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第48話

「なぜ、あなたがここに!」


 私に気付いたユリさんが私に向かって何か魔法を放とうとするが、それを遮るようにスイリュウ様が口から霧のようなものを彼女に向かって吐き出した。すると広間に冷気が広がり、一気に気温が下がって体が小刻みに震えた。吐く息も白く、この建物の中にだけ冬が訪れたかのように寒さが広がっている。

 ユリさんは咄嗟に水魔法で壁のようなものを作り、冷たい霧を防いでいた。水壁は瞬く間に凍りつき、太陽光を浴びてキラキラと煌めいていて、まるで一つの芸術作品のようだ。それを彼女は魔法の炎で瞬時に溶かし、次に仕掛けたのはユリさんだった。

 複数の水の玉を空中に浮かべ、一瞬で鋭い氷柱(つらら)のような形に凍らせたと思ったら、尖った切先をスイリュウ様に向かって打ち出す。目にも止まらぬ速さで打ち出されたそれを、しかしスイリュウ様は長い尻尾でまとめて叩き落としたように見えた。何しろ一瞬の出来事で、しっかり確認したわけではないのであくまで推測の範囲を出ないのだけれど。


「我は気高きドラゴンぞ。その程度の攻撃をいなせぬとでも思うてか。目の前に標的が居れば精霊になど遅れはとらぬ」

「あなた様が私の前に来た時点で、私の敗北ということですか」

「そういうことよ。大人しくしていればお主の()()()には手を出さぬ。だから余計なことはせぬことだ」

「……」


 悔しそうに唇を噛み締めているユリさんは、身構えたまま動かない。

 両者共に睨み合っていると、後方からこちらに駆けて来る足音が聞こえてきた。


「スイリュウ様!」

「スイファ、よくやった。無事ジェシカを救い出してくれたようだな」

「いえ。あの精霊は…」


 緊迫した状況に気付いたスイファさんは口を閉ざし、私を庇うように前に出た。


「ドラゴンだけでなく、まさか精霊まで来るなんて…」


 援軍が来たことに多少動揺した様子のユリさんは、それでも戦闘体勢を崩さず一層険しい顔をしてスイリュウ様を睨む。


「ふん、小賢しい。色々と自身に魔法をかけておるな。随分難解な魔法のようだが」

「私は精霊一魔法に精通していると自負しておりますので」

「あながち嘘でもなさそうだな。我も見たことのないような古の魔法まで使っておる」


 どうやらユリさんが魔法に精通しているのは確かなようで、それ故にお互いに攻めあぐねているみたいだ。ドラゴンを欺くような精霊なのだ、そう簡単に隙は見せない。

 私にはどうすることもできずにただただこの対決の行末を見守っていると、倒れていた男女…オスカー様とアリスが目を覚ましたようでゆっくりと起き上がった。


「一体何が…」


 そう言って目の前を見た二人は固まった。精霊越しに、蒼いドラゴンの姿が目に入ったのだろう。正しく状況が理解できていなくても、とんでもないことが起きていることは理解した様子だった。顔が真っ青になっている。

 そして視線を逸らしたオスカー様と、たまたまその先にいた私は偶然目が合ってしまった。


「ジェシカ!何故ここに!」


 その大きな声にアリスもこちらを振り向いた。

 久しぶりに見た自分の片割れは驚愕に目を見開いているけれど、取り乱しているオスカー様とは違い、すぐに瞳に冷静さを宿した。まるでこうなることが分かっていたみたいに、私がいることに驚きはしても、疑問は持ち合わせていないみたいだった。

 あんな別れ方をしたまま、こんな形で再会をした。双子でも、生きる世界が違った私の片割れの気持ちは、私には到底分からない。アリスは今、何を思っているのだろう。

 アリスと目線を合わせると、そこに私を嘲っていたアリスはいなくて、なんだか初めて会った時のアリスみたいな顔をしている。そういえば出会ったばかりの頃のアリスは、こんな顔をしていた気がする。神の子と忌み子、ではなくて姉と妹。今はそんな感覚。いつから変わってしまっていたのだろう。随分懐かしい気がした。


「オスカー様、どうしてお姉様を知っているの?」


 先ほど垣間見えた懐かしい顔はもう既になく、感情の抜け落ちた表情でアリスはオスカー様に問いかける。オスカー様は取り乱した様子のまま答えた。


「僕は、彼女と結婚するはずだったんだ!知っていて当然だ!」

「私と結婚するのではないのですか。その為に、こうして結婚式をあげていたのではないのですか」

「表面上はな!だが僕が愛しているのはジェシカだけだ!」


 その言葉に、一瞬傷ついたような表情をしたアリスはすぐに元の無表情に戻る。

 私はアリスがオスカー様を好いていた様子を思い出し、オスカー様のあまりに残酷で身勝手な発言に自分のことではないのに怒りが湧いて来た。


「私はあなたと結婚なんてしない!」


 力強くオスカー様の言葉を否定すれば、アリスは少しだけ目を見開いた。


「駄目だ!僕と結婚するんだ!何の為に危険を犯して君をあそこから連れ出してきたと思っている!もう君を逃しはしない!」


 私の方へ向かおうとする彼の様子に驚いたのは、ユリさんだった。


「オスカー様!私から離れてはなりません!防御の魔法が届かなくなってしまいます!」

「構わない!僕は彼女を手に入れるんだ!」

「オスカー様!」


 動揺したユリさんに隙ができた瞬間、スイリュウ様が尻尾で彼女を薙ぎ払った。壁に叩きつけられた彼女は小さく呻く。起き上がる様子がないことから、彼女が気を失っているのだろうことが分かる。

 そんな彼女に構うことなくこちらに駆け寄ろうとするオスカー様を止めたのは、アリスだった。

 一歩踏み出して背を向けた彼の背に素早く近づくと、魔法の気配がしたと同時に二人の動きが止まる。何が起こったのかは、私の位置からはよく見えない。今の魔法の気配は一体、なんだったのか。

 疑問が尽きず溢れてくる間に動きを見せたのは、オスカー様だった。


「な、ぜ…カードは……ああ、ジェシカ…」


 そう言ってこちらに手を伸ばしながら崩れ落ちたオスカー様から鮮血が流れ出ているのが見え、彼の周りに小さな血溜まりを作っている。床に伏せた彼の背には血に濡れた銀色のナイフが刺さり、白い礼服を赤く染め上げていた。


「ア、アリス…」


 あまりにも一瞬の出来事で、何が起きたか理解するのに時間がかかった。あんなに好きだと言っていたオスカー様を、まさかナイフで刺すなんて。予想外のことに、誰も動くことができなかった。


「僕らが渡していた魔法のカードを所持していたようですね。あれはおそらく、転移の魔法でしょう」


 スイファさんがアリスに視線を向けたまま、固い声でそう言った。


「転移の魔法、ですか?かなり難しい魔法なのでは…」

「人などを転移させる場合はかなり難しいのですが、小さな物を転移させる程度なら精霊たちは皆使えます。緊急時にすぐ連絡を取れるように転移の魔法を施したカードも渡していましたので、おそらくそれを使ったのでしょう」


 どういう経緯でアリスがそのカードを手に入れたかは分からないけれど、おそらく持っていなかったはずのナイフで刺せた理由は分かった。さっきの魔法の気配はカードを使った時のものだったのだろう。


 アリスは表情を失ったまま、瞳にオスカー様をただただ映している。アリスは小さく震えていて、私にはそんな彼女の胸中を推し量ることなど出来なかった。

 やがてゆっくりとオスカー様の側に立ち、淑女然とした優雅な動きで膝を折って彼に刺さったナイフを抜く。

 ドレスの胸元から取り出した薄い紙のようなものに手をかざすと、アリスと倒れ伏しているオスカー様の体が一瞬淡く光り、紙は消えてしまった。


「あれは…」


 スイファさんが何かを言いかけたが、立ち上がったアリスが私の方を向いて一歩近付いたことでスイリュウ様とスイファさんが身構えた。アリスが何をするつもりなのかと警戒しているのだろう。


 こちらを見たアリスは無表情のまま泣いていた。もしかしたら泣いているのは無意識、なのかもしれない。何故彼女は、最愛の人を刺したのだろう。

 サファイアのような瞳が濡れて、私はこんな時なのにそれがとても美しく思えた。


「アリス…」

「お姉様、ごめんなさい」


 その短い謝罪の言葉には、言葉には表せないほどの意味が込められているように感じられた。形容し難い感情の波が押し寄せて、妹のその言葉に返す言葉が見つからない。

 何かを言おうと口を開きかけた時、アリスは自分の左胸に鈍く光る銀色のナイフを突き立てた。


「アリス!」


 咄嗟に身体が動いた。近寄って治癒魔法をかけようとするが、それを遮るようにオスカー様に折り重なるようにして倒れたアリスが口を開く。


「おねがい、わたしにも、オスカーさまにも、なにもしないで」

「でも、このままじゃ二人とも死んでしまうわ!」

「それでいいの。オスカーさまと、いっしょにいかせて」

「アリス!」

「おねえさま…さいごまでひどいことばかり言う、いもうとで、ごめんなさい」

「いいの、そんなことは全然いいのよ!」

「おねがい、ひどいことをたのむって、わかってる。それでも、わたしのさいごのおねがいを、きいてほしいの」

「でも!」

「……いままでずっと、いえなかった。ごめん、なさい…。おねえさま、ほんとうに、ごめんね……」


 その呟きを最後に、アリスは口を固く閉ざした。


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