黒腕一周年記念特別篇 旅立つ前の休日
一周年記念SSを移植させていただきました。
読者の皆様の支えのおかげでこうして一周年を迎えることができました。
一年間ありがとうございました!
完結まで走り続けていきたい所存でございますので、どうかこれからも作者ともども本作をよろしくお願いします!
これは、朝日達がまだリザーブの街に滞在していた時。
リザーブからの旅立ちより二日ほど前の日の出来事である。
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ゴブリン討伐作戦の終結から数日。
朝日達は人間国最大の商業の街、リユニオンへ向けた旅の準備などをして過ごしていた。
武器や防具の新調、メンテナンス。
食料や薬などの薬品の購入。
これから歩くことになる旅路の情報収集などだ。
勿論、冒険者として体が鈍らないように適度に依頼もこなしてきた。
そんな騒がしい数日を過ごし、昨日やっと旅立ちの準備が終わった事で一息つく余裕ができた朝日達は思い思いの時間を過ごしていた。
勇二と未希は二人で人助けのついでに衣服類の買い物に出かけて行った。
なんでも勇二が宿屋の女将に頼まれごとをしたらしく、それに未希が便乗して、ついでに一緒に買い物に行こうということになったようだ。
未希からしたらデートのつもりなのだろうが勇二に関しては文面通りにとらえてる可能性がある。
未希の思いが報われる日は来るのだろうか…と思う今日この頃。
対して朝日は一人、宿屋の大部屋で留守番をしている。
というのも、先日の旅の準備の際に雑貨店で購入した本を読み解く作業があるから、と二人の誘いを断ったからなのだが。
今、朝日が読んでいるのはとある引退したベテラン冒険者の冒険記。
危険な魔物と遭遇した時の話や、面白い植物や幻想的な自然現象と遭遇した時の話などの体験談が主観的に書かれていた。
一般的な伝記などは第三者目線で抽象的な書き方のものが多い。
だが、こうした冒険記などとなると主観的で具体的な書き方が多くなるので読み手として共感できることも多くなり、それが実際にこちらに役立つことがあるのだ。
そのため朝日はこうした伝記や冒険記などでは比較的冒険記の方を好んで読むことが多い。
尤も、個人的趣味としては伝記なども好きだったりするのだが...
閑話休題。
無音の大部屋に朝日の僅かな息遣いとページを捲る音だけが響く。
「………」
朝日は無言で文字の羅列を目で追い、記憶に記録しながらページを捲り続ける。
「「助けてアサえもん!」」
静寂が部屋を支配する中、その静寂をぶち破るものが現れた。
部屋の扉から勢いよく飛び出してきたのは当然の如く勇二と未希の二人だった。
しかし、朝日はそんな二人を一瞥すると何事もなかったかのように再び本に視線を落とした。
「え、無視!?」
未希が抗議の声を上げるが気にしない。
「完全に意識が本の方に行っちゃってる…こうなった朝日の気を引くのは容易じゃないよ」
勇二がなにやらほざいているがスルーだ。
丁度今、筆者である冒険者が一人強敵に立ち向かおうとしている熱い場面なのだ。十中八九ねつ造だろうが...
「ねぇー朝日―?」
「朝日ってばー」
「あーさーひーくーん」
「あーそーびーまーしょー」
段々と絡み方が雑になってきた。
流石に耳元で騒がれると本に集中できないのだろう、朝日は眉間に皺を寄せると軽く二人を睨みながら本を閉じる。
「やかましいわ!一体何がどうしたコノヤロウ!」
「お、朝日が戻ってきた」
勇二のその言葉に朝日は眉間の皺をさらに深くする。
「やかましいっての。で、一体何用だ」
耳元で騒がれたのがよっぽど嫌だったのか、それとも静かな読書に時間を中断させられたのがよっぽど気に障ったのか朝日はいつになく不機嫌な様子だ。
「いやぁ、それが…」
しかし、対する勇二の受け答えは先ほどとは打って変わってどこか言い辛そうな反応だった。
「あ”?まさかまたどこかで面倒事でも引っ掛けて来たのか?」
「いや、そんなことはないよ…?たぶん…」
「やっぱり面倒事じゃねぇか!」
思わずツッコむ朝日。
勇二はただただ苦笑している。
未希に関しては今回ばかりは手に負えないとばかりに肩をすくめていた。
「で、一体どうしたよ?」
「…僕が宿屋の女将さんに頼まれごとしたのは知ってるよね?」
「ああ」
「その頼みごとが花屋さんから知り合いの猟人さんから新鮮な肉を買ってきてほしいってものだったんだけど…」
「なんで客のお前が従業員に使われてんだよ…それで?」
「その狩人さんがまだ狩りに出てないらしくて、なんでも狩りに使う矢が不足したみたいで…」
「…取りに行ったのか?」
「うん。贔屓にしてる木工屋さんがあるからそこに行けって、肉は割増しにするからって…」
「……まて、まさか行った先で木材が切れてたなんてことないよな?」
「…正解」
そこまで聞いた朝日は思わず頭を抱えた。
「まるでわらしべ長者だな…」
あきれ交じりにそう言った朝日の顔はどこか疲れたような顔をしていた。
「それでね…」
「まだ続くのかよ!?」
「うん。あと十件ほど」
「……一言いわせてくれ。バカだろお前?」
そういって半目で勇二をにらむ朝日。
「だから言ったじゃん。調子に乗って引き受けまくったら朝日に怒られるって…」
どうやらさすがの未希も今回の件は勇二側につくつもりはないらしい。
「で、朝日?手伝ってくれるよね?」
「嫌だと言ったら?」
「……」
無言で顔を手で覆いその隙間からチラッチラッと瞳をのぞかせる勇二。
数分間それは続いたが結局は朝日が折れることとなった。
「あーもう、うぜぇ!分かったよやればいいんだろ、やれば!」
半ばヤケクソになってそう叫ぶ朝日。
対する勇二は満面の笑みだ。
「よかったー!朝日ならそう言ってくれると思ってたよ!」
「はぁ…ったく。せっかくのオレの休日が…」
ため息をついた朝日は現実から逃避するように部屋の窓から外の様子を窺うと、そこには朝日の心境とは真逆に雲一つない晴天があるのみであった。
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こうして朝日を交え、三人は旅立ちまでの数日を人助けに奔走することになる。
すべての頼まれごとを消化しきったのは出発の二日前だったという...
Thank you for one year!
It regards the future!