第28話
とうとう精霊様たちの所へ向かう日となった。
スイファさんに伝える答えは決めたけれど、本当にそれでいいのかと何度も考えた。でもやっぱり私の答えは変わらず、お断りの方向で行くことを改めて決めた。
朝起きてスイリュウ様に挨拶をし、ご飯を食べ、精霊様たちの所へ向かう準備をしている今現在。今日のスイリュウ様の様子を思い出してみると、どことなくシュンとしている気がする。どうしたのだろうか。
スイリュウ様はここ数日、ずっとこんな感じである。どことなく元気がなくて、私と話しているとどことなくそわそわしてる。
やっぱり何かしてしまったんじゃないかと考えてみるが、変わったことをした記憶はない。私の何かがスイリュウ様の気に障ってしまったのか、はたまた別の理由から若干の挙動不審感があるのか。考えてみても謎は深まるばかりである。
「スイリュウ様、準備が整いました」
精霊様たちの所へ持っていく荷物の準備を終え、スイリュウ様に声を掛ける。
「そ、そうか」
そう言ってどことなく落ち着かない様子のスイリュウ様。
やはりおかしい。どうしてしまったんだろうか。
「…スイリュウ様、何か精霊様たちの所へ行くのに気になることでもあるのですか?少し前からずっと様子がおかしいですが…」
「そ、そんなことはない。我は至っていつも通りである」
「左様でございますか…」
全然普通ではないと思うのだが、本人が必死にそう思いこもうとしている様子なので、そっとしておくことにした。
「では参るぞ、ジェシカ」
「はい、スイリュウ様」
いつものようにスイリュウ様に寄り添い、スイリュウ様の魔法で精霊様たちの所へ転移した。
◇ ◇ ◇
スイリュウ様に乗り、精霊様たちの所へ向かう短い道を二人で黙って進んでいく。
緊張しているからか、いつもより木々の風で揺れる音が大きく聞こえた。特に会話もなく、着々と集落へ近づいていく。
告白への返事など、自分がすることになるとは思わなかった。自分は誰にも知られず、ひっそりと生きてひっそりと死んでいくのだと思っていたから。
それが返事に悩んで、答えを決めて、お断りをするなんて事態になるとは昔の私には想像もできなかった。
あの生活を飛び出さなかったら、私はあのままだった。こんな素敵な体験などすることはなかっただろう。人間、やはり行動しなければ人生を変えることなど出来ないのだと、しみじみ思っていたらいつの間にか集落へ着いていた。
スイリュウ様に魔法で下ろしてもらい、地に足をつける。
いよいよ、スイファさんに返事をするときが来たようだ。
「ジェシカ」
「はい」
私が緊張していることに気付いたらしいスイリュウ様は、何故かとても不安そうな顔をしている。
「ジェシカは…いや、なんでもない」
「どうかなさいましたか?」
「いや、気にせんでいい」
スイリュウ様は何かを言いかけ、そのまま口を閉ざしてしまった。
もう一度スイリュウ様に問いかけようとしたら、いつもの歓迎タックルを受けてもみくちゃにされたのでそれどころではなくなってしまった。何を言おうとしていたのだろう。
「…ジェシカ、いっておいで」
「……?はい」
どことなく元気のない、シュンとしたスイリュウ様を置いて私はスイファさんの所へ向かった。
スイファさん宅へ着くと、ソーファさんが一人で家事をしているだけで、あとは誰もいなかった。
今日は歓迎タックルにソーファさんがいないと思っていたら、どうやら家で家事に勤しんでいたらしい。
「こんにちは、ソーファさん」
「あら、こんにちはジェシカちゃん!」
「あの…」
「もしかしてスイファ?」
何故わかったのだろう。もしかしてソーファさんはやっぱりあの冒険小説に出てくる影の暗躍者のような人なのではないだろうか。凄い人である。
「…はい」
「まぁまぁまぁ!スイファならそろそろ…」
ソーファさんが言いかけたとき、ちょうどよくスイファさんが帰ってきた。
なんというタイミング。
「ただいま、姉さん」
どこかに出かけていたらしく、少しの疲労を顔に乗せつつも、どこか艶めかしい表情をしていた。
私は「これがこの集落の女子の心を虜にする男の顔か…」と自分がこの色男に告白されたことなど忘れて感心したようにスイファさんの顔を眺めていた。
「グッドタイミングよ、弟よ!」
「え?」
「ジェシカちゃんがあなたにお話があるみたいよ!」
「ジェシカさん!?こ、こんにちは」
「どうも、こんにちは…」
「ほら、若い二人にはお話があるんでしょ!いってらっしゃい!」
そう言って家から追い出されてしまった私とスイファさんは、苦笑しながら近くの森に歩いて行く。
この前木の実などを採集したその森は、小川が流れる涼やかな気持ちの良い森だ。鳥の声や、葉の擦れる音が気持ちを落ち着かせてくれる。
しばらく黙って歩いていたが、先に口を開いたのはスイファさんだった。
「……今日、僕に会いに来てくれたということは、答えを持ってきてくれたということでしょうか?」
「…はい。沢山悩みましたが、答えを決めたのでそれを伝えにきました」
立ち止まり、スイファさんの目を見つめる。
溺れそうなほど深い蒼い瞳は自信なさげに、だけど情熱的に私の目を見つめている。
ああ、この既視感のあった視線。
最初に感じた場所を思い出した。あれはあの屋敷で、妹の婚約者に会ったときに感じたものだ。
何故今思い出したのかは分からないけど、私はこの視線が苦手らしい。
この目で見られると、とても落ち着かない。スイファさんの視線は、あの屋敷で感じたものとは違うけれど、性質的には同じ気がする。やっぱり苦手だ。
私は、スイリュウ様の優しい、あの視線が好きだから。
やっぱり私が惹かれるのは、スイリュウ様だから。
だから。
ゆっくりと深呼吸をし、静かに口を開いた。
「…ごめんなさい。私はスイファさんとは契約できません」