第23話
私が固まっていると、ラージュが顔を近づけ目の前で手を振っている。
いやしかし、それに反応することが驚きすぎてできない。夫婦?今夫婦って言った?
つまり二人は契約していて、それはつまり結婚しているということで…。
「おーい。ジェシカー固まってるぞー」
「彼女はあまり契約のことを知らないんじゃないかしら」
「なるほど、驚き過ぎて思考停止したのか」
け、契約のことは知っている。スイリュウ様が教えてくれたから。スイリュウ様は”契約とは命と力を共にする契りを交わすこと”と言っていた。
契約は生半可な気持ちで出来るものではない。つまり、寿命を分け与えてでも一緒にいたいと思える存在でなければ契約をしようなどとは思わない訳で。余程情熱的な想いで相手を想わなければ契約しようとは思わない訳で。
「二人は互いが好き、で契約を…?」
「お、動いた。勿論そうだぞー」
「私は最初、違う精霊に惹かれていたんだけど、彼の猛アタックに負けて、彼と契約を結んだのよ」
「俺はユリアに一目惚れだったからな。誰にも渡すまいと思って、ユリアが他の精霊に惹かれてるのに気付いてたけどそいつに負けないように想いを伝えたんだ」
「そ、それで二人はいつしか両想いに…?」
「恥ずかしいけれど、そういうこと」
「ユリアが俺を好きになってくれたって分かった時、本当に嬉しかったよ」
二人は私の目の前で惚気始めた。私は何を見せられているのだろうか。
いや、今はそれどころではない。もっと大事な、聞きたいことがある。
「契約とは、婚姻のようなものなのですか…?」
「そうよ。簡単に言えば、人間と人間以外の婚姻の形が契約って感じね。まあ人間の婚姻なんかとは自分の命を懸ける訳だから重さが違うけれど」
「まあ、自分の寿命を分けてもいいと思える相手に婚姻を持ち掛けて、相手、つまりは愛し子側がそれに了承すれば契約完了って感じだな」
やはり契約は、婚姻なのか。
スイリュウ様は竜族は契約時にのみ相手に名前を教えると言っていた。スイリュウ様が名前を教えては下さらなかったのはこういった意味合いもあったのか。教えてはもらえぬはずだ。
無知って怖い。何も知らずに名前を教えてもらおうとした私を叩いてあげたい。恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
両手を顔に当てて天を仰いでいたら、二人に訝しげな顔で見られた。確かにどう考えても怪しい行動をしている。突然天を仰ぐ女など怖すぎる。
恥ずかしくなって正面を向き、小さく息を吐いてから契約のことについてもう少し聞いてみた。
「契約すると、何か変わったりしますか?」
「そうねぇ…契約すると、なんて言えばいいのかしら…こう、契約した相手と魂で繋がったような感覚になるわ」
「離れていても、互いの存在を感じるようになるって言えばいいのかな…難しいな」
「まあ、ジェシカもそのうち契約してみれば分かるわよ」
「わ、私が契約!?」
突然ユリアは何を言い出すのだろうか。
私なんて、契約してもらえるような人間ではないのに。
「あら、愛し子は強い魔力を持っているから、同じ系統の魔力を持つ精霊に求愛されると思うわよ。契約までするのは確かに稀だけれど、好意を伝えてくる精霊は沢山いると思うわ。私なんて小さいころから求愛されてたもの」
「愛し子は一番強い属性の魔力、ユリアなら火。あんたなら水だな。その強い魔力と同じ属性を持つ精霊に引き取られるんだ。だからその集落の精霊に大人気なんだよ」
「契約まではいかなくても、精霊式の婚姻のようなものを結んで精霊と一緒に暮らしている愛し子も多いって聞くわ」
「そうなのですか…」
愛し子って、本当に愛されるんだ。でも確かにソーファさんたちの私への好意を真っ直ぐ伝えてくれる所を思い出すと、納得してしまう。
自分が愛されるというのは、やっぱりなんだか少しおかしく思えるけれど、それが現実なのか。
「あなたも私と同じで愛し子の中でもかなり魔力が強いから、多分契約を持ち掛けてくる精霊も出てくるんじゃないかしら」
「そそそ、そうでしょうか」
「間違いないわ。あなたの瞳、とても濃い蒼をしているもの。ここの水の精霊たちにも大人気なんじゃないかしら?」
私のような人間が、大人気?私が?
「あ、ありえないです!」
「育った環境が環境だからしょうがないけど、あんまり卑屈すぎるのもよくないと思うわよ」
「すみません…」
「責めてるんじゃないの。もっと、自信を持って」
ユリアが優しい目をして、手を握ってくれた。
私は確かに自分に自信がない。これからもっと、自信を持てるようになっていけるだろうか。
「大丈夫よ。あなたは忌み子じゃない、愛し子なんだから。もっと自信を持っていいの。自分は愛されているって、思っていいのよ」
「そうだぞ、俺なんかあんたに会うのにユリアがいるってのに、ちょっとここの精霊たちに睨まれたからな。あんたはあんたが思う以上に、皆に大切に思われてるよ」
どうして皆、こんなに優しいのだろうか。
こんな私に、優しくしてくれるのだろうか。
ユリアの手を、ぎゅっと握り返した。
「ありがとう、ございます…」
「お礼を言われるようなことは何も言ってないわよ」
「そうそう、当たり前の事実をあんたに改めて教えただけ」
そう言って二人は似た笑顔で笑いかけてくれた。
私は泣き笑いのような笑顔を二人に返した。
その後も二人と楽しい会話を沢山した。彼女たちの集落の話や他の集落の話、他の愛し子がどんな風に愛されているかなど、彼女たちは色々なことを教えてくれた。
知らないことばかりで、二人の話を聞くのはとても楽しかった。特に興味を引いたのは、やっぱり他の愛し子の話。どこの集落でも、愛し子は大人気らしい。人間に条約を持ちかけてでも愛し子を欲しがるのだから、当たり前と言えば当たり前なのだけれど。それを改めて二人の話は感じさせてくれた。
二人と話している間、ソーファさんはニコニコと部屋の隅の方で聞いているだけで、話に混ざっては来なかった。一緒に混ざらないかと言ってみたのだが、何故か笑顔で断られてしまったので結局二人が帰るまで、三人で話した。
いつの間にか空が夕暮れになっており、二人は自分の集落に戻ると帰っていった。
また会おう、と言ってもらえたのがとても嬉しかった。次いつ会えるかは分からないが、非常に楽しみだ。
二人が帰った後はソーファさんにお礼を言い、私もスイリュウ様と共に洞窟へと帰った。何故かずっと機嫌が良かったソーファさんが気掛かりだが、他の愛し子に会わせたがっていたし、目標を達成して満足していたのかもしれない。
スイリュウ様に「おやすみなさい」と告げて私は柔らかいベッドに寝そべった。
今日は私の中の色々な常識が覆された、大きな意味を持つ出会いがあった。愛し子が精霊様たちにとってどういう存在であるかというのを、なんとなく分かっていたつもりだったのを確信に変えた日。
この出会いに、この出会いを齎してくれたソーファさんに感謝を。
いっぱいいっぱいな私は、この日契約のことは忘れていつの間にか眠っていた。