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第12話 スイリュウ(1)

 ある日、娘を拾った。

 その娘は我の巣の近くで力尽き、倒れていた。最初は我の住処を荒らしに来たのかと怒りが湧いてきたが、すぐに娘の魔力に気付いた。

 15年前から感じるようになった、惹かれてやまない魔力。その魔力の持ち主だった。


 この娘は、『愛し子』だ。


 我と同じ、水の魔力を強く感じる。純粋で、綺麗な美しい魔力だった。

 だけどその魔力は少し翳っていて、とても細い。それだけでなく生命力もあまり感じられなかった。


 水の魔力を持つ『愛し子』に会うのは、何百年ぶりだろうか。

 歓喜に震えたが、すぐに娘が死にかけていることに気付き、使ったことのなかった治癒魔法を使った。魔法をかけると娘の状態はいくらかましになったが、このままでは死んでしまう。

 娘を回復させ、これ以上衰弱させないために我の巣に運んだ。

 我の住処であるこの洞窟は、水の魔力に満ちている。我の生まれた場所でもあるこの場所なら誰も侵入してなどこないし、細くなってしまった魔力の流れを元に戻せる。

 娘が起きてしまわないように軽く睡眠魔法もかけ、娘の様子をみることにした。


 娘は白金の髪をしていている。水の魔力を持っているので恐らく目は蒼系統だろう。魔力がある人間は目に現れやすい。

 酷く衰弱してあそこに倒れていた様子から、何かから逃げてきたのではないかと思える。『愛し子』は精霊と人間との条約で精霊に引き渡されるはずだが、我の住処であるここ「ケーニの森」にいることから考えて、人間の領土に住んでいたのではないだろうか。

 だとしたら条約違反となるが、どういうことなのか。痩せ細り、衰弱していることから娘があまりいい待遇を受けていなかったように思える。


 我は激しく怒りを覚えた。

 こんなに幼気な娘を、我らの可愛い『愛し子』を粗末に扱うなど許せることではない。

 怒りのあまり魔力が溢れてしまい、娘が呻いたので慌てて魔力を抑えた。大量の魔力は人間にはキツく、魔力を持つ愛し子であってもあてられてしまうことがあるのだ。

 娘が起きてしまわぬよう、その後は娘の近くで気配を消し、静かに娘が目を覚ますのを待った。





 娘が目を覚ました。娘は自分が死んだと思っているようで「死後の世界って、こんなに美しい世界だったのね…」などと呟いている。

 気配を消しているからか、我に気づいた様子はない。なのでしばらく娘を観察してみた。


 娘はこの洞窟が珍しいのか、目を輝かせて洞窟内を見渡している。感嘆の声を漏らしていたので、我の巣をどうやら気に入ってくれたようだ。愛い奴である。

 娘が立ち上がろうとして、転んでしまった。助けてやりたいが、もう少し娘の様子を見ていたい。なんだか目が離せないのだ。


「死んだ後でも痛覚は残っているのね…そういえば身体もあちこち痛いわ。死んでも楽はさせてもらえないようね」


 まだ娘は自分が死んだと思っているようだ。このままだと本当に死んでいると思いこみそうなのでそろそろ声をかけることにした。


「お主は死んでおらんよ」


 娘は我の声に驚いたようで、そのまま転んでしまった。


「そそっかしい娘よの」


 自分しかいないと思っていた所にぽっと我が現れたように感じたのだろう。急いで立ち上がり、こちらを振り向いた娘は口を開けて呆けておる。

 驚いて見開いている目は、深い蒼色をしていた。


 なんと美しい蒼であろうか。


 ラピスラズリという鉱石がある。我の鱗はあれと同じ色をしているのだが、娘も同じだった。

 だがラピスラズリや我の鱗など比較にならないほど、娘のその両目は美しい蒼だった。あまりの美しさに目が離せず、我はじっと娘の目を覗き込んだ。


 娘は震えている。ドラゴンを知っているのだろう。弱き生き物である人間にはドラゴンは恐ろしい生き物だと伝わっている。緑竜の話が何百年か前に広がった為だ。

 娘の目に浮かぶのは恐怖か、それとも。


 じっと目を覗き込んでいると、娘は涙を流し始めた。水の魔力を持つからか、娘の涙に少量の魔力が含まれている。零れる雫のなんと美しいことか。

 娘の目には、恐怖は浮かんでいなかった。では、悲しくて泣いているのだろうか。娘が何故泣いているのかが気になって、思わず娘に聞いてしまった。


「娘…何が悲しくて泣いておるのだ」

「悲しいのではありません…嬉しくて、泣いているのです」


 予想外の言葉だった。

 だが嬉しくて泣いているということは、もしや。


「ずっと、ずっとお会いしたいと思っておりました。こんなことを言っては可笑しな娘だと思われるかもしれませんが、私はずっとあなたに惹かれていたのです。やっと、お会いすることができた…」

「…ふむ、我の魔力に惹かれておったのか。どうりでのう…お主は『愛し子』だな」


 やはり、我の魔力に惹かれておったようだ。我が娘の魔力に惹かれていたのだ、娘が我の魔力に惹かれるのも可笑しなことではない。

 娘は自分が『愛し子』という存在であることを分かっていないようだったので、一応教えてやった。だというのに娘は顔を歪めるだけで、まったく嬉しそうではない。どうしたことか。


「私は…『忌み子』です。『愛し子』などではございません。私は…私はそのように呼んでいただける存在ではございません」

「卑屈な子よの。しかしなるほど、人間はお主のような人間のことを『忌み子』と呼ぶのか」


 娘が顔を歪めた理由は、すぐに分かった。

 人族は『愛し子』のことを『忌み子』と呼んでいるらしい。

 『忌み子』という言葉からして、きっと娘は辛い思いをしてきたのだろう。娘の今までを思い、胸が痛んだ。本来ならば精霊たちに引き取られ、沢山の愛情を受けて育つはずだった子なのだ。

 その娘がこんなに辛そうな顔をしている。

 だから我は、娘に我らの愛しい子である証の呼び名を告げた。


「お前たち人間が『忌み子』と呼ぶ人間を、我らは皆『愛し子』と呼ぶ」



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