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第53話 アリス(終)

「それでは新婦のご入場です」


 そんな声と共に小教会へ入る。今日、メアリー様は体調を崩したそうで式には参加していない。

 そんなのは表の理由で、本当はきっと違うのだろう。…全部、私のせいだ。

 メアリー様が無事でいてくれることを祈って、私は会場の中を歩き始めた。オスカー様の隣まで歩き、教えられた通りに神に祈りを捧げた。


 本当に神様がいるのならば、神の子である私の願いを、どうか聞き届けてほしい。

 どうか彼を想う気持ちが、これ以上私を苦しめませんように。


 神父様のお話が終わり、ゆっくりと立ち上がって前を向いた。ステンドグラスを通して降り注ぐ光に目を細めていると、急に大きな爆発音と共に地震が起こる。揺れに耐えかねて地面に倒れ込むと、建物右上部が崩落し、太陽の光を反射した眩しい何かが見えた。

 急に眠くなってきて目蓋を閉じる瞬間に見えたそれは、お姉様の瞳の色によく似ていた。


 ◇


 冷たい感触に目を覚ますと、視界に映ったのは先程まで立っていたはずの床だ。重い体を起こして前を向けば、眼前には髪の色が変わっているオスカー様の護衛の女の後ろ姿と、そんな彼女を金色の目で鋭く睨んでいる蒼い鱗に覆われた見たこともない生物がいた。

 その姿はまるで…御伽噺に出てくるドラゴンのようだった。


「ジェシカ!何故ここに!」


 その声にハッと振り向けば、そこにいたのは数ヶ月ぶりに見る自分の半身だった。


 やっぱり、そうだったのね。

 お姉様はオスカー様の元に、いたのね。


 裂けるような胸の痛みと共に、安堵があったことも確かだった。

 少し顔色は悪いけれど、お姉様は生きていた。それが、どうしようもなく嬉しかった。


 さて、私はお姉様をオスカー様が知っていることをしらないはずだ。

 ならば、彼を問わなくてはならない。

 そして、私はメアリー様が残してくれたものをどうするか、決めなければならない。


「オスカー様、どうしてお姉様を知っているの?」

「僕は、彼女と結婚するはずだったんだ!知っていて当然だ!」

「私と結婚するのではないのですか。その為に、こうして結婚式をあげていたのではないのですか」

「表面上はな!だが僕が愛しているのはジェシカだけだ!」


 分かっていた。知っていた。そう、知っていたのに。

 その答えにどうしようもなく苦しくて、胸が抉られたように痛い。

 顔が歪みそうになるのを必死に堪えていると、


「私はあなたと結婚なんてしない!」


 力強いその声が、建物内にも、私の頭の中にも凛と響き渡った。

 お姉様は、彼に望まれているのに強く拒否している。私はその言葉を聞いて…とても、胸がスッとした。


「駄目だ!僕と結婚するんだ!何の為に危険を犯して君をあそこから連れ出してきたと思っている!もう君を逃しはしない!」

「オスカー様!私から離れてはなりません!防御の魔法が届かなくなってしまいます!」

「構わない!僕は彼女を手に入れるんだ!」

「オスカー様!」


 あの護衛の女はドラゴンの尾に吹き飛ばされ、呻き声を上げたまま起き上がらなくなってしまった。構わずお姉様の元へ向かおうとするオスカー様の様子に、お姉様は顔が強張っている。

 今、彼を止められるのは、きっと私だけ。


『まだ彼を本当に愛しているなら…この情報は墓場まで持って行きなさい。』

『もう愛想が尽きたなら、好きに使いなさい。』


 頭の中をメアリー様の言葉が過ぎる。


『どうかどうか、幸せになってね。』


 私はきっと、このままじゃ幸せになれない。

 オスカー様がこのままお姉様の元へ行けば、彼はきっとドラゴンに殺されてしまうし、彼が生きていたとしても、わたしは一生この胸の苦しみを抱えて生きていかなくてはならない。


『だが僕が愛しているのはジェシカだけだ!』


 ああ、メアリー様。私はどうしたって、幸せになれません。


 私のことなんて見てくれない、愛しくて憎い人。

 私は貴方のこと…許さないんだから。



 手袋に忍ばせていたカードを使用し、屋敷にある銀のナイフを呼び出してオスカー様目掛けて突き刺す。すると彼はお姉様の元へ向かおうとしていた足を止めた。


「な、ぜ…カードは……ああ、ジェシカ…」


 お姉様の方へと手を伸ばしながらそのまま崩れ落ち、床へと倒れる。虚な目に私を映し、やがてゆっくりと目蓋を閉じた。

 ここまでしてやっと、オスカー様は私の目を見てくれた。私をその瞳に映してくれた。

 ああ、それにしても酷い人。最期に呼んだのがお姉様の名前なんて。

 でもきっと、最期に思ったのはお姉様ではなく私だったはずだ。それがオスカー様…私を愛さなかった、私を裏切った貴方への罰よ。


 私は白いドレスが血に染まるのも気にせず、彼の側で膝を折りナイフを抜いた。抜いた部分から赤い血潮が吹き出し、赤く血がこびりついたナイフにしっかりと私の罪を映し出していた。

 ナイフを抜くと私は胸元からオスカー様から奪ったカードを取り出し、私とオスカー様に魔法がかかるようカードに念じた。すると私と彼の体が淡く光り、おそらくカードの使用に成功したであろうことが窺える。

 これできっと、私とオスカー様に何があっても魔法は効かない。

 私はオスカー様が私以外を思いながら死んでいくのを、許しはしない。

 これが、私を愛さなかった彼への…罰だから。


 お姉様の前に立ちはだかるようにしている男が何か呟いたけれど、私は気にせず立ち上がる。

 お姉様の方へ一歩踏み出せば、ドラゴンと男が警戒をあらわにしたことを肌に感じた。そんなに警戒しなくとも、お姉様には何もしないのに。

 頬を何かが伝った気がしたけれど、涙なんてもう枯れ果てた。きっと、気のせいだろう。


「アリス…」

「お姉様、ごめんなさい」


 それは本心だった。

 オスカー様に見てもらえないのをお姉様のせいにして、両親に吹き込まれたからだとしてもお姉様を蔑んで。挙げ句の果てには屋敷から追い出して。

 一歩間違えれば、お姉様はここにいなかったかもしれないのに。恋をすると人は、愚かになるのかもしれない。

 そんな愚か者の謝罪なんて聞きたくないかもしれないけれど、これが最後だから。


 そのまま、私はナイフを自分の胸へと突き立てた。

 胸が焼けるように痛い。でもオスカー様にされたことを思えば、なんてことない痛みだった。


「アリス!」


 お姉様の焦ったような声が聞こえる。しばらく見ない間に、私の半身は随分表情豊かになったみたいだ。出会ったばかりの頃のお姉さまみたい。

 立っていられなくて、オスカー様の上に重なるように倒れ込む。その反動でさらにナイフが胸に深く刺さり、口からは血の塊が溢れ出た。

 倒れる前にお姉様が何かをしようとしていたのを本能的に感じたので、余計なことをされたくなくて私はひゅうひゅうという喉から必死に言葉を絞り出す。


「おねがい、わたしにも、オスカーさまにも、なにもしないで」

「でも、このままじゃ二人とも死んでしまうわ!」

「それでいいの。オスカーさまと、いっしょにいかせて」

「アリス!」


 この混沌とした状況だし、この後どうなるかなんてわからないけれど、私はこの王国の王子を刺殺したのだ。きっと生きていたとしても処刑されるだけだろう。

 なら、私はオスカー様と一緒に逝きたい。

 当初計画していた予定とはだいぶ変わってしまったけれど、終着点は変わっていないのだから問題無い。オスカー様も私も、このまま死んでいくのだ。

 両親ももしかしたら処刑されてしまうかもしれない。両親を間違いなく私は愛していたけれど、どこかで蔑んでもいた。せめて、私とお姉様を本当に姉妹みたいに平等に愛してくれていたら、もっと愛せていたと思う。両親にも迷惑がかかるこんな手段、選ばなかっただろう。

 私をこんな風にしか育てられなかった、お姉様にろくな扱いをしてこなかった罰として、そのときは受け入れてほしい。


「おねえさま…さいごまでひどいことばかり言う、いもうとで、ごめんなさい」

「いいの、そんなことは全然いいのよ!」

「おねがい、ひどいことをたのむって、わかってる。それでも、わたしのさいごのおねがいを、きいてほしいの」


 本当に残酷なことだ。妹だと思ってくれているかは分からないけれど、妹を見殺しにしろと言っているのだから。

 本当は繊細なお姉様が傷付かない方法があれば良かったのだけれど、こんな特殊な状況下ではこれが精一杯。


「でも!」

「……いままでずっと、いえなかった。ごめん、なさい…。おねえさま、ほんとうに、ごめんね……」


 朦朧とした視界に映るのは、泣き出しそうな顔のお姉様。

 あんなに酷い言葉を投げつけてきた妹を、そんな顔で見なくてもいいのに。

 でも…お姉様のそういう優しいところ、ずっと大好きだった。


 私には幸せな未来なんてなかったけど、それでいい。きっと、神様からの私への罰なのだ。

 それに、オスカー様が一瞬でも私のことを見てくれた。それでもう充分…充分幸せだから。


 それよりずっと辛い思いをさせてきてしまったお姉様はせめて、私なんかよりずっと幸せになってほしい。もしかしたら、メアリー様はこんな気持ちだったのかな。


 どうかどうか、幸せになってね。ジェシカお姉様。

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― 新着の感想 ―
[一言] もしかしたら、アリスが多分一番の被害者かもしれん。一番自分を愛してくれる人のことに気が付かなかったから。(露骨にアピールしたにもかかわらず)アリスをこんなにした王子達は地獄に落ちた方がいいね…
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