第11話
水の精霊たちの集落へ行ってから数週間が経った。これからどうなるかは分からないが、私は特に条約とかは気にしなくていいらしいのでスイリュウ様との生活を楽しんでいる。
スイリュウ様と暮らしていて、流石にこの暮らしに慣れてくると暇ができてきた。なのでスイリュウ様に魔法を教えてもらったり、世の中のことを教えてもらったりしている。私はこの時間が、とても好きだ。
魔法を自分が使えるとは思わなかったので練習するのは楽しいし、知らなかったことを教えてもらえるのは嬉しい。でも何より、スイリュウ様と時間を共にして日々を過ごせるのが一番嬉しい。スイリュウ様と過ごす時間は、私にとっては至福のときだから。
それ以外の時間はというと、互いに自由行動をしている。スイリュウ様は定期的に精霊の集落に行って食料を調達してきたり、たまにふらっと散歩に行ったりしている。その間、私はスイリュウ様に教えてもらったように魔法を練習している。スイリュウ様がいないので危ないことはしてはいけないと、簡単なことしか練習させてもらえていないけど、それでも練習させてもらえているのでよかった。最初は私一人で魔法を練習するのを大分渋られた。怪我をするかもしれないと大層心配されたのだ。
なんとか練習権を勝ち取ったが、勝ち取るまでに三日を費やした。スイリュウ様は心配性なのだ。
スイリュウ様と一緒に洞窟の中にいても、別々に行動しているときがある。それはスイリュウ様のお昼寝タイムのときだ。スイリュウ様は惰眠を貪るのがお好きらしく、昼寝は毎日の行動の中でも優先順位が高いことが分かっている。何故そんなことを知っているのかというと、私はその時間を密かにスイリュウ様を観察することに費やしているからだ。
お昼を食べ終え、今はどうやら丁度お昼寝タイムらしい。寝床で丸まってスヤスヤしている、可愛い。
畏怖の対象であるドラゴンに対して”可愛い”などと言うのは恐れ多いことではあるのだが、可愛いものは可愛いのだ。
日々を共に過ごしていて思ったが、スイリュウ様はとても優しい。投げかける言葉は少しキツイものもあるのだが、基本的に優しさに溢れている。多分、キツくなるのは照れ隠しだと思われる。推測でしかないが、間違いではないと思う。だけどスイリュウ様にそんなこと言ったら怒られそうなので黙っている。
スイリュウ様は結構繊細で、素直じゃない。誇り高い種族だからか、素直に言葉を伝えることに慣れていないのかもしれない。そういうところも可愛い。
スイリュウ様以外の竜族を知らないからそう思えるだけかもしれない。
だけど、私が昔から惹かれてやまなかった魔力は、とても優しい。
精霊の集落に行った時に、スイリュウ様以外の魔力を初めて感じた。そしてそれぞれの魔力には、その者の本質が色濃く出ていたように思う。まだデータが足りないから本当にそうなのか確信は持てないけれど、私は魔力にはその者の本質が出ると思っている。
水の精霊のソーファさんは、とても活力に満ちた魔力をしていた。勢いのある、激しい、だけど優しい魔力。ソーファさんの両親であるセイファさんとラーファさんも似たような魔力をしていた。二人はソーファさんよりも落ち着いた、穏やかな魔力ではあったけど、やっぱり家族だからかとても似ていた。
話したのはあのときだけだったけれど、ソーファさんもセイファさんもラーファさんも、魔力と同じような印象を受けた。そしてスイリュウ様も同様だ。
だから、やっぱりスイリュウ様は優しいのだと思う。
最初は魔力にとても惹かれていたけれど、最近はスイリュウ様自身にも少しずつ惹かれている気がする。他種族だし、性別のないドラゴンに魔力以外で惹かれるのは可笑しいのかもしれない。
それでも惹かれてやまないのは、初めて私に優しくしてくれた方だからないのか、それともそれ以外の理由があるのか。私にはまだ、分からない。
それに惹かれるといっても、恋ではないような気がする。しいていうならば、人間的に好き、といった感じだろうか。相手は人間ではないので可笑しな言い方だけど、これが一番しっくりくる。
恋なんて知らないし、好きになるってどういうことかもよく分からないけど、今私が一番好きなのは、間違いなくスイリュウ様。これだけで、今は十分な気がした。
スヤスヤ眠っているスイリュウ様に近づく。そっと鱗に触れてみるが、起きる気配はない。
なので調子に乗ってスイリュウ様の顔の近くに寄り添ってみた。スイリュウ様に触れるのは、なんて心地が良いんだろう。清涼感溢れる優しい魔力の近くにいるからなのだろうか、それともそれ以外の要素があるからなのだろうか。
今の私には答えが見出せないが、スイリュウ様に触れると幸せで心地良いことだけは確か。
なんて幸せな時間なのだろう。
そんなにスイリュウ様とは会話が多い訳ではない。私が質問攻めにして、スイリュウ様がそれに答えてくれるという感じなので、スイリュウ様が沢山話しかけてくれたのは最初の頃だけ。
それでも、一緒にいられるだけで幸せで、嬉しくて。
あの屋敷を出てから、私はアリスの替わりではなく、ただのジェシカになった。
だから、これからを自分の為に生きようと思っている。
あの頃の私ならこんなこと考えなかっただろうけど、今の私はもうあの頃の私じゃないから。
だから、今この時間を大切に過ごそうと思う。
幸せを見逃さないように、丁寧に毎日を生きよう。
贅沢になったものだな、なんて小さく自分で自分に笑ってしまった。
だけど一度幸せを感じてしまったら、それを逃したくなくなってしまったのだ。きっと、このままだともっと欲張りになっていってしまうのだろう。でもそんな風に思えることも、また私には幸せだった。
「スイリュウ様、私を見つけて下さって…ありがとうございます」
きっとスイリュウ様は眠っていて聞こえていないだろうけど、今言っておきたかった。
スイリュウ様の鱗に触れている頬が気持ちいい。
その気持ち良さに包まれて、いつしか私は眠ってしまっていた。