第1話
私の名前はジェシカ・オールストン。双子の姉として生まれ、『忌み子』と呼ばれる存在だ。
本来私は神殿に献上されるはずだった。だけど両親はそうしなかった。
両親はどちらも昔身体が弱かったらしい。だからもしかしたら子供もその血を引いていて命を落とすかもしれないと恐れたのだ。そして私は存在を隠されたまま妹のスペアとして育てられた。
周りには隠しているが双子の妹として生まれたアリスは『神の子』。両親は妹のアリスを溺愛していた。
『悪魔の使いと神様の使い』は有名なお伽噺だ。この国の民なら誰でも知っている。お伽噺ではあるがこの王国で本当にあったことではないかという人もいる。それぐらい馴染みがあり、愛されているお話。
だからこの王国の民たちは双子が生まれると上の子を神殿へ献上し、下の子を愛する。
上の子を献上するのは法律で定められている。献上された子がどうなるのかは分からないが、多分死んでいるのではないかと私は思っている。家庭教師に聞いたことがあったが余計なことは知る必要はないと教えてはくれなかった。
下の子はお伽噺にならって『神の子』と呼ばれる。双子はとても美しい容姿を持って生まれてくることが多いらしい。そして皆聡明だという。その美しさが、聡明さがお伽噺の新王を思わせるのか、皆そう呼ぶそうだ。下の子は皆に愛され、大切にされる。そして『神の子』は非常に好ましい存在らしく、爵位に関係なく幼いうちから縁談が多く持ち掛けられるそうだ。
双子であることは隠されているばずなのだが、例に漏れず私の妹であるアリス・オールストンもそうだった。単純にアリスが美しく聡明な子であったからかもしれない。政略的な意味合いが強かっただけかもしれない。明確な理由は分からないが、アリスには10歳のときに婚約者が出来た。
相手はこの王国の第三王子であるオスカー・フィーデン。
眩い金髪にロイヤルブルーの瞳を持つ美しい少年だとアリスが教えてくれた。15歳になった現在も彼の美しさが損なわれることはなく、益々素敵な人になったとアリスは言っていた。そしてオスカー・フィーデンとは昔から相思相愛であるとアリスはよく話していた。
昨日アリスが私の部屋を訪れたときの話によると、今日はその婚約者であるオスカー・フィーデンが屋敷に来てくれるそうで白い頬を薔薇色に染めて嬉しそうに話していた。
スペアとしての役目を果たすことはないだろうと思っていた私には関係のないことだと聞き流していたが、今は少し後悔している。
何故ならそのオスカー・フィーデンが何故か私の目の前にいるのだから。
体を硬直させていると彼はゆっくりと口を開いた。
「アリス…?」
「…」
何故だ、何故こうなった。
私はいつも通りトイレに行く為に化粧室へ向かおうとしただけなのに。私を先導していた使用人のメイドは顔を真っ青にしている。きっと鉢合わせないように気を付けていたのだろう。
私の存在がバレるのはまずい。『忌み子』が生きているなんて知れたら罰せられてしまう。
妹のフリをしなければ。
アリスはいつもオスカー・フィーデンを何と呼んでいた?
必死に昨日の記憶を手繰り寄せ思い出す。失敗は許されない。
「何でしょうか、オスカー様」
「なかなか君が来ないから許可を得て君の部屋に向かおうと思っていたんだ。どうしたの?何かあった?」
柔らかく微笑む彼は妹の言っていた通り、とても美しい人だった。あと、彼と話していると何故だか分からないけど不思議な感覚を覚える。
今まで感じたことのない感覚に疑問を覚えるけれど、しかし今はそれどころではない。なんて答えるのが正解なのか。アリスが遅れるとしたらその理由は?
背中に汗を一筋流しながら慎重に口を開く。
「服を選んでいたら遅くなってしまって…申し訳ありません」
「そうだったのか。…だからかい?随分いつもと違う雰囲気のドレスを着ているんだね」
しまった!焦り過ぎて頭が回らなかった。
私が今着ているのはアリスがいつも着ているのとは違う、非常に簡素な地味なドレス。第三王子に会うために選んでいたのならばこのセレクトはない。アリスはもっと派手で鮮やかな色のドレスを好む。まずい、これはまずい。
答えに窮している間も時間は刻一刻と進んでいく。考えなくては…どうすればいい。
「…君はそういうドレスも着るんだね。今日は趣向を変えようと思って時間がかかったのかい?君はどんなドレスを着ても似合うね。今日も綺麗だよ、アリス」
愛おしそうに微笑む彼の顔に思わず顔が赤くなる。私は誰にもそんな風に言ってもらったことはないから免疫がないのだ。妹に言っているのだと分かっていても頬が熱くなる。
「ありがとう…ございます」
「今日はなんだか照れ屋だね」
「す、すみません…」
「いいんだよ。新しいアリスの一面が見られて僕は嬉しい。さあ、約束の薔薇を見に庭へ案内してくれ。素敵な薔薇があるのだろう?」
これはまずい。もうどうしようもないくらいまずい。
このままでは中庭に連れ出されてしまう!
この手は使いたくなかったが仕方がない。もう奥の手を使うしかない。
「あの…オスカー様」
「何?」
「えっとその…お花を、摘みにゆきたいのです」
「…それはごめんね、気が付かなかったよ。じゃあ僕は広間に戻っているね」
「はい、申し訳ありません…」
「僕が気が利かないのが悪いんだ。気にしないで」
恥ずかしくて顔から火が出そうだった。初めて出会った殿方にこんなことを言うことになろうとは。
だがこれで中庭へ行くのは阻止できた。あとはドレスのことをメイドを通して妹に伝えて大急ぎで着替えてもらわなければ。流石に化粧室に行って戻ってきたらドレスが変わっているのはおかしい。
ずっと忘れていたはずの色々な感情が甦ってくる。日常に変化が、それもとてつもない出来事が起こると人は感情豊かになれるのかもしれない。
「では失礼します…」
「ああ…アリス」
「はい?」
立ち去ろうとしたら呼び止められたので、思わず彼の方を振り返る。
「君は…とても綺麗だ」
私を見つめる瞳に何かが灯り、揺らめいている。私はその灯る何かを知らない。
それは少し、怖い気がした。
「早く戻ってきてね」
「は、い…」
さっきとは違う、艶のある色気を含んだ笑み。私はさっと目を逸らした。
アリスはいつもこんな風に笑みを向けられているのだろうか。婚約者とは、こういうものなのだろうか。
私は自分に婚約者がいないことに安堵した。
こんな笑みを向けられるのは耐えられない。きっと欲深くなってしまう。
私はあくまで妹のスペアであり、こんな笑みを向けられていい存在ではないのだから。皆に恐れられ嫌われる『忌み子』なのだから。
素早く彼の元から立ち去った。これ以上一緒にいてはいけない気がする。
私にも、彼にもきっとよくないことだ。
青ざめたままのメイドに視線を投げかける。メイドはハッとして自分の仕事を思い出し私を先導した。
後ろから彼の視線を感じ、冷や汗が出る。
嫌な予感を頭から振り切れぬまま私は化粧室に急いだ。
だからその時、私は気付かなかったのだ。
妹が私と彼を見ていたことに。
怒りに震え、私を鋭く睨んでいたことに。
婚約の時期など、一部変更しています。