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第14話 スイリュウ(3)

 娘と暮らすことが決まったことが嬉しかったが、どうやら娘にとっても嬉しいことだったようで、それは更に我を喜ばせた。本当に愛い奴だ。

 娘に名を聞かれたが、我ら竜族は契約する相手にしか名を明かさぬので娘には教えなかった。それがとても惜しいことのように思えたが、契約など気軽にするものではない。いくら愛し子とはいえ、名は教える気にはならなかった。


 名の代わりに、精霊たちに呼ばれている呼び名を教えた。

 水の魔力が溢れるこの洞窟で生まれた我は、水の魔力からできている。なので水を司る竜である我を精霊たちは水竜(スイリュウ)と呼んでいた。


 名を教えぬことを不思議そうにしていたので、我ら竜族が皆名を教えぬことと、契約のことを教えてやった。竜族が名を教えぬことを娘にわざわざ言ったのは、娘に我が名を教えたくない訳ではないと知ってほしかったからだ。

 なんとも情けないが、この娘に嫌われたくはないのだ。


 契約のことを教えてやると、娘が『愛し子』が神殿に献上されている理由に気付いたようだった。聡い子よ。

 だが娘の顔は暗く、どこか納得していないような顔をしていた。

 そして小さな声で、呟くように言ったのだ。


「では本当に…私のような者は、愛されるような…そんな存在なのでしょうか」


 その小さな声に、大きな悲しみが滲んでいた。

 愛されてこなかったのだろう、自分が愛されるような存在だという実感がないようだった。

 ああ、なんと哀れな子なのか。

 これからは我が沢山愛してやろう。そのうち精霊たちと会う機会もあるであろうし、愛を感じる機会はこれから沢山ある。

 だから愛しい子よ、そんな顔をしないでおくれ。


「ああ、そうだとも。愛に飢えし哀れな娘子よ」


 娘は、また泣いた。

 きっとそれまでの暮らしの中では泣く機会にすら恵まれなかったのだろう。これはいい傾向だ。

 沢山沢山泣くが良い。お主の涙は、我が全て受け止めてやろう。

 少し泣いた後、娘は自分の名を名乗った。


「…ジェシカです。私の名前はジェシカと申します」


 名を知ってしまっては、今以上に手放せなくなってしまいそうだ。

 それが恐ろしくて、娘に素直に言葉を返すことができなかった。


「愛し子よ、お主も名を名乗る必要はないぞ」


 こんなことが言いたかった訳ではないのだが、口から出てきてしまった。

 我は内心かなり焦ったのだが、娘は特に気にした様子もなく言葉を続けた。


「いいのです。私を見つけて下さったあなたに、知ってほしいから」


 …なんと可愛いことを申すのか。

 我は胸が熱くなった。愛しくて可愛い娘だ。

 大切に、大切にせねばならぬ。

 魔力に惹かれているのは確かだが、それ以上にこの娘が愛しくて仕方がない。


「…そうか。ならば呼ぼう、ジェシカ。これからよろしく頼むぞ」

「はい。こちらこそよろしくお願いします、スイリュウ様」


 愛しい子の名を呼べる喜びよ。

 ますます手放し難くなってしまった。魔力以外にも、この娘には我を引き付ける何かがあるのやもしれぬ。

 それも娘、ジェシカと共に暮らしていればいずれ分かるだろう。

 これからの新しい暮らしに心を躍らせながら、我は娘と共に眠りについた。





 ◇ ◇ ◇





 ジェシカと暮らすことが決まった次の日、ジェシカに何か食べ物はないかと聞かれた。我は食料を必要とせず、この洞窟の魔力を吸収することで英気を養っていたが、確かに人間には食料が必要である。

 そういえば以前精霊たちの集落を訪れた際に、精霊たちが食料を集めたり調理していたのを思い出した。奴らは特に『愛し子』に惹かれてやまぬ性質を持っているので、『愛し子』を保護したと言えば喜んで食料を渡すだろう。

 なのでジェシカに待っているよう告げ、精霊たちの集落へ向かった。


 一番交流のある、水の精霊たちのところへ魔法を使い移動した。飛んで行った方が楽ではあるのだが、魔法を使った方が早く着く。ジェシカには早く美味しいものを食べて欲しいので今回は速度を優先した。

 集落へ着くと、我が来たのに気付いたらしいセイファが迎え入れてくれた。『愛し子』を保護したことを話し、食料を分けて欲しいと言うと精霊たちが悲鳴を上げ始めた。

 何事かと思ったが、『愛し子』を()()という言葉から『愛し子』が傷ついた様子を思い浮かべたようで勝手に慌てふためいている。まあ傷ついていたことには変わりはないのだが、詳しい事情を説明すると長くなるので早く用意してほしい旨を伝えた。

 すると精霊たちが大急ぎで食料を用意し始め、ものの数分で大量の食料と、何故か家具や服なども渡された。何故食料以外の物があるのかと尋ねれば、人間には必要なものだと言われ、成程と大人しく全て持っていくことにした。


 我は人間とはあまり交流がない。知識としては知っておるが、どういう生活をしているのかなどは分からぬ。気まぐれで精霊たちと交流していたが、たまには気まぐれも役に立つものだと思った。


 精霊たちから渡されたものを空間魔法でしまいこみ、集落を出て移動魔法を唱えた。

 腹を空かせて待っているであろうジェシカに沢山の食料を持っていくのだ、きっとジェシカは喜ぶであろう。

 ジェシカの喜ぶ姿を思うと、自然と魔法を唱えるのがいつもより早口になっていた。

 それくらい、我は早くジェシカに会いたかった。



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