第49話 オスカー(3)
「それでは新婦のご入場です」
その言葉を皮切りに、小教会の中に沢山の拍手の音が響き渡る。この建物内の唯一の扉がキィ…と鈍く高い音とともにゆっくりと開いた。
愛しい人に非常に似た容姿をした、彼女よりも薄い青色を宿した瞳を持つ美しい女性が、彼女の父親に手を引かれて入ってくる。
幸せそうな顔をしながら、だけど何処か憂いを帯びた表情をしているその女性を、僕は意外に思う。彼女のそんな表情を、婚約を結んでから初めて見たからだ。
僕は彼女の家に婿入りすることになるから、家族と別れるのが寂しいわけではないと思うので、正直何故そんな表情をしているのか皆目見当もつかない。彼女なら、もっと幸せいっぱいという顔をしていると思ったのに。
だけどそう思ったのは一瞬で、すぐに愛しい人のことを思い出す。この結婚式が終われば、彼女は…ジェシカは僕のものだ。彼女が、やっと彼女が手に入る。そう思うと、自然と笑みが溢れた。
ある程度進んだところで父親の手が離れ、僕の婚約者であり、今日から表面上の妻になる女性…アリスはゆっくりと少しの段差を上り、僕の隣に立った。
神父が口を開き、神へ新たに夫婦になる2人が誓いを立てる旨の長ったらしい前口上を言い始める。僕とアリスは事前に教わった通りに片膝をつき、自分の両手を組む。非常に長い神父の話は、王族の挙げる結婚式の慣例だ。仕方がないので黙って話を聞いた。
暇なのでチラッと隣を見れば、アリスは目を閉じてじっと動かず教えを守っているようだった。つまらないな、と思う。仕方がないのはわかっているが、隣にいるのがジェシカだったらよかったのに。アリスに対して失礼だとは思いつつも、僕の心は正直だった。
あまりに暇なので僕は昨日、2人の兄と話していたことを思い出していた。
◇
アリスと明日の結婚式の最終確認を終えた後、兄上達に呼び出された僕は王太子の執務室に向かった。部屋に着くとすでにレオナード兄さんもアルフレッド兄さんもいて、レオナード兄さんは仕事をし、アルフレッド兄さんはソファで寛いでいた。
「すみません、遅くなりました」
「いいよいいよ、気にすんなって」
「急に呼び出したのは我々だ。気にしなくていい」
「ありがとうございます。失礼します」
僕はアルフレッド兄さんの正面のソファに腰掛け、2人が話し出すのを待った。しばらくの沈黙ののち、仕事を切りのいいところまで終えた様子のレオナード兄さんが口を開いた。
「…明日は結婚式だな」
「はい」
「オスカーはもう忌み子である彼女を迎えているのだったか?」
「…はい」
「彼女は魅力的か、オスカー」
なんの話がしたいのかよく分からないが、とりあえず正直に兄の問いに答える。
「はい、とても。最初に出会った時から強く惹かれていましたし、やっと彼女が手に入るのかと思うと震えが止まりません」
「…そういうものなのか」
「俺には全然分かんねー」
「…兄上達は結婚して忌み子に会ったのですよね?強く惹かれたりしなかったのですか?」
普段はこんな会話をすることは絶対に出来ないが、この部屋は防音魔法が展開されているため、会話を聞かれることはない。なので兄上達はこの部屋に僕を呼び出したのだろう。
どうやら忌み子についての話をしたかっただろうことが分かり、僕も常々気になっていたことを聞いてみた。
先に答えてくれたのは、レオナード兄さんだった。
「私はどうだろうか…。強く惹かれたりはしなかったが、メアリーより愛しているのは確かだ」
「メアリーは『表の妻』と『裏の妻』の話を聞かされた時、荒れてたもんなぁ」
「…王家の決まりなので最終的には受け入れてくれたが、私は彼女とは今でも良い関係は築けていない。表面上は、仲良さそうに取り繕ってくれているが」
「まぁあの女は王太子妃になるのが目的だったんだから、ちゃんと約束果たしてくれてんならいいじゃん。自分から夫を奪った憎いはずの女の子供だって、自分の子供として認めて育ててんだから」
「アルフレッド、その言い方はメアリーに失礼だ」
「はいはい」
メアリー姉さんはミルディ公爵家の娘で、今は兄さんの妻となり王家へ嫁入りして王太子妃だ。
『表の妻』というのは、要するに社交界に出たりなど表面上妻としての仕事をしてくれる女性である。オールストン家は例外だが、基本的に忌み子が生まれたら神殿に届け出る。そして残った方は神の子と呼ばれ、多くは王家の婚約者となる。メアリー姉さんも例に漏れず、レオナード兄さんの妻となった。
『裏の妻』というのは、王家の婚約者となった者の上の子のことだ。ジェシカは例外だが、基本的には結婚式をしたら祈りの塔という、特殊な塔へ神殿に捧げられるはずだった忌み子を秘密裏に迎え入れる。それまでは精霊達には黙って秘密裏に神殿の方で王家の婚約者となった片割れを育てているらしい。
そしてこの2人の妻の話を、『表の妻』となる本来正式に結婚した妻へ、初夜の時に話すという決まりが王家にはあった。王家としては魔力を保有できる子孫が欲しい為、子供を作るのは『裏の妻』とだけ。それを聞いたメアリー姉さんは、大変怒って荒れていた。まあ当たり前だと思う。結婚してからそんな事実告げられたって、普通ならなかなか受け入れられないだろう。だけどこの秘密を知ってしまった以上はメアリー姉さんの家族が人質にとられ、どうしても受け入れられそうにない様子の場合はメアリー姉さんは殺される。神殿で育った忌み子には、メアリー姉さん同様王太子妃に相応しい教育がされている。だからいざとなれば表の妻は消えても、なんの問題もないのだ。
それを知ったメアリー姉さんは更に荒れ、結婚前まで良好だった2人の仲は最悪のものになってしまったと聞いている。レオナード兄さんはそれを寂しそうにしているが、王家の決まりには逆えず、裏の妻であるリリーさんと交流していくうちにどうやら愛し合う仲になったらしい。
そんな事を、寂しそうに兄さんは語ってくれた。
「俺はアンジェラを愛してるし、ローラを愛しいと思ったことなんてないね」
対してアルフレッド兄さんは『表の妻』であるアンジェラ姉さんを愛していた。アルフレッド兄さんは僕と同様、アンジェラ姉さんの家に婿入りしている。2人は僕の目から見ても仲が良くて、神の塔にあまり来ることのないアルフレッド兄さんがアンジェラ姉さんを愛しているのは本当なのだと思う。
「俺はローラを見ても全然惹かれるなんてことはなかった。だから王家の決まりのせいでアンジェラとの子供を作れないのがムカついてしょうがねえよ」
そう溢す兄さんは、不満げに口を尖らせている。だけど僕の方を向くと一変して嬉しそうに笑った。
「でもよかったよ。お前に魔力があるらしいから、俺はあの女との子供を作る必要はない。お前に忌み子との間に子供ができれば俺はアンジェラとの子供を作っても良いって父上に許可をもらったからな」
「私には今息子がいる。オスカーの子供が娘であれば、私の息子と結婚することになるだろう。魔力を持っていないであろう私とアルフレッドの子供より、魔力を持っているらしいオスカーの子供を王家に残していくことが重要だと父上達は判断なされた」
「ほんと、お前に魔力があってよかったよ」
兄上達は忌み子に惹かれるということはどうやらないらしい。僕はやはり、魔力というものを保有しているのは間違いないようだ。疑っていたわけではないけれど、一度ユリが兄上達を見てみたが魔力はないと言っていたことがあった。だとすると、僕がジェシカに惹かれたのは、やはり魔力があるからなのか。なんとなくそれは、気に食わなかった。