第19話
スイファさん宅に着くと、中から出てきたソーファさんに凄い勢いで抱き着かれた。
いつも思うのだが、勢いがあり過ぎていつか後ろに張り倒されるのではないかと思ってしまう。
「ジェシカちゃん!よく来てくれたわ!さあ準備はできているから早速食べましょう!」
一息つく間もなく、追い立てられるように昼食に誘われた。やっぱり今日はソーファさん宅でお昼のようだ。
「スイリュウ様、ではお昼をいただいてきます」
「うむ、食べてくるがよい」
大きくて家の中に入れないスイリュウ様は、今日もソーファさん宅の外で待機だ。
一緒に食べられたら嬉しいけど、そこまで我儘は言えないのでこの言葉は心の内に仕舞う。
スイファさんとソーファさんに連れられ、家の中に入ると出来立ての昼食の匂いがした。
食欲が刺激され、お腹が鳴りそうなのを堪えながら席に着く。上質な素材でできているであろうソファは、最近私の元に届けられたソファと同じ品のようだ。ソファを覆うクリーム色の滑らかな革は、防水性もバッチリであることを私は知っている。つい最近水を零した時に、水滴を弾いていて驚いたからだ。私が貰っても良かったのだろうかと悩んでいたのでよく覚えている。
誰が何を贈ってくれたかはスイリュウ様は特に言わないので分からないのだが、恐らくこのソファに関してはソーファさんで間違いないと思う。
ソファと一緒に「ジェシカちゃん、私だと思って大切に使ってね!」という紙があったから。こんなことを言うのはソーファさんくらいであると、短い付き合いだけど断言できる。それくらいソーファさんの普段の言動が色々と凄いのだ。
しかしソーファさんたちの家のソファとお揃いだったのか。高そうな家具が沢山あるソーファさんの家にあるこのソファ。やっぱりこれ、間違いなく高級品だよね。大事に大事に、汚さないように使おうと改めて決意した。
机の上を見てみると、どうやら今日の献立は簡単なサラダとパンやフルーツ、野菜や魚を煮込んだクリームスープのようだった。
瑞々しい野菜に特製ソースがかけられており、少しの酸味が鼻に届く。クリームスープからは控えめな甘さを感じさせる匂いが漂い、喉がごくりと鳴った。
「わぁ…美味しそうですね」
「ジェシカちゃんが来るって決まったから腕によりをかけて作ったのよ」
ラーファさんが嬉しそうな顔をしてそう言った。
そんな風に言ってもらえることが嬉しくて、照れている顔を見られないように俯いた。
「さあ、食べましょう」
皆で食材に感謝し、料理を食べた。
サラダの野菜は瑞々しく、噛めばシャキシャキと音を立てた。酸味の効いたドレッシングは野菜との相性が抜群で、どんどん口に運びたくなってしまう。
クリームスープをひと掬いし、口に含めば牛乳と野菜の甘みが口いっぱいに広がった。香辛料のスパイスと野菜の甘みの調和が美味しさを増し、クリームスープの味が染み込んだ新鮮な魚は蕩けそうなほど柔らかかった。
あまりに美味しくて食べることに夢中になってたのだが、視線を感じて顔を上げれば皆が私を見ていた。美味しくなさそうな顔をして食べていたのだろうかと内心焦っていると、スイファさんが何故かニコニコして私に話しかけてきた。
「美味しいですか?」
「…はい、とても。いつも精霊の皆さんには美味しい料理や食材を分けていただいていて、感謝しています」
「気にしなくていいんですよ。私たちが好きでやっていることですから」
「でも…」
「それに、こうして美味しそうに食べる貴女の姿が見れれば、私たちはとても嬉しいんです」
予想外のことを言われて驚いたが、精霊が『愛し子』を特に好きだという性質を思い出して納得する。
見られながら食事をするのは慣れないけれど、私が食べているのを見て満足するようなので食べるのを継続することにした。
しばらく皆で黙って食事をしていると、スイファさんが口を開いた。
「ジェシカさんは、とても綺麗な魔力をしていますね」
「そう、でしょうか?」
「はい。今まで見たことがないくらい、綺麗な水の魔力を持っています」
少しうっとりとした顔で言うスイファさんの様子に、集落に着いてから熱い視線を送られていたのを思い出した。やはり『愛し子』の魔力というのは、精霊にとってはとても魅力的なもののようだ。
「あ、ありがとうございます…」
「聞いているとは思いますが、僕ら精霊は『愛し子』の魔力にとても惹かれます。僕は『愛し子』に会うのは初めてではないのですが…ジェシカさんの魔力は僕が出会った中で一番美しい魔力をしていると思います」
「光栄で、す…?」
なんて返事をしてよいのか分からず、とりあえず口から出てきた言葉をそのまま伝えた。
褒められ慣れていないので、こういう時にどう返事をしたらいいのか分からない。褒められ慣れている妹なら、こういう時にどういう返事をしていたのだろうか。聞いておけばよかったな。
今のスイファさんの言葉の中から、スイファさんが他の『愛し子』に会ったことがあることに気付いた。
本来は『愛し子』は精霊に引き渡されているはずなので、自分以外の『愛し子』に出会っていたとしても当たり前と言えば当たり前。何故今まで気付かなかったのか。
まだ会ったことがなかったというのと、本来は精霊に『愛し子』が引き渡されていたということを忘れていたので完全に失念していた。私もいつか他の『愛し子』に出会えるだろうか。
そんなことを考えていると、ソーファさんが何かを思いついたといった感じで突然口を開いた。
「ジェシカちゃんはまだ他の『愛し子』に会ったことないわよね?この後会いに行きましょう!」
思いつきで話す所があるソーファさんがそう私に向かって言った。
まさかまさかの発言に、私は驚いてスプーンをスープの中に落としてしまっていた。