第15話 スイリュウ(4)
我が食料を持って帰ると、ジェシカが我を迎え入れた。
今までは独りであったが、帰りを待つ存在がいるというのはいいものだと思えた。そんな風に思えるのは、恐らくジェシカだからなのだがな。
「おかえりなさいませ。どこに行ってらしたのですか?」
「ジェシカの食料を探しにな。精霊たちに用意してもらっていたのだ」
「精霊様たちと交流があるのですか?」
「我は竜族の中でも他種族と交流を持っている方だからな。あやつらとも長い付き合いよ。それよりジェシカ、これをお食べ」
食料を空間魔法を使い取り出すと、ジェシカは驚いて食料を見た。魔法に慣れないらしく、いちいち驚く様は非常に愛しい。まあ空間魔法などという上位魔法はそうそう見れるものではないのでジェシカでなくとも驚くであろうが。
ジェシカは大量の食料を見て、何かを考えているようだった。恐らく何故こんなに食料を恵んでもらえたのかとでも考えているのだろう。『愛し子』という存在をいまいち理解しきれていないようだったので、精霊たちにとって『愛し子』がどのような存在なのかを分かりやすく説明してやった。
「精霊たちに『愛し子』を保護したから食料を分けて欲しいと言ったら喜んで持ってきたのだ。精霊たちは特に『愛し子』を好いておるからお主の身を案じたのだろう。お主が衰弱していると言ったら食べ物を掻き集めて料理まで作り始めたからな。しかし、これだけあればしばらくは持つな」
「はい…。ですがこんなにいただいてしまって良かったのでしょうか?」
「よいよい、気にするな。あやつらが好きでやったことだからな。ただお主のことを話したら大層心配しておったから、そのうちあやつらに会ってやるといい。元気になったら連れて行ってやろう」
「分かりました、ではそのときはよろしくお願いします」
食料を分けてもらう時に、精霊たちに保護した『愛し子』が回復したら連れてきてくれと懇願されたのでそのうち連れて行かねばなるまい。
ジェシカをもみくちゃにされる未来がありありと見えたので連れて行くのに躊躇するが、ここまでしてくれた精霊たちに褒美をやらねばならぬからな。
仕方がないので後で特別にジェシカを連れて行ってやろう。
「さ、早くお食べ」
ジェシカはしばらく食料を仕分けしていたが、どうやら初めての食事にスープを選んだようだった。
色々感じるものがあったのか、涙を静かに流しながらスープを飲んでいた。
こうして少しずつ愛情を感じる機会がこれから沢山あるであろう。いつかそれが普通となり、ジェシカの心が癒える日が来る。その日が少しでも早く来ることを、願わずにはいられなかった。
スープを飲み終えた後、ジェシカは食料以外の物を整理し始めた。食べる量が少ないように思えたが、衰弱していたので沢山は食べられぬのだろう。悲しきことだ。
服や日用品を整理しているジェシカを見ていて、我が人間に疎いことを思い出し、ジェシカに確認の意味で問いかけた。
「何か足りない物はないか?我は人が生活する上で必要なものが分からぬ。だから言ってもらわねば気付かぬままだ。必要だと思ったらすぐ言うのだぞ」
「はい、ありがとうございます」
そう言ってジェシカは嬉しそうに笑った。
我はジェシカのこの顔が好きだ。とても愛しい。
「お主はよく嬉しそうな顔をするな」
「スイリュウ様が心配して下さるのが嬉しくて」
我がジェシカを心配している?
思ってもいなかった言葉に動揺し、ついその言葉を否定してしまった。
「我は別に心配などしておらん。人間は脆いから何かと気を遣ってやっているだけだ」
「ふふ、ありがとうございます」
焦ったが、ジェシカに気にした様子はない。それどころか、我が動揺してついツンとした態度をとってしまったことに気付いているかのような顔をしている。
我の大人げない姿を晒してしまったのが恥ずかしくてならぬ。
ジェシカの方が優位に立っているようでムッとしたが、我はジェシカの笑う顔に弱いのですぐにその心は静まった。
なんだか納得がいかず、寝床に丸まって寝ることにした。
ジェシカは寝床に入っても寝る気配はなく、何故か我をじっと見ていた。寝たふりをしているが、何やら気恥ずかしい。しばらく我を眺めて満足したのか、小さな寝息をたてて眠り始めた。
目を開いてジェシカを見る。
治癒魔法をかけて洞窟で休ませたとはいえ、まだ衰弱している。顔色は悪く、しばらくは休ませる必要があるだろう。栄養のある食べ物も沢山ある今、あとはジェシカ自身の回復を待つだけだ。
願わくば、ジェシカが少しでも早く回復し、心を休ませられればと思う。
体力は数日で回復するだろうが、心が休まるのには時間がかかるだろう。
あの泣き方、表情。
ジェシカのこれまでの日々に、苛立つ。
惹かれる魔力があることには気付いていたのだ。もっと早く見つけてやっていれば。
今はそう思わずにはいられない。
どうか、この愛しい子が少しでも幸せになれるよう、幸せに慣れるよう、願わずにはいられない。
愛しい愛しい、ジェシカ。
どうか幸せになっておくれ。
ジェシカが隣で眠っているのを再度確認し、我も一緒に眠りについた。