第44話 アリス(2)
お姉様がいなくなってから、もう数ヶ月が経過していた。未だに両親からお姉様が見つかったという話は聞かない。
お姉様を結果的に追い出してしまった罪悪感と、オスカー様に見ていただけない絶望感で、私は何事も深く考えずに淡々と日々を過ごしていた。
そんな日々の中で大きく変化を感じたことといえば、お姉様がいなくなって1ヶ月が経った頃、私とオスカー様の結婚式が早まったことだろうか。お姉様の存在を認識して執着しているであろう彼が、本来の結婚予定日よりも半年も私との結婚を早めた。元々今年には結婚する予定だったが、準備を半年も早くしなくてはならなくなって家の中が慌ただしくなっていたように思う。
オスカー様たっての希望で早められた結婚式だと両親には説明されたし、本人にも会った時にそう言われた。オスカー様に恋をしている私は、本来なら喜ぶべきなのだろう。だけど、私は何故か結婚を早めたオスカー様に大きな引っ掛かりを感じている。そのせいで素直に喜ぶことはできなかった。
その引っ掛かりを感じる大きな理由としては、数週間前からオスカー様の機嫌が良くなったということがある。いつも私といる時は表面上は楽しそうにしていたが、注意深く観察していればどことなくよそよそしくて、義務的な様子なのが窺えた。それに加え、お姉様と邂逅してからはオスカー様から苛立ちすらも感じられた。
なのに、今はそんな様子は微塵もない。本当にご機嫌なのだ。これ程の変化をおかしいと思わない方がおかしいだろう。
私は一つ、考えていることがある。
オスカー様が機嫌が良くなった理由…それは、お姉さまが見つかったからではないかということだ。オスカー様はお姉様に出会う前まで、私が何をしても変化を見せなかった。だからそんな彼が様子を変えたということは、そういうことなのだと考えている。
あくまで仮説ではあるが、限りなく当たっていると思う。私たち家族にそれを知らされていないのは、知らせる必要がないから。もしかしたら両親は知っているのかもしれないと思うことがある。いつからか、ひた隠しにしていた様だが虚脱した様子が増えた。そして何より私を見る目が、昔お姉様を見ていた私と同じ…哀れみを湛えた目をしているのだ。
気付いた頃は色々と疲れてしまって気にする余裕もなかったが、きっとそういうことなのだろう。
そしてお姉様が見つかったという知らせは、思うに私にとって最悪な形で告げられるのだろう。
結婚式。
この皆に祝福される花嫁にとって最も幸福な日に、きっと地獄に突き落とされるのだ。
ああ、何かを考える気力などなかったのに、結婚式が近づくにつれて考えてしまう。あんなに待ち遠しかった結婚式が、今は永遠に来て欲しくない。きっと結婚などしない方が幸せだと、そんな風に思う未来が来るに決まっている。
これはお姉様を蔑むようになってしまった私への罰なのか。だからオスカー様はお姉様を愛して、私を愛さないのか。
形容できない感情の吐口を探して唇を強く噛みしめようとするも、寸前で留まった。唇を強く噛み過ぎて血が流れたら、明日に障る。
結婚式は明日の11時から城内にある小教会で行われる。教会といっても本当に教会が城内にあるわけではなく、王族とそれに近しいものが神に祈りを捧げる為に造られた神聖な広間が、まるで小さな教会のようだと言われることから小教会と呼ばれている。その小教会、通称『祈りの間』で王族の結婚式は行われるのが通例で、今回も例に漏れずそこで行われることとなった。
式の内容はもう決まっているが、最終確認の為に今日もこの後フィーデン城へ向かうこととなっている。
この憂鬱な気持ちがマリッジブルーであれば、どんなに良かっただろう。
小さくため息をつくと、控えめなノックが静かな部屋の中に嫌に響き渡った。
「失礼致します。アリスお嬢様、そろそろ出発のご準備を始めてよろしいですか?」」
「ええ。お願いね」
「かしこまりました」
重い腰を上げてしっかりと地に足をつけて立ち上がる。それなのに私は立つための地面を見つけられずに戸惑う子供みたいな、そんな気持ちだった。
オスカー様に会う為に身嗜みを侍女に整えてもらい、城に向かうための馬車に乗る。馬車の外には湿風が吹き、曇天の空が地面に暗い影を落としていた。その様がまるで私の未来を表しているようで、外の景色がいつもより索漠としているように感じられる。
明日、一目でいい。
私を通してお姉様を見るのではなく、私を見てくれたら。そしたら、どんな未来が来ようとも頑張って受け入れるから。
だからどうか、わたしをみて。