第24話
ユリアとラージュとの出会いから、数日が経った。
一度精霊様たちの所へ行きたいとスイリュウ様に言ってみたのだが、スイリュウ様はそれが気に入らないみたいで不機嫌になってしまったので行くのはやめて魔法の練習をしている。
私は水魔法が得意なようで、水魔法であればだいぶ魔法というものを使いこなせるようになってきた。
だけど目下練習中なのは、風魔法だ。今はスイリュウ様に風魔法を使って背に乗せられ、背から降ろされている状態が続いている。それを自分でできるように、スイリュウ様には内緒で練習中なのだ。
一度風魔法の活用法をスイリュウ様に話すと、自分がやるからそんなものは覚えなくていいと言われてしまったので秘密の特訓をしているのだ。
スイリュウ様が出かけたときしか練習できないのでなかなか上達しないが、いつまでもスイリュウ様の手を煩わせるわけにはいかないから早く習得しなければ。
スイリュウ様は最近、不機嫌なときが多い。特に私が水の精霊様たちに会いたがると顕著だ。多分私が一度水の精霊の集落で体調を崩したせいだろう。
私が体調を崩したあの一件以来、スイリュウ様の過保護化が進んでいる気がする。嬉しいけれど、あれは私が自分でも驚くほど動揺したせいでああなってしまっただけで、もう体調を崩したりはしないと思うのだけれど。
というのも、スイリュウ様にソーファさんとの関係を聞いてみて安心したからだ。どうやら仲がいいのは確からしいが、「ソーファとの間には恋情も愛情もありはせん」と断言していた。
すごく真面目な顔でそう言われて驚いたが、この言葉に私の心が安心したのは間違いなかった。
それから更に数日が経った日、スイリュウ様がやっと水の精霊様たちの所へ連れていってくれることになった。
スイリュウ様の魔法で転移して、いつもの場所から集落へと向かう。まだ風魔法を使いこなせていない私は、スイリュウ様の魔法によって今日も背に乗せられている。
「スイリュウ様、やっぱり私スイリュウ様に自分で乗れるようになりたいです」
「そんな必要はないと言ったであろう。我が乗せてやる。それの何が不満なのだ?」
「不満なのではなくて…スイリュウ様の手をこれ以上煩わせたくないのです」
「我はそんな風になど思っておらん。気にすることはない」
「私が気にしてしまうのです!」
「ふむ…一度言い出したら聞かぬ子だな。仕方がない、そうしたらよい」
「よいのですか!?」
「我のおらぬ所で一人で魔法を使って怪我をされたら困るからの」
なんと、秘密の特訓はとっくにばれていたらしい。お恥ずかしい。
でも許可は得た。これで堂々とスイリュウ様に魔法を教えてもらえる!
「では、是非教えてくださいね!」
「勿論だ。我はジェシカが怪我をするのを見たくはない」
優しい声でそんなことを言われると、顔が熱くなってしまう。
ああ、また好きになっていく。スイリュウ様にいつか、私は溺れてしまうのではないだろうか。
「…スイリュウ様」
「なんだ、ジェシカ」
「スイリュウ様は契約などは、してはいらっしゃらないのですか?」
「急に何を…そういえば他の愛し子と会っていたときにそんな話をしていたな」
スイリュウ様は基本的に私の近くにいるので、あのときもソーファさんの家の外にいた。
スイリュウ様は耳が良いから会話の内容も聞こえたのだろう。
「契約などしておらぬよ。しておったらジェシカではない愛し子と一緒に我は暮らしておったであろうよ」
「…確かに、そうですよね」
よく考えたら確かにそうだ。何故そんなことにも気付かなかったのか。これが恋は盲目というやつか。
「ジェシカ。ジェシカは我と離れるのが…嫌なのか?」
「い、嫌です!ずっとスイリュウ様と暮らしていたいです!」
「そうかそうか」
思わずぽろりと本音が零れてしまったが、それを聞いたスイリュウ様はとても上機嫌になった。
少しは私を、気に入ってくれていると思ってもいいのだろうか。
あくまでスイリュウ様からしてみれば私などただの庇護対象でしかないとは思うが、暮らしていて少しは情が湧いて、私といることを疎ましくは思っていないと思いたい。
スイリュウ様が何を考えているかは分からないが、それでも心配したりしてくれるのだ、きっと少しは好かれていると思いたい。例えそれが、私とは違う好きであっても。
集落へ着くと、いつもの歓迎タックルと抱き着き大会が始まった。久しぶりに会うからか、前よりなんだか激しい気がする。
その日は特に予定はなかったので、精霊様たちと森の木の実を集めることになった。スイリュウ様がついて来ようとしたのだが、スイリュウ様が一緒に来ると大量の木々がなぎ倒されるという悲劇が起きそうだったので、集落で待っていてもらうことになった。
物凄く不満そうだったが、しばらくスイリュウ様に抱き着いていたら少し機嫌が戻ったので多分大丈夫だろう。森へ入る前に私にはよく分からない魔法を沢山スイリュウ様にかけられた。なんでも怪我をしないようにとのことらしい。
私はスイリュウ様に見送られ、ソーファさんと共に森へ入って行った。
森へ入るとソーファさんは何やら用事を思い出したらしく、近くにいたらしいスイファさんを引っ張ってきて彼に私を託して集落の方へ戻っていってしまった。
何とも言えない空気が私とスイファさんの元に流れている。そんな空気を破るように、スイファさんが小さく笑った。
「すみません、姉さん思い立ったらもう止まらない人だから」
「ふふ、そうですね」
「木の実、探しましょうか」
「はい」
私たちは森の奥へ木の実を探しながら進んでいった。
スイファさんはとても丁寧に食べられる木の実や野草などを教えてくれて、私はいつの間にか探すのに夢中になっていた。いつぞやに食べた料理に入っていたものや、まだ見たことがなかった木の実や野草を回収するのはとても楽しかった。
気付かないうちにかなり森の奥深くへ進んでいたらしく、スイファさんに止められた。
「ジェシカさん、これ以上奥へは行かない方がいい。危険な獣などがいるからね」
「あ、すみません!夢中になってしまって…」
「楽しそうに集めてたもんね」
「はい!凄く楽しいです、この作業。ぜひ次も参加させていただきたいです」
「それは助かる。次もお願いしますね」
「喜んで」
これ以上進んだら危険だし、いつの間にか籠が木の実や野草で一杯になっていたので私たちは集落へ戻ることにした。
葉を踏みしめたときに鳴る音が森に響く。どこかで水が流れているのが、水のせせらぎも聞こえる。だけどそれでもあまりに静かで、私たち二人しかいないような錯覚に陥った。
しばらく歩いていると、籠を持っている手が、急に軽くなった。驚いて持っていた手を見ると、籠がない。持っていた籠は、スイファさんが手に持っていた。
「持つよ」
「大丈夫ですよ」
「いや、持たせて。女性に重いものを持たせるわけにはいかないから」
「ですが…」
「お願い」
そう言われてしまえば、断ることなどできない。小さく頷いて、彼に籠を託した。
歩きながらスイファさんの方を見ると、私の持っていた籠を腕にかけている。籠は蔦で出来た鞄のような形をしていて、利便性を考えてか持ち手のような部分がある。そこを、腕に二つぶら下げていた。
「歩きづらくはないですか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
「すみません、持っていただいてしまって」
「僕が持ちたかっただけですから」
なんて優しい人なのだろう。私に気を遣わせまいとそういう言い回しをしてくれているのだろう。
「ふふ、流石水の集落一のモテる男、スイファさん。紳士ですね」
「そんなことないですよ」
「いえいえ、私もスイファさんのそういう所、とても素敵だと思いますよ」
そう言うと、隣を歩いていた足音が消えた。
何事かと振り返ると、顔を真っ赤にしたスイファさんが立ち止まっていた。
「…僕は、あなたから見て素敵だと、言えるでしょうか」
「え?はい、素敵だと思いますよ?」
集落の娘たちに大人気なスイファさんは、私から見ても綺麗で素敵な人だと思う。
そう思って正直な気持ちを伝えてみたのだが、スイファさんの顔は赤みを増すばかり。
どうしたというのだろう。素敵だなんて、言われ慣れていると思うのだけれど。
「どうかしましたか?」
「…ジェシカさん」
「はい、なんでしょうか」
一度俯いて再度顔を上げたスイファさんは、いつかと同じ、既視感のある眼差しを私へと向けた。
「僕と、契約しませんか?」