第16話
今日は久しぶりに精霊たちの集落に行くことになった。最初にあの集落に訪れてから、それ以降も何度か訪れている。だけどスイリュウ様はあまり気が進まないらしく、しばらく行っていなかった。
なんでもスイリュウ様によれば、精霊たちが私にまた会わせてくれと集落へ行くたびに喧しいから連れて行くことにしたとのこと。
なんだか嬉しいけど、少し照れくさいです。集落の皆は私に凄く良くしてくれるので、毎度行くたびに申し訳ないのですが、一度断ろうとしたら「私たちが好きでやっているんだ!お願いだから断らないでぇ!」と悲痛な叫び声を上げられたので断れませんでした。
皆の目が本気で訴えていて、なんだか断れなかったのです。
なので行くのが少し照れくさい。だけど皆優しくて、会えるのが嬉しい。そうスイリュウ様に言うと拗ねてしまわれるので、スイリュウ様には内緒にしときます。
この洞窟内には日光が届かず、今外が昼なのか夜なのかが分からない。まぁ正しくは最初の頃は分からなかった、なのだが。
人間は太陽光を浴びた方がいいらしいとスイリュウ様に言われ、例の魔法の力で私の部屋の天井に穴が開けられた。そして水晶ガラス(ガラスのように透き通った薄い水晶なのでそう呼んでいる)がまたも魔法で設置され、雨風対策もされている。
この水晶ガラスによって空が洞窟内から見えるようになり、眠るときに夜空を眺めながら眠りにつくのがマイブームとなっている。こんなに夜空が素敵な光景だなんて、知らなかった。スイリュウ様と一緒にいると、知らないことが沢山知れて楽しい。
そんな水晶ガラスだが、一見私の部屋から見るとただのガラスなのだが、外から見ると中が見えないようになっているらしい。なんでも魔法でガラスの所を外から見た際に分からないよう偽装しているらしい。
まったくもって魔法とは、便利な力である。
ちなみにこの森は普通人間が踏み入らない森らしく、偽装する必要はないのでは?とスイリュウ様に言ってみたのだか、念の為に必要なことだと言われた。スイリュウ様は本当に心配性だ。
そんなわけで太陽の位置から時刻は恐らくお昼頃。
お昼を食べてから出掛けるのかと思っていたのだが、今日はどうやら違うらしい。
精霊たちが私と一緒に食事がしたいってスイリュウ様に訴えていたらしく、それが今回叶って私は水の精霊の集落で食事をする手筈となっている。
スイリュウ様以外と一緒に食事をするのは初めてなので、少し緊張する。オールストン家にいたときは食事はいつも一人だったので、未だに誰かと一緒に食事をすることに慣れないのだが、早く慣れてこれが普通なんだと思えるようになりたい。
特に持っていく荷物などはないので身一つのままスイリュウ様の所へ行くと、スイリュウ様は優しく微笑んでくれた(ように見えた)。
「ジェシカ、準備はできたか?」
「はい、スイリュウ様」
「では行くぞ」
スイリュウ様の側により、それを確認したスイリュウ様が移動魔法の呪文を唱える。
激しく風が吹き、景色が蒼の洞窟から緑の森へ。いつもの移動ポイントである集落近くの森の中である。最初に来た頃から数か月が経ち、青かった葉っぱは瑞々しい緑へとその色を変え、生命力の強さを主張している。
目的の地点に着いたので歩き出そうとしたのだが、スイリュウ様に声を掛けられ足を踏み出すのを止めた。
「ジェシカ、我に乗れ」
「え?でもいつも歩いて…」
「いいから、我に乗れ」
「は、はい」
最近、少しスイリュウ様は変なのだ。
なんというかこう…スキンシップを前より要求してくるようになった。私自身としては嬉しいのだが、一体どういう心境の変化があったのだろう。前回水の精霊の集落に訪れてからな気がする…。集落で何かあったのだろうか?謎である。
いつまでも待たせてしまうのも申し訳ないのでスイリュウ様の近くにより、立ち止まる。そうするとスイリュウ様が魔法で上に乗せてくれるのだ。私もいつか自分でこの魔法を使えるようになって、スイリュウ様の負担を減らしたい。多分負担とも思っていないだろうけど、余計な手間をかけさせてしまうのがしのびないのだ。
『愛し子』は確かに魔法を使えるが、人間種である限り使える魔法に限界があるらしい。上位魔法(移動魔法とか空間魔法とかが該当する)はまず無理らしいので早々に諦めた。種族の限界と言われてしまえば納得するしかなかった。魔法とは非常に難しい奴だ!
スイリュウ様の上に乗せてもらう魔法は風魔法らしいので、練習次第で可能だと言っていた。私は水魔法に適性があるらしいので、風魔法はまだまだ要練習案件だ。時間だけは有り余っているのでもっと練習時間増やそう。
密かに風魔法の練習時間を増やそうと決意している間に、水の精霊の集落に着いていた。スイリュウ様の移動は一歩が大きいのであっという間に着いてしまうのだ!
集落に着くと風魔法で地面に下ろされた。このフワッとワンクッションを置いてから降ろされるの、癖になりそう。早く風魔法を習得せねば!
集落に着いて間もないのに、あっという間に精霊たちが集まってきた。毎回思うのだけど、出待ちでもしているのだろうか。集まってくるのが早すぎる。
「いらっしゃいジェシカちゃん!」
「待ってたよ!」
「今日も可愛いわね!」
「相変わらずなんて美しい魔力…!」
「眩しい…!眩し過ぎる!心のフィルムに収めなくては…!」
「今日は一緒にお昼を食べてくれるんだってね!誰と食べるんだい!?」
毎度のことながら、熱烈な歓迎である。
最初に来たときは初対面の『愛し子』だからテンションが上がっていたのだと思っていた。でもそういう訳ではなく、毎回このハイテンションなのだ。何やら不穏な声まで聞こえてくる。
精霊とは『愛し子』に対してこの対応がデフォルトなのだろうか…?
…なんかこう……愛が凄い。嬉しい、嬉しいけど…毎回だとどうしていいか分からない。いつもたじたじになってしまうのだ。いつか上手く対応できるようになるのだろうか?
そんなハイテンションないつもの精霊たちの顔ぶれの中に、一人知らない精霊がいた。
ほとんどの精霊とは会ったことがあるのだが、毎回タイミングが悪くて会えなかった精霊が一人だけいる。この精霊は、多分その精霊だろう。
水の精霊たちは皆蒼い髪をしているが、その中にもそれぞれ特徴がある。少し薄めの蒼だったり、濃い蒼だったり。少し緑っぽかったり水色っぽかったり。
その精霊はお姉さんに似て濃い蒼髪で、長髪を三つ編みにして結っている。優し気な目元とサファイアのような瞳は、両親に似ている。
私を特に溺愛してくれている(?)ソーファさんの弟であり、この集落の長のセイファさんとその妻ラーファさんの息子。
恐らく彼は、スイファさんだ。