第40話
この部屋に入れられてから、3日が経過した。
体が回復して動けるようになったので、部屋から出る為に色々と試してみたがどれも駄目だった。
ドアは開かず、大きな声を出しても誰も気付いてくれる様子はない。部屋に唯一ある窓は開けようとしてもビクともせず、例え開けられたとしても磨りガラスの窓からうっすらと見える外の様子から、ここが一階ではないだろうことが推察され、とても外へは出られそうになかった。
この部屋に入れられてからの扱いは、決して悪いものではない。むしろ、オールストン家の屋敷にいた頃を思い出せば、とても良い待遇を受けていると思う。
食事は1日に三食、どれもオスカー様が自ら持ってきてくれる。
私はオスカー様に見られながら居心地が悪いまま食事をし、食事が終わればオスカー様が私の頭をひと撫でして食器を持って行ってしまう。
服は毎夜、オスカー様が寝る前に持ってきてくれる。そのときに特に何を話すわけでもないのに、嬉しそうに目を細めて私を見ているのがなんだか怖かった。
部屋から出られないことを除けば、この部屋での日々はとても快適だ。
その事実が、私にはとてつもなく恐ろしかった。
動けるようになってから確認したが、この部屋には扉が3つあった。一つはオスカー様が出入りしている、恐らく外に続いているであろう扉。もう一つは浴室への扉。そして最後が、お手洗いに続く扉だった。
ここに入れられた初日、体が動くようになり外に出ようと隈なく部屋の中を探索していると、部屋の隅に目立たないようにある茶色い扉に気付いた。
そっとドアノブを回すとそれはゆっくりと動き、恐る恐る押せば扉は開いた。
扉の先にあったのは浴室と、もう一つの白い扉。それを開けた先には、トイレがあった。
この部屋の中で食事以外の全てが完結するように作られた部屋の構造に気付いたとき、私は戦慄した。
オスカー様は、ここから私を一生出さない気なのだという考えが頭を過ぎったからだ。
怖くてこの部屋から脱出できそうなところを必死で探しても、そんなものは見つからない。
私はずっとここに閉じ込められてこれからを生きていくのかと思うと怖くて、そして悲しくて仕方がなかった。
スイリュウ様や精霊様たちとの別れがこんなに突然来るなんて。
あの穏やかな日々が、これからはずっと続いていくのだと、勝手に思ってしまっていた。
なのにこんなに突然、終わってしまうなんて。
ああ、フウリュウ様はこんな苦しみを胸に抱いて毎日を過ごしているのか。
とても強いお方だ。
私には、こんな日々は耐えられそうにない。
でも、希望はある。
死別したわけではないのだから、きっとここから抜け出す好機がくる。
攫われて、気が動転して後ろ向きになっていたが、こんなんじゃ駄目だ。
諦めずにそのときを待とう。
きっと、スイリュウ様は来てくれる。自惚れかもしれないけれど、短くとも確かに築いた絆がある。
スイリュウ様はそれを簡単に捨て去るような方ではない。
だから、苦しくても待つんだ。
私もただ待つだけではなく、ここの情報を少しでも手に入れよう。
スイリュウ様たちは人間には使えないような高度な魔法が使えるから、きっと何かしらの連絡手段も見つけてくれる。
だから私はそのときにこの場所をなるべく正確に伝えられるようにしなきゃ。
部屋の中を意味もなくうろついていた私は、柔らかで寝心地の良いベッドに腰を下ろす。
床に敷かれた絨毯の美しい模様をなぞりながら、心を落ち着けた。
まずは情報を整理しよう。
ここに入れられたのは、3日前。洞窟内に甘い香りが漂い、眠くなっていつの間にか眠ってしまった。
そして私はその間にあそこから連れ去られ、見たこともない部屋で目を覚ました。
オスカー様がいたことから、フィーデン王国内から出てはいないとは思われる。
彼は第三王子で、王太子の仕事を補佐していると妹が嬉しそうに話していた。
そして食事の時間の朝・昼・夕と、服を持ってくる夜にここに来ており、滞在時間は30分程度。なら彼は普通に日常生活を送っており、その合間を縫ってここに来ている?
ということは、ここはフィーデン王国の王城内の可能性が高い。
ただ、私はお城の中に入ったことなどない。だからこの部屋が城内のどの辺にあるのかは見当がつかない。
窓から日の光は差しているので地下ではないが、窓は磨りガラスで外の様子は不透明。青が窓を埋め尽くしており、他の色が見受けられないことから、一階以上にあるのではないかと思う。
太陽の位置がいまいち見えないが、夕方になると強いオレンジの光が差しているから、西の方にあるのかもしれない。
これらのことから、ここは王城内の一階より高い西側にあるのではないかと推測する。
とりあえず、場所はこれが限界だろう。
次に、魔法が使えなかったことについて考えてみる。今現在も魔法を使うことは出来ない。何度か試してみたけれど、どの魔法も使うことが出来なかった。
何故、使えないのか。知っている知識が乏しく、私の頭ではその答えに辿り着けない。何か糸口はないかと考え、オスカー様に魔法を使おうとしたときのことを思い出す。
彼はあのとき、なんと言っていた?
『駄目じゃないか、魔法なんて使おうとして。君は悪い子だね。…しかし、ユリの言う通りだったみたいだ。彼女にはあとで褒美をやらなきゃ』
彼は私が魔法を使えることを知っていた。
王国上層部はそのことを皆知っているのか、一部だけが知っているのか。その辺は不明だが、オスカー様は確かに知っていた。
そして「ユリ」と呼ばれた女性が言う通りだったと言っていた。
その女性は魔法に精通している…?
この王国にいる限り、愛し子が魔法を使えるということを知るのはとても難しい。
だけどそれを知っていて、予測して何らかの方法で私の魔法を封じた。
この推測はあながち間違いではないと思う。
あの日、スイリュウ様は様子を見てくると言って洞窟を出た。
ドラゴンはこの世界に存在する種族の頂点。そんなスイリュウ様を欺いたその何者かは、そのユリという女性なのではないか。
そして、私を攫った。
だとしたら、そのことをどうにかしてスイリュウ様に伝えなくては。
相手は間違いなく、賢い。いくら力が強いといえど、知略をめぐらせ罠を仕掛けられれば余程のことがない限り敵わない。
敵の、情報を知らなくちゃ。
会いたくなくて仕方がないオスカー様に会って、情報を引き出そう。
屋敷にいた頃は全てを諦めていた。
だから、その頃の私ならとっくに諦めていただろう。だけど、今の私にはこのまま諦めるなんてできない。
スイリュウ様に、精霊様たちに、また会いたい。
震える身体を押さえつけ、私は来て欲しくないと思っていたはずのオスカー様の訪れを、今か今かと待っていた。