第10話
緊張している間にラーファさんが紅茶を入れてくれていたようで、ありがたくいただいた。しかしいただいた紅茶は私の知っている紅茶とは違い、冷たかった。ティーカップではなく、ガラスのコップに紅茶は注がれていて、氷を小さく砕いたものが一緒に入っている。暖かい紅茶しか飲んだことのない私には衝撃だった。
どうやら顔に出ていたらしく、ラーファさんが笑いながら教えてくれた。
「初めて飲んだかしら?これはアイスティーよ。人間たちは冷たい紅茶は普通飲まないものね。お気に召したかしら?」
「はい、とても美味しいです。これから夏が来ますから、この冷たい紅茶は体を冷やすのにもいいですね」
「ええ、今度洞窟に送るわね」
「ありがとうございます!」
夏に飲む冷たい紅茶はきっと美味しいだろうな。スイリュウ様と一緒に冷たい紅茶で涼めたらいいな。想像して、思わず笑みが零れる。
すると四つあるうちの私から見て右側のソファに座っていたソーファさんが顔に手を当て天を見上げていた。
「ああ、なんて可愛らしいの…!私の脳内に永久保存しなくては!」
「こら、彼女の前で気持ち悪い言動は控えなさい」
「でもお父様!私思ったことが口からポロッと出ちゃうのよ!」
「知っているよ…まったく、スイファを見習ってほしいものだ」
セイファさんはやれやれといった表情でソーファさんを見ている。ラーファさんは微笑んで二人のやり取りを終始見ていた。仲が良い家族の姿に笑いつつ、少しだけ胸が痛んだ。あの夢を思い出す。
私が『忌み子』に生まれなければ、私もあの家で彼女たちのようなやり取りをできたのだろうか。いつかの憧れは、今も小さな棘となり私の心に刺さったままだ。
「おっほん…見苦しいところをみせてすまないね」
「い、いえ!」
「では『愛し子』について、私たちが知っていることを君に教えよう」
そう言われ、改めて背筋を伸ばす。柔和な笑みを浮かべていたセイファさんは、真剣な顔となり話を続けた。
「スイリュウから聞いたが、どうやら人間たちは精霊との条約の内容をきちんと伝えていないようだね。それだけではなく『愛し子』を『忌み子』と呼び、どういった力を持つのかも伝えていない。これには私たちも驚いたよ」
「そうですよね…」
「まさか条約の内容を偽り国民に伝えているとはね。君たち人間、いやあの国の上層部の連中が何を考えているのかは分からない。だが、少なくともきちんと条約の内容を伝えていれば君のような目に遭う『愛し子』は防げたのだと思うと悲しくてならないよ」
「私のような『愛し子』は、他にもいるのでしょうか?」
「多分ね。君たちの国の法律違反にはなっても、条約違反になっているとは思っていないだろうからね。しかし、君はずっとその屋敷で暮らしていたとなると条約は破られたこととなる。『愛し子』を私たち精霊に渡さず、隠していたのだからね。これは大問題だ」
予想外の自体になり、血の気が引いていく。まさか条約に違反していたとは。知らなかったで済まされはしないだろう。
「君を隠して育てていた両親も問題だが、そもそも条約内容をきちんと伝えていなかった国家に問題がある。しばらくは精霊たちの間で話し合いとなり、そのうち人間側に条約を破った責任をどうとるのかという話がいくだろう」
「私は…家に戻らなくてはいけなくなるのでしょうか?」
「いや、大丈夫だろう。本来『愛し子』は生まれたら私たち精霊の元に来るのが条約を結んでからの自然な流れだ。こちらで保護する形になるだろうから安心しなさい」
「はい!…でも私今スイリュウ様と一緒に住んでいるんですが、精霊様たちのところに行かなくていいんでしょうか?」
「ドラゴンに気に入られるなんて滅多にないことだからなあ…。でも保護したのがドラゴンだからスイリュウ様とこれからも住めると思うよ」
よかった、スイリュウ様と別れることにはならなそうで一安心だ。
その後もセイファさんは色々なことを教えてくれてくれた。『愛し子』がいかに愛されるべき存在であるかとか、精霊にとって『愛し子』がどれほど大切な存在であるか、とか。
ずっと『忌み子』として冷遇されてきた私にはやっぱりすぐには信じ難いことだったけれど、私を慈愛に満ちた目で見てくれるセイファさんとラーファさん、驚くほど熱い視線を寄こしてくれるソーファさんのお陰?でなんとか信じることができた。
その日は私が疲れてしまって話はそれだけで終わった。セイファさんたちに「これから時間はいくらでもあるからゆっくり色々と学んでいけばいい」と言われ、スイリュウ様と共に吃驚するほど別れを惜しまれながら集落を後にした。
スイリュウ様が心配そうな顔をしていたように思えたのでその日はすぐにベットに潜り込み、ゆっくりと瞼を閉じた。少し、目のあたりが熱を持っていて睡魔は来る気配はない。疲れているのに眠れなくて、今日を振り返った。
色々と驚いたけれど、自分が愛されることが許される存在であるのを肌で感じることができた一日だように思う。きっと、目元が熱いのはそのせいだろう。
沢山思うことはあったが、いつの間にか訪れた睡魔の前に、私は屈して眠りについたのだった。