第22話
いよいよ自分以外の『愛し子』と初対面となる日がやってきた。そわそわしてしまうのは、仕方がないと思う。どうしても、落ち着いていられないのだ。
あまりに落ち着きがなかったのか、スイリュウ様が呆れたような声で話しかけてきた。
「これ、ジェシカ。少しは落ち着かぬか」
「スイリュウ様…分かってはいるのですが、どうにも落ち着かなくて…」
「では行くのをやめるか?」
「いえ、そんな!」
そんな約束を反故にするようなことはできない。
私が慌てると、スイリュウ様は小さく笑った。
「分かっておるわ。約束は約束よ、ちゃんと連れて行ってやる」
「は、はい…」
スイリュウ様も人が悪い。いや、人じゃないからドラゴンが悪いとでも言えばいいのか?
「…さて、そろそろ約束の時間となる。行くとしようか、ジェシカ」
「はい!」
私たちは約束の為に、精霊様の集落へと向かった。
魔法でいつもの場所に転移し、そこから集落へ向かう間、ずっと心臓がバクバクとうるさく鳴っていた。
私は他の忌み子がどんな生活を送ってきたかが分からない。
スイリュウ様の話を聞いても、私のような子は特殊なようだった。皆に愛されて育った忌み子とは、どういう風に育って、どういう人間になっているのだろうか。
最近は精霊様の集落へ向かう間、私を自分の背に乗せることを気に入っているらしいスイリュウ様の背をじっと見つめて考えていた。
「…ジェシカ。大丈夫、そんなに心配することはない。愛し子は皆、いい子だよ」
「そうなのですね…」
スイリュウ様がそう言うのならば、そうなのだろう。
少なくとも、きっと私の両親や妹とは違う種類の人間なのだろう。
うるさい心音を落ち着かせるために、私はスイリュウ様の背に体を預けた。
スイリュウ様に触れていると、幸せな気分になる。これは私の気持ちが、大いに関係している。
私は間違いなく、スイリュウ様に惹かれている。
最初は初めて優しくしてくれた方だからだと思った。でも、一緒に過ごしていたら、それだけじゃないことに気付いた。確かに最初は私の中の魔力が、スイリュウ様を求めていた。でも今は、違う。
いつも私に優しさをくれる所。大袈裟なくらい心配性な所。素直な気持ちを伝えると、少し機嫌を損ねてしまう所。だけど本気で機嫌を損ねる訳じゃなくて、ちょっとした照れ隠しである所。少しお茶目な所。
魔力だけではなく、今はスイリュウ様自身に強く惹かれている。
こうして傍にいられることが、とても幸せで。
辞書でなぞるだけだった『幸福』の文字の意味を教えてくれた、愛しい方。
私の不安を、いつも心から追い出してくれる優しい方。
集落へ向かう束の間、私はこの幸福に寄り添って、不安も忘れて幸せに溺れていた。
集落へ着くと、ソーファさんの歓迎タックルを受けた。前回はなくて少し寂しかったので、ちょっと嬉しかった。前まで怯えていた精霊様たちも、いつもの調子を取り戻していた。
ソーファさんに案内されて向かったのは、ソーファさんの家だった。彼女の家に入ると、見たことのない金髪の女性と、赤い髪の男性がソファに座っていた。
「お待たせ、ユリア!ジェシカちゃんを連れてきたわ」
二人の男女の目の前の席に連れていかれると、二人の男女はソファから立ち上がり、こちらを見た。
「初めまして、ジェシカさん。私はユリア。私はあなたと同じ、愛し子よ」
ユリアと名乗ったその女性は、金色の髪にルビーの瞳を持った、少し吊り目の気の強そうな女性だった。
ユリアさんが名乗り終えると、隣の男性が口を開いた。
「初めまして、ジェシカさん。俺はラージュ。ソーファたちと同じ精霊だ。同じって言っても俺は火の精霊だけど」
ラージュと名乗った男性は、燃えるような赤い髪にルビーの瞳を持った、精悍な顔立ちの男性だった。
自分以外の愛し子としか会わないと思っていた私は、ラージュさんの存在に戸惑いつつも、同じように自己紹介をした。
「初めまして。ジェシカと申します。今日はよろしくお願いします、ユリアさん、ラージュさん」
「さんなんてつけなくていいわ、鳥肌が立つ!私のことはユリアと呼んで。私もあなたをジェシカと呼ぶわ」
「は、はい、頑張ります」
「頑張ることじゃないと思うけど。お堅いお嬢さんだねー。ちなみに俺のこともラージュでいいよ」
「す、すみません。分かりました…」
「ちょっと、怯えさせてどうすんのよ!」
「そんなつもりなかったんだけど、あれー?」
付き合いが長いのか、二人はとても似た雰囲気を纏っていた。
それよりさん付けはやめてほしいと言われてしまった。性格上気を付けないとさん付けで呼んでしまいそうだ、注意しよう。
「皆、立ち話もなんだし座ったら?」
ソーファさんにそう言われ、そういえば立ったままだったのを思い出し、皆でソファに座った。
ソーファさんはキッチンの方へ行ってしまい、三人でリビングに取り残されてしまう。
沈黙が部屋を支配する。どうする、こういう時どうしたらいい。緊張したまま固まっていると、ユリアさん…もとい、ユリアが話しかけてきてくれた。
「ジェシカは、自分以外の愛し子に会うのは初めてなんだっけ?」
「は、はい。私は少し前までずっと家族の住まう屋敷におりましたので…」
「ありえない!条約違反だわ。あなたの両親は何を考えていた訳?」
「それが…きちんとした条約の内容というのは、フィーデン王国では上層部しか知らず、偽った内容を国民に伝えていたようで、法律違反にはなっても条約違反になるとは両親は思ってはいなかったようで」
「ますますありえない!なんでそんなことになっているのかしら」
「それは私にも分かりません」
「フィーデン王国の上層部には何か思惑がありそうね。今回あなたが保護されたことでその辺の理由は明らかになるでしょうけど、嫌な感じね。でもあなたが保護されて良かったわ。こちら側では愛し子でも、人間側では忌み子。聞いた話では辛い思いをしてきたのでしょう?こちら側で、幸せになってね」
フィーデン王国に対して怒っていたユリアは、私の境遇を憂いて本気でそう思って言ってくれているようだ。嬉しくて、少し泣きそうになる。
「俺としても許せない。あんたの両親は、あんたから幸せになる権利を自分達のエゴの為に奪い続けてきたんだ。あんたは奪われ続けていた分、幸せにならなくちゃ」
あの屋敷にいたときは、幸せになんてなれないと思っていたのに。
スイリュウ様が連れてきてくれたこの場所は、皆が幸せになっていいんだと言ってくれる。
「幸せに…」
「そうだよ、俺たちみたいにな」
「そうね!」
「俺たちみたいに?」
嬉しそうに肩を組む二人。そういえば、この二人の関係を聞いていなかった。
「失礼ですが、お二人はどういったご関係で…?」
「ん?俺らか?俺らは契約を結んだ、いわば夫婦だよ」
「もう契約して70年くらいになるわ」
「ふ、うふ…?」
私は「目が点になる」という言葉を、身を以てこの日体験したのだった。