なせるなんてできない!

 そう思って治癒魔法をかけようとしたが、何故か魔法が弾かれるような感覚がして魔法がかけられない。


「どうして!?」


 焦って何度も試してみるが、一向に魔法はかけられない。妙に冷たい汗が背を流れ、震える手で同じことを何度繰り返しても、結果は変わらなかった。静かに近付いてきたスイファさんが二人にしばらく手をかざし、徐に口を開いた。


「……今この二人には、魔法が一切効きません」

「ど、どうしてですか!?」

「…先ほど妹君がカードを取り出して使用していたかと思いますが、あれは使用後1日は魔法が一切効かなくなる魔法です」

「一切…効かない?」

「そうです。カードの受け渡しは王族の方と精霊の代表の者が直接行います。その際に私たち精霊に万が一襲われても魔法を無効化し、物理的な攻撃を受けた場合も反射するような魔法陣を施した特殊なカードを条約の取り決めで王族の方お一人につき一枚お渡ししています。それを、彼女は使ったのでしょう」

「でも、王族であるオスカー様は刺されていて攻撃を反射した様子はなかったし、アリスは王族ではないわ」

「彼はこのカードをなんらかの理由で所持していなかったようですね。そしておそらくそれを妹君が使用した」


 そういえば、先ほどアリスは紙のようなものを持っていた。


「他者への譲渡に関しては特に制限はありません。なので譲渡することは可能ですが、譲渡するのは考えにくいですね。このカードに関しては所持していたカードを使用したらこちらの方で分かるようになっているので、なくなったらお渡しするという形をとっています。なので使用されていないカードの譲渡は、これから妻になる女性であっても考えにくい」

「自分の身を守る術がなくなってしまいますものね」

「ええ。だとすると…」

「転移魔法、であろうな」


 ずっと口を閉ざしていたスイリュウ様がぽつりと零す。


「ええ。貴族の女性、特に王族の伴侶になるような女性であれば、すぐに連絡がとれるよう転移魔法のカードを持たされていてもおかしくはありません。問題は、この特殊なカードの存在は王族にしか知らされていないはずなのに、彼女が知っていたことです」

「そうなのか?」

「はい。カードの存在を知っていて、カードの所在地を知っていれば転移魔法のカードで今回のように簡単に転移できてしまうからです」

「その特殊なカードは発動前だと魔法が無効化されぬのか」

「魔法カードは基本的に発動前の魔法を封じ込めているような形をとっているので、発動していなければ特に普通のカードと変わりません」

「カードに魔法をかけることは出来ぬのか?それではカードを盗み放題になるぞ」

「通常の魔法カードであれば出来ます。なので基本的に転移魔法無効の魔法をカードにかけているのですが、この特殊なカードだけは例外です。以前の王族の方がこのカードを所有しておらず、襲撃されて命を落としてしまったことがあったそうです。転移魔法のカードでカードを転移させようにも転移魔法が効かず、そのまま呆気なく。どうやら以前はそのカードを王族が持っていることが牽制の意味で貴族に公になっており、カードの存在を知った王族を蹴落とそうとした貴族が潜り込ませた者にカードを秘密裏に奪わせ、そのまま襲撃したと。なので王族はそれからこのカードの存在を秘匿し、今の条約では転移魔法はかけずにお渡しすることになっています。」

「ふん。随分警戒心のない奴だったのだな。奪われたカードはどうなったのだ?」

「僕も直接その頃のことを知っているわけではないですし、人間たちの事情を詳しくは知りませんが、条例が結ばれたばかりの混沌の時代だったらしいですから、人間にも色々あったのでしょう…。カードに関しては、王族かその伴侶しか使えませんので、それ以外のものが使用すると自動で消滅します。伴侶の条件は、婚姻の書類できちんと認められた者です」

「カードの発動条件は?」

「まずこの特殊なカードは使用するのに所持者に命の危機があった場合に自動的に使用されるか、王族、またはその伴侶が自分で意図して使用するかの二択になります。自動使用されると所持者のみに効果が出ますが、意図して事前に使用すれば最大二名まで効果を行き渡らせることができます。

また気絶、睡眠は命の危機とは判断されないので自動使用には当てはまりません。意図して使用した場合、()()()()などは魔法の効果範囲外の行為になります。今回このカードを使ったのはジェシカさんの妹君で、彼女は自分で自分を刺した。だから、自傷行為と判断されて自分を刺すことができた、といった感じでしょうか」


 少しの沈黙の後、スイリュウ様は血塗れで倒れ伏した二人を見た。


「我にもあの魔法を破ることは出来ぬのか?」

「そう、ですね…。これは特に魔法に長けた精霊たちが力を合わせて作り上げたものです。我々精霊にも破ることは出来ない。例え、精霊一魔法に長けているであろう、ユリさんでさえも。烏滸がましいかもしれませんが、魔法は我々精霊が一番長けています。なので、恐らくスイリュウ様にもこれを解くことはできないかと思います…」

「確かに、我々竜は魔法以上に己の持つ力がある。故に、魔法を使わずとも生きていける為、あまり魔法の得意な竜というのは聞いたことがないな…。いたとしても、圧倒的に時間が足りぬ」


 スイリュウ様でも、スイファさんでも解除することのできない魔法を、私が解けるわけがない。視界に映る手は白く綺麗なはずなのに、目の前は真っ暗だった。


「こういうことを想定してはおらんかったのか?」

「していなかった訳ではありません。ただ、フィーデン王国の方でこのままでいいと…」

何故(なにゆえ)か?」

「これは私たち精霊もあまり詳しい事情は分からないのですが…父から、それとなく聞いたことがあります。()()()な王族を、追い詰めて消す為ではないか…と。自傷行為が魔法効果の範囲外に指定されているのも、その為なのでしょう」

「ほお。人間とは複雑なことばかりしおる。面倒な生き物よの。…これも因果応報というものか。しかし、そうか。どうしたってこやつらを救ってはやれぬのか…」

「おそらく…」

「アリス…」


 ならばもう、私はアリスを救う術は何一つ持ち得ていないのか。同じ形をした手を握ると、命の灯火を感じる体温はもうすでにない。妹の手は透けるように白くなり、まるで溶けた蝋のようだった。


「婚姻の書類を提出した際にこのカードの存在を知らされたのか、或いは偶発的に知ってしまったのか。それは分かりませんが、彼女はカードの存在を知り、転移魔法を使って手に入れた。それは紛れもない事実です」

「ならばこれは、ある意味計画的なものだったのだな」

「どうしても、邪魔されたくなかったのでしょう」

「アリス……」


 そこまで言葉にして、アリスの表情の抜け落ちた顔を思い出す。これはアリスが色々考えた上での最後の手段だったのかもしれない。あんな顔をしてしまうほどの何かが、きっとあったのだろう。


「ジェシカ…泣いておるのか」

「え?」


 スイリュウ様の声で、自分の頬が濡れていることに気付いた。

 私はアリスがいなくなってしまうというその事実に、自分でも気付かぬ程に悲しみを感じているのだろうか。


 初めて出会ったとき、自分にそっくりな少女に心底驚いたことを覚えている。彼女は誰にも内緒で私の部屋に来たようで、私の部屋に入るとほっと息をついていた。

 その少女は溌剌とした笑顔で、


『こんにちは、お姉様!私はアリス。お姉様のお名前は?』


 アリスはそう、私に言った。

 まるで走馬灯のように妹と過ごした日々が次々に頭の中を駆け抜けていく。ずっと、アリスは私を蔑んでいたのだと思っていた。だけど最初からそうではなかったのだと、思い出した記憶たちが優しく教えてくれる。

 そうだ、最初の頃は本当にアリスに会えるのが楽しみで、両親の目を盗んで会いに来てくれた彼女と過ごす短い時間が、何よりもかけがえのないものだった。

 いつから変わってしまったのだろうと思い返せば、アリスがオスカー様に出会ってからだった気がする。アリスが変わってしまって、私もいつしか諦めてしまって。きっとその頃から、私たちは姉妹ではなくなってしまったのだろう。


 もう何もかもが手遅れで、考えても仕方がないのだと分かっていても、もしもを考えてしまう。両親は正直、私にとって親ではなく養って知識を辛うじて教えてくれる人たちという認識だった。だから先ほど倒れ伏している人々の中に両親を見つけても、特に何も思うことはなかった。正直自分はどうしようもないほど薄情であると思うけれど、事実そういう風にしか思えなかった。屋敷を抜け出した時に、もうすでに過去の人たちとなってしまったのだろう。

 だけど、妹は。アリスだけは、違う。どんな理由でも、自分から私に会いに来てくれた唯一の人だから。だから、アリス…。

 冷え切った手にはもう血は通っておらず、胸から流れていた鮮烈な赤色は黒ずんでいる。オスカー様も同様で、もう二人とも生きてはいないのだろう。


 何も出来ずに、ただ二人が死にゆく姿を見ていることしかできなかった自分が腹立たしい。


「アリス…」


 声をかけても、色を失った唇から自分によく似たあの声はもう、聞こえてくることはない。もう二度と聞くことはできないのだ。

 失ってから半身のその存在の大きさを知るだなんて、私はなんて愚かなのだろうか。なんと言われてもいいから、もう一度ちゃんと話がしたかった。


 堪えきれなくなった嗚咽が漏れ始め、私は何度もアリスの名を呼び続けることしかできなかった。

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