第18話
スイファさんと思われる人物は、何故か私をじっと見つめたまま動かない。熱い視線をひたすら私に送ってきている。
私に何かおかしな所でもあるのだろうか。あまりに私を凝視してくるので変な汗が出てきた。
でもなんだろう、この視線に既視感がある。
一体どこで…。
その覚えのある視線をどこで感じたのかを考えていると、目を合わせたまま動かない私たちを見兼ねてか、スイリュウ様が少し呆れ気味に言った。
「スイファ、いつまでジェシカを見ているつもりだ」
「あ、すみません!」
私を凝視していたことに気付いたらしいスイファさん(確定)が私に謝ってくれた。
「いえ、こちらこそすみません。…あの、私おかしな所でもあったでしょうか?」
「え!?」
「何やらじっと私を見ておいででしたので…。変な恰好か、髪型か、顔でもしていましたか?」
「いや!そんなことはないです!ただ、あまりに綺麗な魔力だったので思わず見てしまっていました。…不躾でしたね、申し訳ない」
「お気になさらず」
そういう事か!
スイリュウ様が精霊たちは特に『愛し子』の魔力に惹かれると言っていた。それに加えて私は水の魔力が色濃いから、水の精霊たちには極上の魔力に感じるらしい(ソーファさん談)。
私の魔力を見ていたのね。良かった、あんまり見てくるから変な顔でもしていたのかと思った。
多分私のことは知っているとは思うが、自己紹介をすることにした。
「初めまして。私はジェシカと申します。スイリュウ様と共に暮らしております。いつも色々と助けていただきまして、ありがとうございます」
この集落に来てから何回したか分からない挨拶だ。
水の精霊たちには大変お世話になっているので、毎回初対面の精霊に会うたびにこうして挨拶をしている。お世話になっているのに私には彼らに返せるものがない。だからせめて、挨拶とお礼は必ずしようと決めていたのだ。
「初めまして。多分知っているとは思うけど、ソーファの弟のスイファです。いつも姉がご迷惑をおかけしています」
「迷惑だなんてそんな!いつも良くしていただいて感謝しております」
「感謝だなんて姉が聞いたらつけ上がるから、本人にはそれ言っちゃ駄目ですよ」
「つけ上がる…?」
「姉さんの貴女への愛が今以上に深くなっちゃいますから」
今以上に抱きしめられるという事だろうか。嬉しいような、むず痒いような感じだ。
スイファさんの姉であるソーファさんは、愛情表現として主に抱き締めるという行為を好んで行う。私はソーファさんに抱き締められるまで、抱き締めるという行為を知識でしか知らなかった。
だから、初めて抱き締められたときに凄く感動した。
決して辞書に載っている言葉の意味だけではない、その行為の齎らすものに。
アリスはよく両親が抱き締めてくれると言っていた。
初めて『抱き締める』という愛情表現を知ったとき、辞書を引いた。
そこに書いてあったのは無機質な文字と意味。指でなぞっても、私には縁のないものだと諦めていた。
それを、実感として初めて得たときのあの感動は言葉にはできない。スイリュウ様に出逢ってから泣き虫になってしまった私は、また泣いてしまった。
あんなに相手の愛情を直に感じられるなんて。ぎゅっと身体を腕で囲われると、愛情の中に自分が埋もれて行く様な多幸感。それがとても、私は好き。
私の存在を確かにしてくれるような気がするから。
だから、ソーファさんに今以上につけ上がって欲しい、なんて思ったら呆れられるだろうか。
「お、恐れ多いです…」
「この集落にはまだ『愛し子』がいないから、姉さんだけじゃなく皆ジェシカさんに会えて喜んでるんです。戸惑うかもしれないけど、受け入れてやってね」
「最初は驚きましたが…でも、私も皆さんに会えて嬉しかったです」
スイリュウ様や水の精霊たちに出逢って、私は溢れるほどの愛を知った。私に向けられる愛情が、当たり前のように感じられるほど皆愛してくれる。そのことにどれ程私が幸せを感じたか、胸の内を皆に教えて回りたいくらいには感動してる。
「ジェシカ」
ふと、スイリュウ様の優しい声がした。隣を見ると、黄金の目を細めてスイリュウ様が私を見ている。
もし、もしもスイリュウ様が私を抱き締めてくれたら。
そしたら私は…。
スイリュウ様は人型でもないのに何を考えているのだろうか。そもそも何故、スイリュウ様に抱き締めてもらえたらなどと烏滸がましいことを考えてしまったのか。側にいるだけでも、十分なのに。
私はいつの間にか欲深くなってしまったのだろうか。
恥ずかしい。救ってもらっただけで、一緒に住ませてもらっただけで満足だったのに。あの屋敷に居た頃は、こんなに欲深くなかったのに。
幸福は人を欲深くするのだと、私はまた一つ学んだ。
「ジェシカ」
「は、はいスイリュウ様!」
「そろそろ腹が空いたろう?いつまでもここに立っていないで食べに行くぞ」
「はい!」
そういえば集落の入り口で突っ立ったままだった。私は考え事を始めると時間を忘れてしまう癖があるようなので気を付けなければ。
「そういえばスイリュウ様。昼食は何処で食べるのですか?」
「ソーファが熱望していたから恐らくソーファの家で用意しているだろう。ソーファの所へ行くぞ」
「分かりました」
ソーファさん宅に向かおうとすると、スイファさんが自宅だからと案内を買って出てくれた。場所は知っているのだが、せっかくの好意なので私たちはスイファさんに案内してもらうこととなった。
私の前を歩くスイファさんは、とても綺麗な魔力をしている。魔力の系統が同じ水なので非常に心地良い。この集落で一番美しい魔力なのではないだろうか。
穏やかで、優しいのにどこかエネルギッシュ。とても惹かれる魔力だ。
私がスイファさんの魔力に見惚れていると、彼は突然問いかけてきた。
「この集落は、お好きですか?」
「え?はい、好きですよ」
「それは良かった」
「いい所ですよね。自然豊かで心が洗われるような場所。そして綺麗な水が湧き出ている。だから水の精霊の皆さんはここに住んでいるんでしょうか?」
「ご名答。水の綺麗な場所は水の魔力を持つ我々水の精霊にとって、とても心地の良い場所なんです」
「そうなんですね。でもそれ、分かります。私もスイリュウ様と暮らす洞窟の中が、とても心地良く感じるんです」
「そうでしょうね。スイリュウ様の生まれた場所だと聞いていますし、水の魔力が溢れるような洞窟なのでしょう。綺麗な水の魔力を持つ貴女なら、きっととても心地良く感じるはずだ」
そう言って笑うスイファさんは、とても優し気で綺麗な顔をしていた。
なんだか凄くモテそうな人だな、と思いながら私たちはスイファさんの家に向かった。