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第50話 オスカー(終)

 少し話した後、レオナード兄さんは仕事があるらしいからアルフレッド兄さんと僕は退室した。途中まで一緒に歩き、人気のないところに来るとアルフレッド兄さんは内緒話をするように僕の耳元で囁いた。


「例のカードはちゃんと持ち歩いてるのか?」


 そう問われて、無意識に左胸を押さえた。


「急になんですか。持ってますよ」

「いや。あのユリって精霊の女、気に食わなくてな。気を許しすぎず用心しろよ」

「分かってますよ」

「お前、例の彼女より先にあの女とやったんだって?情は移ってないだろうな?」


 僕はユリとの忌まわしい行為を思い出して、カッと血が上った。


「移っていない!」

「悪い悪い。別にお前を怒らせたかった訳じゃねえよ。一応確認な」


 悪びれた様子もなくアルフレッド兄さんは笑った。


「早く愛しの彼女と子供を作ってくれ。俺はそれを待ってるよ」


 そう言って僕に背を向け、右手をひらひらと振って僕を通り過ぎていった。父上から僕がユリに情を移していないかを確認するよう言われたのだろうけど、何もあんな言い方しなくたって良いじゃないか。

 それに僕はジェシカしか愛していないのにそんな事を言われるのは、非常に不服だった。

 腹を立てながら自室に戻り、いつもの時間になれば城のキッチンから専用の食事を受け取り、神の塔へと向かった。今日はジェシカが一度も食事をとっていないから心配だ。


 この王国の王族は、結婚すると決まった時間に王族のみが入ることが出来る神の塔へと食事を持っていき、神にその食事を捧げて祈ることが決まっている。王族が熱心に神に祈りを捧げるからこそ、この国は繁栄していると一般的には知られているが、実態は違う。

 忌み子に子を産ませるため、監禁する場所として建てられたのがこの塔だ。僕が結婚していないのにこの塔に足を運んでいることに関しては、周りにはただ単に僕が熱心な信徒だと思われている。まあそう思われるように情報操作がされているのだが。


 服を夜に持っていくのは、神様に捧げる供物だと思われている。王族の男はナイトドレスを、王族の女はナイトガウンを持っていく。男は女神に、女は男神に心地よく眠ってもらう為の服を持っていき、時には一晩中祈りを捧げる、王族は敬虔な信徒だと知られている。

 僕はこの事を知った時、なんて可笑しな話かと思ったが、ずっとこの儀礼は続いているので誰も不思議に思っていないらしい。そういうものだと思い込むと、人間というのは真実が見えなくなるようだ。馬鹿らしい。


 神の塔には厳重に沢山の魔法がかけられており、中にいる忌み子がどんなに叫んでも外に聞こえることはない。防御魔法なども幾重にもかけられており、ドラゴンでもなければこの塔を壊すことはできないだろうとユリは言っていた。

 ちなみにこの塔には王族の血を引くものか、許可されたものしか入ることのできない魔法もかけられているので誰かに侵入されることはない。万が一侵入されたとしても、許可のない者に対して攻撃するよう魔法が設定されている。手練れの精霊でもなければ忌み子の元までたどり着くことはできないとユリが言っていたから、万が一のことがあっても大丈夫だろう。


 魔法のカードは軍事に使用されることが多いが、毎年受け取るカードの4分の1はこの塔の維持のために使われている。王家が何よりも大切にする、魔法を保有する血を残す為に。

 そんな塔の入り口近くまでくると、レオナード兄さんの姿が見えた。これからメアリー姉さんに食事を持っていくのだろう。少し間を置いて、僕も塔の中へと入った。

 神の塔は4階層になっており、一階は広間のようになっている。二階からが忌み子のいる所だ。この塔には6人まで忌み子を入れることができる。ただ最大数まで忌み子がいたことはないらしい。

 今現在は3人の忌み子がここで暮している。4階にレオナード兄さんの、3階にアルフレッド兄さんの、そして2階に僕の忌み子がいる。


 ああ、やっとまた会えるね、ジェシカ。


 ◇


 長々と回想していたら、いつの間にか神父の話が終わっていた。僕とアリスはゆっくりと立ち上がり、これから誓いの言葉を述べる。神に誓えば、もうジェシカは僕のものだ。

 神父の後方にある大きなステンドグラスから溢れる光は眩しく、空が晴れ渡っている事を教えてくれた。その光はまるで、僕を祝福してくれているみたいだ。

 ジェシカと共に過ごす素晴らしき未来に想いを馳せていると、晴天の空を覆う暗雲のように、僕に暗い影が落ちた。


 何かを思う暇もなく、大きな爆発音が建物内に響き渡り地面が揺れた。阿鼻叫喚の中、端の方に控えていたユリが動き出した瞬間、建物の一部が大きく崩壊し、瑠璃色の何かが一瞬見えて、僕はそのまま意識を失った。




 どれくらい気を失っていたのか。意識がハッキリしないままに目を覚ますと、目の前に蒼いドラゴンがいた。何故ドラゴンがいるのか。答えは一つしかない。


 ジェシカを、奪い返しに来たのだ。


 全てが順調だったはずだった。形だけの妻を手に入れると同時に、ジェシカを手に入れるはずだった

 どうして、どうしてどうして!何故こんなことになる!

 そんな僕の思いを見透かしたように、そのドラゴンは金の目で僕を射抜くように見た。その目に見られただけで、死んでしまうのではないかというほどの恐怖を感じる。怖くて、恐ろしくて、咄嗟に目を逸らした。

 そしたらその先に、神の塔にいるはずのジェシカがいた。


 ジェシカの近くには、見知らぬ美しい青年がおり、ジェシカを守るようにして立っている。

 僕のジェシカに近寄るな!僕の…僕の花嫁が、盗られてしまう!


「ジェシカ!何故ここに!」


 頭が真っ白で、何も考えられない。

 ジェシカがまた僕の元からいなくなってしまうという恐怖で、僕はもう気が狂っていた。


「オスカー様、どうしてお姉様を知っているの?」


 近くから、いつの間にか目を覚ましたらしいアリスの声が聞こえてきた。今はそんなことに答えている場合ではない!


「僕は、彼女と結婚するはずだったんだ!知っていて当然だ!」

「私と結婚するのではないのですか。その為に、こうして結婚式をあげていたのではないのですか」

「表面上はな!だが僕が愛しているのはジェシカだけだ!」


 強く言えば、それ以上言葉が返ってくることはなかった。

 ああ、ジェシカ。ジェシカ。離れたくない。嫌だ、嫌だ。


「私はあなたと結婚なんてしない!」

「駄目だ!僕と結婚するんだ!何の為に危険を犯して君をあそこから連れ出してきたと思っている!もう君を逃しはしない!」


 ジェシカが僕と結婚しないなど、許されることではない!

 僕は、僕は彼女を手に入れるんだ!


 ジェシカの方へ向かおうとすれば、ユリの声が聞こえてきた。


「オスカー様!私から離れてはなりません!防御の魔法が届かなくなってしまいます!」

「構わない!僕は彼女を手に入れるんだ!」

「オスカー様!」


 この時の僕は頭がおかしくなっていたのだと思う。冷静に考えれば、どう考えてもジェシカを手に入れるなんてことはもう無理だったのだから。

 それでも、それでももう一度、せめて彼女に触れたかった。彼女の温もりを感じたかった。

 視界の端でユリがドラゴンに攻撃を受けたのが見えた。ユリはもう駄目だろう。僕はもう死んでもいい。だからせめて、もう一度。


 ジェシカの元へ駆け寄ろうとすると、腰のあたりに強い衝撃を感じた。おかしい。あのカードさえ持っていれば、こんな感覚を味わうはずはない。ないのに、何故。

 確かに、式の前までは持っていた事を確認していたはずなのに、どうして…。


「な、ぜ…カードは……ああ、ジェシカ…」


 人生最高の日に、人生最悪の展開が待ち受けているなんて。

 起きていられず床に倒れ、僕は自身が血を流している事を知る。ドラゴンにやられたのだろうか。

 閉じそうな目蓋をこじ開け、なんとか目を開いていると、視界にアリスが映った。

 無表情で僕を見下ろすアリスは、僕の知らないアリスだった。


 これは君を愛さなかった、僕への罰なのか。

 アリス…。


 それを最後に、僕はゆっくりと目蓋を閉じた。

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