プロローグ
新連載です。宜しくお願い致します。
少女はいつも何かに惹かれていた。それが何かは分からない。だが強く心がそれを求める。
だけど求める何かに向かうことは少女には許されない。少女は鳥籠の中から出ることは叶わない飼われた鳥なのだ。
少女は今日も窓の外のどこまでも晴れ渡る青い空を、光を宿さぬ虚ろな目で見る。
この空を飛ぶことが出来たらここから逃げ出すことが出来るのだろうか。
―――鳥になれたらいいのに。
少女は視線を窓の外から家の中に戻した。そこには窮屈な少女の自室。狭いその部屋は屋根裏にあり、ベットと小さな机、椅子、チェストが一つずつ置かれている。チェストの上には15冊の本。どの本も何度も読み返したのかボロボロになっている。
今日も少女は部屋の外に出ることはない。鍵がかけられたその部屋から出ることが叶うのは父の許可が下りたときのみ。食事は部屋の前に届けられ、化粧室にも使用人を呼ばなければ行くことは出来ない。
少女がこの屋敷を一人で自由に歩くことは許されない。
少女は基本的にいないものとされている。
何故なら少女はこの屋敷には本来存在してはならないはずの存在なのだから。
◇ ◇ ◇
『悪魔の使いと神様の使い』
ある王国の王家にある時、双子が生まれました。
兄と弟の双子でした。
双子はすくすくと育ち、第一王子である兄は知に優れ、第二王子である弟は武に優れていました。
ある時父である王が病に倒れ、王位をどちらが継承するかという問題が起きました。
兄に第一王位継承権がありましたが、先に取り上げられたというだけで兄が王位を継ぐのかと、弟はこれに反対しました。
そして何か勝負をし、その結果で決めることとなりました。
勝負の内容については時間が許す限り議論されました。
兄も弟も優れた部分が違うので、なかなか良い勝負の内容が決まりません。
議論の結果、勝負は剣での一騎打ちとなりました。
弟を王に推している者たちが押し切ったからです。
そして勝負の日。
戦いに勝ったのは弟でした。
勝負に負けた兄は不幸にもそのまま亡くなってしまいました。
兄が亡くなった次の日、突然嵐が王都を襲いました。
嵐はみるみる激しさを増し、それは大きな竜巻となって王都を壊していきました。
沢山の建物を倒壊させ、美しいことで有名だったお城も半壊してしまいました。
人々は言いました。
これは第一王子の祟りだと。
民衆の目にも兄弟の勝負は弟の方が有利であると映っていたのです。
だからこそ、納得できぬまま死んでしまった兄の恨みがこの嵐を呼んだのだと。
可哀想な第一王子。
ああ、労しや労しや。
しかし王位を継ぎ、新王となった弟は言いました。
このたびの嵐は兄によるものである。
兄は悪魔の使いであった。私に負けたことに怒り、死ぬ間際に悪魔の力を借りて王都を襲った。
兄は忌むべき子だったのだ、と。
昔からこの王国では双子が生まれると先に生まれた子は不思議な力を持っていました。
その力を持つ子は『火・水・風・土』のどれかの力を操ることが出来ました。
だけど不思議な力の扱いは難しいらしく、災いを招いて人々を襲うこともありました。
火を操る力は街や森を焼きました。
水を操る力は川を氾濫させて洪水を招きました。
風を操る力は嵐を呼び寄せました。
土を操る力は地を揺らしました。
なので人々は双子が生まれると恐れました。
先に取り上げた子は、災いを招く。
ああ、恐ろしや恐ろしや。
そして双子の兄として生まれた第一王子もやはりその力を持っていたのです。
やはり双子の上の子は恐ろしい、双子の上の子は悪魔の使いだ、災いを招く。
新王の話を聞き人々は皆そう言いました。
こうして第一王子の嵐を呼び王都を襲わせた話は国中に瞬く間に広まりました。
それ以来、この王国では双子が生まれると先に生まれた子は悪魔の使いである『忌み子』とされ、神に捧げる贄として神殿に献上されるようになりました。
双子の上の子を神殿に献上するようになったのは双子の弟が新王となってから決められた決まりでした。
悪魔の使いである兄と同じ力を持った者が育てばまた兄の時のようなことが起こる。
だからその力を神に捧げ、国の平和を保つのだと新王は言いました。
人々は王都を襲った嵐の話を聞いていたので新王に従いました。
その後王国は新王の導きによって発展していきました。
神殿に双子の上の子を捧げるようになってから王国に降りかかる災害はとても少なくなり、国は平和になりました。
人々は安堵しました。
そして皆言いました。
双子の上の子が悪魔の使いならば、下の子は神様の使いだ。
王国を平和に導いた新王は、きっと神様の使いだったのだ。
悪魔の使いから私たちを守ってくださったのだ、と。
こうして双子の後に生まれた子は神様の使いである『神の子』として大切に育てられ、皆から愛されるようになっていきました。
◇ ◇ ◇
少女の暮らすアインハイド大陸北部にあるフィーデン王国にはある古いお伽噺がある。『悪魔の使いと神様の使い』という、双子の王子のお話だ。
少女もこのお伽噺は知っている。チェストの上にある15冊の本の中の一冊が、『悪魔の使いと神様の使い』だったから。少女はこのお伽噺が嫌いだった。
何度読み返しても、好きにはなれなかった。双子の姉として生まれた少女には、幸せな結末だと感じることが出来なかったからだ。
フィーデン王国にはこのお伽噺のような制度がある。
双子の先に取り上げた方を『忌み子』とし、神殿に献上するというものだ。しかし稀に、貴族にはそのまま隠して育てていく者もいる。その目的はもしものときの為のスペアだ。
だが本来は神殿に献上されているはずなので公には出来ないスペア。故にその扱いは酷く、屋敷の使用人よりも粗末な扱いを受けることも多かった。
双子の姉であった為に『忌み子』と呼ばれる屋根裏部屋で暮らす少女もまた、例に漏れず酷い扱いを受けていた。しかし少女にはそれが日常であり、特に酷い扱いだとも思ってはいなかった。
『神の子』と呼ばれ皆に愛される妹に会うまでは。
少女が7歳を過ぎた頃、少女の双子の妹であるアリスが両親に内緒で時折この屋根裏部屋を訪れるようになった。そしてアリスは少女に色々なことを話した。
賑わう街の様子、楽しいお茶会のこと、仲の良い友人との喧嘩や仲直りのこと、婚約者が素敵な王子様であること。
屋根裏部屋しか知らない少女にはアリスの話すことはとてもキラキラと輝き、新鮮で面白かった。本と教師から教えられる知識以外に、新しい知識が少女には与えられないから。
少女はアリスが訪ねてくるたびに楽しく話を聞いた。
だけど少女は話を聞くたびに悲しくもなった。
アリスはいつも自分がいかに愛されているのかを話した。両親に、愛しき婚約者に、使用人に、皆に。
アリスの話す世界は、とても優しくて愛に溢れた世界だった。少女には与えられなかった、優しい世界。
少女はアリスから話を聞くたびに、自分の立場を知った。
お伽噺と同じ『忌み子』であり、自分はスペアでしかないのだと。
妹の替えでしかない、自分の存在の希薄さを痛感した。
楽しさを運んでくれていたアリスの存在は、いつしか少女にとって苦痛でしかなくなっていた。
そしてアリスは話の最後にいつも少女に言う。
―――お姉様は先に生まれたというだけでこのような扱いを受けてお可哀想に。
そう、悲しそうな顔をして少女に言うのだ。
だけど少女は妹のアリスが本当に悲しんでいるなどとは思っていない。
少女は知っている。
アリスが少女を嗤っていることを。
最初の頃は本当に悲しんでくれているのだと少女は思っていた。
アリスはいつもお可哀想にと言った後、悲しそうな顔をして屋根裏部屋を去っていく。少女はいつもそう言われて悲しくて俯いていた。
だけどある日、ふと顔を上げて去り際のアリスの顔を見た。
アリスは口の端を上げて嗤っていた。
それはいつもの悲しそうな顔ではない、嬉しそうに歪んだ顔だった。
アリスは気付かず去っていったが、少女は見てしまった。アリスの別の顔を。
そして悟った。
アリスは『忌み子』の少女の境遇を憂いて話しに来てくれているのではない、少女を嘲笑いに来ているのだと。
アリスのくれる知識は、少女を嘲笑う為の材料でしかないのだと。
アリスに教えられた知識以外にも、少女には知識を得る機会があった。
少女は家庭教師から教育を受けている。人並みの教養を持ち、淑女として恥じることのないような振る舞いが出来るように。それはスペアとしての役目の為だ。
もしアリスが何らかの理由で亡くなった場合、その立場に少女が収まることになる。その時には淑女の振る舞いが出来なければならない。会話でも困ることがないように教養を身に付け、ダンスや刺繍なども習った。少女は秘すべき存在であった為、夜会やサロンには出たことはなかったがそこがどういう所で、どういう風に振る舞うべきかは一通り習った。
だがスペアとしての役目を果たす機会はこないであろうと少女は思っている。
アリスを溺愛している碌に顔も見たことのない両親が、例えアリスが亡くなったとしても少女を表舞台に立たせて同じように愛することなど出来ないだろうと思っているからだ。
少女は知識が増えるたびに絶望した。
どんどん自分がアリスの替わりになってゆく。自分の存在が薄れていく。
どうして神殿に献上してくれなかったのか。
神殿に献上された子供がどうなるのかを少女は知らない。だけど今よりはきっと幸せだったはずだと少女は思っている。たとえ献上されることで死んでしまったとしても、それで構わなかった。
寧ろ死んでしまっていた方が幸せだったのかもしれない。
だけど少女にはもう望めないこと。
存在を秘匿されたまま、いつ来るかもわからない役割の為に死んだように生き続けるしかない。
だから少女は願っている。
―――この家から、解放されたい。
少女はこの家に縛られている限りずっと、いないものとして生きていかなければならない。少女の心は擦り切れ、いつしか心を失ってしまった。
何一つ願いなんて叶わない。少女は心を殺し淡々と日々を過ごした。
少女は化粧室に向かう為、ドアをノックする。すると部屋の鍵が開けられ、ドアが開く。部屋の外へ出ると使用人のメイドがいる。メイドが先導して歩き、少女はそれについていく。
それはいつもと変わらぬ光景。何の変化も齎さぬ日のはずだった。
神が少女を憐れみ、少女の願いを聞き届けたのか。
少女はこの日、少女の今後の人生を大きく変える出来事に見舞われることとなる。