第47話
駆け寄ってきたスイファさんが私の存在を確かめるように、ぎゅっと私の体を抱き締めた。
「よかった!生きている!」
泣きそうな声には安堵が滲んでいて、私を包み込む体は震えていた。
「ジェシカちゃん!」
「ソーファさん!」
私とスイファさんを包み込むように、ソーファさんがぎゅっと更に抱き締めた。ソーファさんの方を見れば、ソーファさんは静かに涙を流していた。
そんな二人の様子に、場違いにも私は喜びを感じてしまった。こんな風に心配してくれることが、とても嬉しくて。心配してくれる人がいるって、幸せな気分になるのね。
だけどいつまでも感傷に浸っている場合ではない。
「スイファさん、ソーファさん。外で何があったのですか?くぐもった爆発音のようなものが聞こえたと思ったら建物全体が大きく揺れて。でもここから外の様子がわからなくて何が起こっているのかわからないんです」
二人は腕を緩め、泣きそうな顔から厳しい顔になって答える。
「ここには遮音の魔法が建物全体にかけられているみたいだから、外の音が聞こえにくいのはそのせいかもしれないわね」
「そうみたいだね。爆発音のような音が聞こえたのは、この城に張られた結界を破って城の一部が崩落した音だろうね。僕たちはスイリュウ様と一緒に、ジェシカさんを助けにきたんだ」
スイリュウ様、と聞いた瞬間安堵から膝の力が抜け、床に座り込んだ。
今頃になって身体が震える。それをソーファさんが優しく摩ってくれた。
「もう大丈夫よ。結界を破るのに、ユリアとラージュも手伝ってくれたの」
「ユリアさん達まで…」
自分を助けようとしてくれている人たちがこんなにいてくれていることに、泣きそうになるのをぐっと堪えた。本当に嬉しい。
ソーファさんが摩っている手を止め、ローラさんの方を見た。
「…こちらの女性は?」
「ローラさんです。私と同じくここに監禁されていた女性で、おそらく愛し子です」
「やはり、そうなのね…」
泣きそうな顔をして、ソーファさんはローラさんに近づいた。
「ローラさん。もう大丈夫よ。あなたのことは、私たちが助けるから」
「…っ」
状況が飲み込めていなかったローラさんは、ソーファさんの言葉を聞いて顔をくしゃくしゃにして声にならない声で泣いていた。安心して涙腺が緩んだのだろう。気持ちは痛いほどに分かる。
そんなローラさんを優しく撫でるソーファさんの顔は、初めて私がソーファさんに会ったときのような優しい顔をしていた。
ローラさんが少し落ち着いたのを確認し、こちらを向いて真剣な目をしたソーファさんは固い表情で口を開く。
「ジェシカちゃんはスイファと共にスイリュウ様のもとに向かいなさい」
「でも、ソーファさんは…」
「大丈夫。フウリュウ様がもう少ししたら助けに来てくれる。他の階にも同じような愛し子がいないか確認したら、私たちもフウリュウ様に乗せてもらってここを脱出するわ」
スイファさんに支えてもらいながらなんとか立ち上がる。そしてソーファさんの目を見てゆっくりと頷いた。
「ほら、行きなさい!」
「はい!ローラさん、またあとで!」
「助けてくれて、ありがとう。また、あとで」
そうローラさんとも言葉を交わし、スイファさんと共に部屋を出た。
階段を何度か駆け下りて外へと出る。振り向けば、先ほどまでいた建物はどうやら細長く小さな塔のようだった。厳かな装飾が施されたその塔は、独特な雰囲気を持って佇んでいる。
「この建物は…」
「事前調べでは、どうやら王族以外の立ち入りを厳重に禁じた神に祈りを捧げる神聖な塔との情報だったよ。実際は違ったみたいだけどね。さあ、行こう!」
スイファさんに促されて彼の後を追従する。ここは城からは少し離れた独立した場所らしく、小さな林の中にあるようだった。木々の間を縫うようにして向かうのは、大きな城の西端の建物。城に併設されるようにあるそれは、先程までいた塔と少し雰囲気が似ている。私が目にしている建物の部分には変わったところはないが、奥の方に瓦礫があるので恐らく崩落したのはそこなのだろう。
ここに、スイリュウ様がいる。
逸る気持ちを抑えて建物の近くの茂みに身を潜め、二人で様子を窺った。建物の入り口は見た感じだと建物と城を繋ぐようにしてある通路にあるもののみ。複数の兵士が入り口を固めている。その他に確認できたのは何人かの兵士が倒れており、起き上がっている兵士達は随分混乱しているということだ。兵士達もこの様子だと何が起きたのか把握していないのかもしれない。
「ジェシカさん。僕があの兵士達をなんとかします。その隙にあの入り口から中へ入ってください。僕もすぐに追います」
そう言いながらスイファさんは私にスイリュウ様がするように何重にも魔法をかけている。
「でもスイファさんは」
「僕は大丈夫。彼らに負けたりしませんから。…本当はスイリュウ様自ら一番に貴方を助けに来たかったはずです。でもスイリュウ様はこの国に与している精霊を相手にするために、貴方を僕に託した。だから僕は絶対に、貴方をスイリュウ様の元へ送り届けます」
「スイファさん…」
「僕は今でも貴方が好きだ…だけど、それ以上に貴方の幸せを祈っている。貴方の幸せがあるのは、あの方の元だ。大丈夫、安心してスイリュウ様の元へ向かって下さい」
少し照れた様子でそれだけ言うと、私の答えも聞かずにスイファさんは兵士達の元へと駆け出した。
「何者だ!」
「はっ!」
スイファさんは水魔法を巧みに使って濁流を生み出し、兵士達を入り口付近から奥へと流す。突然流れてきた濁流に兵士達はなす術もなく、そのまま悲鳴を上げながら流されていった。
「さあ、今だ!行って、ジェシカさん!」
「はい!」
スイファさんの言葉を合図に茂みを飛び出し、全速力で建物の入り口へと駆けた。その間にスイファさんは水魔法と併用して風魔法を使い、私のものとは比べ物にならない魔法で扉を建物内部へと吹き飛ばす。惚れ惚れするほどの魔法だ。
建物への侵入を拒むものがなくなった入り口に飛び込むと、大きな広間には左右に沢山の人が集まっている。だけど皆何故か床に伏しており、よく見ると眠っていた。建物の正面右上部から広範囲に渡って太陽の光が差し込んでいて、正面中央にあるステンドグラスは一部が割れ、美しい内装は見るも無残に崩落していた。
ステンドグラスの近くには純白の衣を身に纏って倒れている男女と、その男女を守るようにして立っている青い髪の女性、そしてその女性に向き合う美しい蒼い竜がいた。
こちらを向いた満月のような金の目が、優しく細められる。
「ジェシカ!」
「スイリュウ様!」
そこには会いたくて会いたくてたまらなかった、愛するドラゴンがいた。