第27話
何を言われたのか分からず、私はしばらく茫然としていた。
待って、色々待って。え?契約?今スイファさん契約って言った?
契約ということは…婚約!?私は今婚約を持ちかけられているのか!?
頭が上手く回らない。まさかの、まさかの展開である。
「す、スイファさん…それは本気で言っているのでしょうか…?」
「もちろん」
もちろん、ときたものだ。つまり本気で婚約を持ちかけてきているということ?私に?
いやいやいや、そんなまさか。
だって契約なんてしたら、自分の寿命が大幅に減るんだよ?死ぬのが早くなるんだよ?
そう思ってスイファさんの顔を見てみるが、真剣な顔をするばかりで冗談などではないのは確か。これはどうしたものか。
「スイファさん、すみませんが簡単にお答えできるようなことではないのでお時間を頂いても…?」
「ええ、もちろんです。急かしたりはしませんので、答えが出るまでゆっくり考えて下さって大丈夫ですよ」
さっきまでの真剣さはなくなり、ニコニコと笑うスイファさん。いつも通りだ。いつも通り過ぎてどうしたらいいのか分からなくなる。
とりあえず、森を出よう。ここで考えていても仕方がない。洞窟に帰ってゆっくり考えよう。
立ち止まっていた私たちは再び歩み初め、お互いに何も話さぬまま集落を目指した。
◇ ◇ ◇
森から集落へ戻ると、スイリュウ様が私たちを見て不機嫌そうな顔をした。何か気に障るようなことをしてしまったのだろうか。
スイリュウ様の機嫌が悪くなってしまったのでここに留まるのはこの前のこともあったのでまずいと思い、ソーファさんたちに軽く挨拶をして洞窟へ戻った。
洞窟に戻ってもスイリュウ様の機嫌は直らず、何故かぶすっとしているのでどうにか機嫌を戻してもらおうと思ったのだが、何をしても機嫌は戻らない。
鱗を撫でてみたり、話しかけてみたりしたのだがどこか拗ねたような様子である。全く機嫌が直る様子がない。何をしても暖簾に腕押しといった状態だったので私はスイリュウ様をそっとしておくことにした。
部屋に戻り、ソーファさん宅と同じソファに座ってスイファさんに言われたことを反芻する。
何度思い出してみても結果は変わらず契約を持ち掛けられたという結論に至った。何故。
確かにユリアが言っていた。愛し子は精霊に好かれ、求愛されると。だけど契約を持ちかけるのはほんの一部で、まずありえない確率の低さのはず。それが私に持ちかけられている。
ありえない。
何故、私?もしかしたら私は私が思っている以上に魔力が高いのだろうか。それにスイファさんが惹かれて…。
確かに嬉しい。こんな私に好意を持ってくれたスイファさんの気持ちは嬉しい。だけど。
私はもう、すでにスイリュウ様に惹かれてしまっている。スイリュウ様をお慕いしてしまっている。
私の心は、スイリュウ様に捧げられているのだ。
そこまで考えて、私は答えを決めた。
スイファさんには申し訳ないけれど、断りを入れよう。
他の方に気持ちが向いている状態でスイファさんの契約を受け入れるなんて、不誠実な真似は私にはできかねる。
そうと決まれば話は早い。スイリュウ様に次に精霊様たちの所へ行く日を訪ねて、それまで心の中を整理しておこう。
座り心地の良いソファから立ち上がり。扉を開いてスイリュウ様の元へと向かう。
スイリュウ様は寝床で相変わらずご機嫌斜めなまま寛いでいた。
「スイリュウ様!次に精霊様たちの所へはいつ向かわれますか?」
「…ジェシカは早く精霊たちの元へ…スイファの元へ行きたいのか」
何故にスイファさんの話題が?
もしや契約を持ちかけられたことをスイリュウ様は知っているのだろうか!?
「え!?そそそそんなことはないです!」
確かに早くお断りをした方がいいだろうとは思っているが、別に一刻も早く返事に行きたいわけではない。むしろ少し時間を貰えるとありがたいくらいだ。
スイリュウ様の機嫌はどんどん下降の一途をたどる。
「やはり…早くスイファに会いたいのか?」
「いえ、そんなことはないのですが…」
「だが、お前は我に次に精霊たちの元へ行くのはいつだと聞いた。早く行きたいから…会いたい者がおるからではないのか?」
スイリュウ様はどうしてしまったのだろうか。
こんなことを聞いてきたことはなかったのに。やはり、私が気付かなかっただけで何か気に障るようなことをしてしまっていたのだろうか。
スイリュウ様の顔色を伺いながら、恐る恐る聞いてみる。
「スイリュウ様…どうなさったのですか?なんだか今日のスイリュウ様はいつもと違うような気がして…私、何か気に障るようなことをしましたか?」
「……いや、すまぬなジェシカ。なんでもない。…明後日には精霊たちの所へ連れていこう。それまでゆっくりお休みよ」
「は、はい…」
分からない。
いつも通りのスイリュウ様に戻りはしたが、やはりどこか様子がおかしい気がする。
スイリュウ様は何を考えて、何を思っているのだろうか。
知りたい。だけど庇護されているだけの私には、それをスイリュウ様に伝えることなどできない。契約もしていない、ただ保護されているだけの私。そんな私の思いをスイリュウ様に伝えても、きっと迷惑なだけだ。
それ以上は何も言えぬまま、私は部屋へと静かに戻った。