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幸運の消しゴム

作者: 桐生史

「さあ、貴方の今日の運勢はぁ」

 甲高く甘ったれた喋り方の女性アナウンサーが星占いを読み上げている。

 まったく、何故朝から占いなんかするのだろう。実にくだらない。俺はどんな占いも眉唾ものだと考えているが、朝のニュース番組で流される星占いはその最たるものだ。日本国民を十二に分割しただけで何が判定できる。俺と誕生日が同じサイコパスの殺人鬼がいたなら、二人は同じ運勢で、もし俺がそいつに今日殺されたとしても『ごめんなさぁい、今日のアンラッキーさん』で仲良くお揃いになるわけか。

 俺は星占いを流す放送局のニュースは見ない。妻がリビングのテレビをつけっぱなしにしていなければまず見ることはない。そもそも、スマートフォンのACアダプタ規格が統一されていれば、朝からリビングの雑誌をひっくり返したりせずにすんだのだが。

 映画の宣伝をするために呼ばれた場違いなアイドルグループの男が、自分の星座ランキングに歓声を上げている。見るに堪えん。

「今朝の一等、水瓶座のラッキーアイテムは」

 俺の星座だ。消そうと手に取ったリモコンを下して画面を見つめた。信じてはいないが、自分の星座となると話は別だ。

「消しゴムです」

 ほら見ろ、なんとくだらない。消しゴムをどうしろというんだ。ブツブツと毒づいていると、半透明の小物収納ケースに貼り付いた消しゴムが目に入った。

 消しゴムはプラスチックにへばり付いて溶かすから痕が残る。これがラッキーアイテムなのか。俺は舌打ちしながら消しゴムを引き剝がしたが、そのすぐ傍に探していたモバイルバッテリーがあるではないか。

「ま、このくらいの幸運か」

 俺は消しゴムをポケットに放り込むと、残量三〇パーセントのスマホを充電しながら気分よく出社した。


 まだ就業時間には早いから、事務室には新聞を広げた経理の石川さんがいるだけだった。俺がこのところ三〇分以上早く出勤するようになったのは、このDカップのマドンナと二言三言罪のない会話を楽しみたいからだった。

「今朝もクロスワードパズルかい」

「そうなんですよぉ。でも、どうしてもこれ解けなくて」

 俺は傍らから新聞を覗き込んだ。妻ならまず選ばない甘いフローラルの香りが鼻腔をくすぐる。マドンナが悩んでいるのは四文字……『け』……おいおい、消しゴムじゃないか。

「すごぉい、これで完成です!」

 マドンナと楽しい朝のひとときを過ごした俺は、ポケットの中を探り、朝見付けた消しゴムを取り出した。表面がテカテカと変色して油性ペンのインキが染み込んだ、薄汚い消しゴム。あの占いは、案外当たっているのかもしれないぞ。

 メールをチェックしながら消しゴムを掌で弄んでいると、ぽろりと転がり落ちてしまった。俺のラッキーアイテムを見失うわけにはいかないから、屈みこんでコピー機の下に手を伸ばすと、小指ほどのUSBメモリが消しゴムと一緒に落ちていた。個人情報紛失事件が話題になってから、会社内ではUSBメモリの使用は固く禁じられている。相当古いものか、誰かがこっそりと持ち込んだものだろう。

 上司はまだ出勤していないから、後で報告しようと考えながら廊下を歩いていると、営業部の次長が壁際に屈みこんでいた。真っ青な顔で何かを探している。次長が俺の部署へコピー機を借りに来ることと、その顔色からピンときた。

「もしかして、探し物ですか」

 いつも俺に高飛車な態度をとる次長は、泣き出さんばかりに俺の手を取って感謝の言葉を延べた。部長の席を狙っているのは知っていたが、点数を稼ぎたいあまり、こっそり顧客リストをUSBメモリに移して自宅で仕事をしたのだという。書類をコピーする際に落としてしまったのだろう。俺が上司に報告していたら厳重注意になるところだし、紛失したとなれば首が飛んでいたかもしれない。

「ああ、本当に助かりました……この借りはきっと」

 営業部の未来の部長に貸しを作るのは悪くない。それもこれも俺の幸運の消しゴムのお陰だ。俺はどうやら頭が固かったようだ、あの占いはかなりのものだ。


「おい、あの星座占いはなかなか面白いな」

 俺は晩酌のビールをちびちびやりながら妻に微笑みかけた。

「あら、あなた星座占いなんか見るの」

「今朝は水瓶が一等でな」

「今朝の? あらやだ。あれは三宮クンが出ていたから録画していた昨日のよ」

 理性を取り戻した俺はビールを飲み干し、薄汚い消しゴムをゴミ箱に放り投げた。命中。


小説3作品名です。

私は星占いの類は信じません。

ただし、自分の星座がとても運勢がよいというなら話は違います。



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― 新着の感想 ―
[一言] ラストには主人公の内心とともに思わず苦笑してしまいます。 そこでストンと落ち着いた感じです。
[一言] 阿刀田高氏の短編を夢中で読んでいた時の事を思い出しました。
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