乙女ゲーのサポートモブ役に転生したけど、主人公はすでに攻略済みでした
青い空が広がる広い屋上。そんな屋上に佇む二人の少年達。
息も白く変わりつつある秋の午後。片割れの少女は何か決意を秘めた表情をしている。
「私、先輩のことが……」
「待って。そこから先は俺に言わせてくれないか」
「え……」
少女の言葉を遮った少年は一つの息を吸うと意を決したように言葉を紡いだ。
「君が好きだ。俺と付き合って欲しい」
「先輩……私も、私も先輩のこと、大好きです!」
「はるか……」
「先輩!」
二人の影が重なり、一つに溶け合う。そんな光景を見ているのは隠れた二つの影だけだった。
「あ"あ"〜やっと終わったよ」
聞こえてくるのは砂場やブランコで遊ぶ小学生達の笑い声。木枯らしの吹く、学校近くの小さな公園のベンチに深く腰掛ける。
やっと終わった。今の心境はそれだけに尽きる。
「ふふふ、大変だったよねえ」
ついで隣に腰かけたのは学ランに身を包んだ同級生の少年、赤城晶馬だ。中性的な顔立ちが美しく、学年中の女子からも人気が高い。自分と同じ転生者だ。
転生者。遠い過去、花山小夜子として生を受ける前、自分は全く違う人生を歩んでいた。
まず、社会人であったし、死んでその後、まさかもう一度学生生活を謳歌する事になろうとは思わなかった。
再びこの世に生まれでて、その記憶を取り戻したのはほんの数年前。花山小夜子、昔プレイしたことのある乙女ゲーム。主人公、巫明日香の友人に成り代わっていた。
乙女ゲームの主人公に対し、友人が様々なサポートを施すというのはよくある話なのだろうが、現実は随分違った。
まず高校に入学した時点で明日香が既に見知らぬ男とくっついていたのだ。その彼と別れて物語が始まるのかと思えばそうでもなく、結論から言ってラブラブもラブラブ、別れる気配を全く見せないのだ。
攻略対象はどうなのかといえば、彼らは既に明日香に様々なアプローチをかけ、彼女を我が物にせんと奮闘していた。何とかして彼女らを別れさせようとする、そしてあわよくばそのおこぼれに預ろうとするハイエナのごとき攻略対象達。地獄絵図である。正直見たくなかった。主人公に攻略させる慎ましさは一体どこへ行ったのか。
そうしてそんなに光景を日々の一部にしようとしていたある時、赤城晶馬が現れた。
正直自分から見て高嶺の花だと思うような美貌を持つ彼は、実は乙女ゲーのバージョン違いで発売されたギャルゲーの主人公の友人ポジションらしい。正直彼が主人公なんじゃないかと思ったらそんなことはなかった。そして何とその主人公は明日香の彼氏だった。どうやら主人公同士でくっついたらしいのだ。
彼は乙女ゲーギャルゲーどちらもやり込んだという猛者らしく、どうやら私が彼と同じ転生者であるという事が行動からバレていたらしい。イケメンであり観察眼もありやはり彼が主人公の方がいいのではないかと心の中で何度も思った。
赤城の話を聞くに、どうやら明日香の彼氏、和樹くんにも同じことが起こっているらしいのだ。
女の戦いは男のそれより醜いと聞く。彼の方も同じように攻略対象達がアプローチをかけ続けているのだそうだ。裏で行われるやりとりを想像すると恐ろしい事だ。
そこで彼が提案した計画が出てくる。このままで彼ら彼女らを野放しにしておくには危険だ。なので彼ら彼女らをどうにか引き合わせ、カップルになってもらおうというのだ。
正直面倒臭いと思ったが、明日香のことはこれでも大切な友人だと思っている。そんな彼女の平穏が壊されるかもしれないと思うと、どうにかしてやりたいという気持ちがあるのだ。
赤城の方も和樹くんを大切に思っていることは話からも見て取れた。彼の言葉に少し逡巡するが、その計画に乗る事にした。
そうして始まった計画は案外スムーズに、ということは無く波乱を極めた。
まず攻略対象が主人公のそばから離れようとしないのだ。気がつけばそれぞれの主人公の周りには攻略対象達が集まり、主人公達に対し睦言と錯覚しそうな甘い言葉を囁く。軽くセクハラ。
揃いも揃って彼氏彼女ありの人物に諦めることなく構い続ける。正直それってどうなのかと思いつつ、さりげなくそれぞれ気の合いそうな攻略対象達をどうにかして引き合わせた。
ギャルゲーの攻略対象達には私から声をかけ、乙女ゲー攻略対象達には赤城が声をかける。同性だし、大体仲のいいクラスメイトだったり、元同中だったりで何とかなったのだが、流石に年上キャラは無謀を極めていたのでコミュ力MAXの赤城にぶん投げた。
それからもデートのお膳立てをしてやったり、様々な手を尽くし、裏方からサポートして行く。元々赤城を含め自分たちは主人公のサポート役として存在していたため、コミュ力などサポートを攻略対象達にも生かすことができた。
そうしてどうこうし、先ほどやっと最後のカップルが誕生したというわけだ。
「あー、これでサポート生活も終わりかあ」
「お疲れさまだね。俺も流石に骨が折れたよ」
「赤城もお疲れさま。あー、なんかこんなことしていつの間にか3年生になっちゃったね。時が経つのは早いもので」
「でも、これでも和樹達は誰にも邪魔されることは無くなったね」
「あの二人の平穏のためと思えば、これで良かったよね」
赤城とこうして公園のベンチで喋るのは恒例行事だ。何かあるたび、こうして彼と作戦を練ってきた。こうして過ごすのもこれで終わりなのかと思うと清々しくもあるが少し寂しいものがある。
「何考えてる?」
「何?」
「小夜子が考え事してると、口の下に手を当てる癖あるよね」
赤城に指摘され少し恥ずかしくなる。あまり意識してこなかったがそういう癖があるらしい。
「いや、こうやって公園で話すのも、これが最後かななんて思ってさ」
「最後なの?」
「え? いや、どうなんだろ」
「俺は小夜子とこうして話すの、最後にするつもりはないよ」
真剣な顔でそういう事を言われるとつい意識してしまいそうになる。そういうことは彼女が出来てからその子に言って欲しい。
「そ、そっか。でもまあ、学校も後半年もないし、どっちにしろ公園で話すのも後少しってとこだよねえ」
「そうだね。でも小夜子とはこれからもお話したいな。駄目かな?」
「駄目じゃないよ。私だって赤城といれて楽しいもの」
「良かったー。駄目って言われなくて。小夜子ってば難しい顔するんだもの」
「そこまで鬼じゃないよ」
「でも本当良かった。俺駄目なんて言われたら立ち直れないかもしんない」
赤城がカラカラと笑ったあと、ホッとしたような顔をする。彼を不安にさせるような事を言ったつもりはなかったが、意図せずそういう風に聞こえてしまったのかもしれない。
この3年間赤城のことを見てきたが、赤城はその見た目から冷たく見られがちだ。だが実際の赤城は心を開いたものにはとても暖かな、優しい人物だ。それを知っている少数の人間に自分が入っているのだと思うと、少しだけ自惚れてしまいたくなる。
「ねえ知ってる? あのゲームには隠し要素があるんだよ」
突然変わった会話に何事かと耳を傾ける。
「へえ、なになに聞かせてよ」
「あれには百合ルートがあるんだ。攻略対象はもちろん君」
「は?」
「知らなかった?」
「いや、知らんけど……え、それ本当に?」
自分が攻略対象とは一体どういうことだ。明日香とは高校からの付き合いになるが、そんな雰囲気になったことは一度もない。自分が明日香と、と思うとなんだかおかしさがこみ上げてくる。
「うん、ちなみに僕もギャルゲーで攻略対象……なんて、嘘か本当かどっちだと思う?」」
「え、どっちなの気になるじゃん!」
「教えてあげない」
釣れない返事を受けちょっと悶々としてしまう。一番気になるところを教えてもらえないというのは目の前の餌をお預けにされた気分だ。
「ねえ、小夜子。俺たち、これからも一緒だよね?」
「なに? どうしたの。そんなの当たり前じゃない」
「ふふ、だよね」
木の葉が舞う中で見る彼の笑顔はどこか色を含んでいるようで艶かしく見えた。思わず胸が高鳴る。なんだかんだ彼とはこれからも一緒なんだろうな。腐れ縁というやつだ。
隣に座る彼の手をそっと握り返した。今はまだ、これくらいがちょうどいい。
記憶を思い出した時、呆然とすると共に喜びに打ち震えた。あれは中学の2年になろうかというところだったと記憶している。
彼女に会えるのだと思うと、居ても立っても居られず、今からでも会いに行ってしまおうかと思ったほどだ。実際にそんなことはしなかったが、それほどまでに取り戻した記憶というものは大きなものだった。
ここがあのゲームの世界だとわかったのは友人の和樹の存在があった。彼はあるギャルゲーの主人公だった。
和樹はクラスの人気者で突っかかりにくいと言われる俺にもよく絡んでくれる気のいいやつだ。
巫明日香も、よく自分に話しかけてくれる。二人ともクラスのムードメーカー的な人間で、暖かな笑いに溢れたクラスだった。
だが、和樹と明日香はクラスメイトだが二人に接点があるというわけで無く、それぞれがそれぞれのグループの中で過ごしていた。
そんな彼らが付き合い始めたのは、自分が彼らを焚きつけたからだ。なぜそんなことをしたのかといえば、正直、巫明日香が邪魔だったからだ。
前世でプレイした乙女ゲーには隠しルートとして明日香の同性の友人が攻略対象として存在している。それが花山小夜子。俺の想い人。
転生してから、実際に彼女に会ったことはない。だがゲームの画面で何度彼女に会っただろうか。彼女に会いたくて彼女のルートを飽きるほど攻略したのを覚えている。だが、今回は明日香に小夜子を奪われるわけにはいかないのだ。
彼女に会う前に計画を練る。そのため彼女に関わるには、彼らが付き合ってた方が都合が良かった。
そうして高校に入学してからは、本物の彼女を追う日々が続いた。
後少し、後少しと彼女に関わる計画に微塵も違和感無く関わるために少しずつ距離を詰めて行く。
その過程で彼女も転生者なのだと気がつくが、そんなことはこの際どうでもいい。花山小夜子、彼女は彼女だ。
そして彼女と接するようになり、ますます彼女が欲しくなる。彼女はどこまでも優しい。攻略対象者にも手を抜くこともなく、真摯に向き合っていた。
彼女との日々は夢のようだった。甘いわたあめみたいな、口に入れればすぐ溶けてなくなる。もっともっとと貪欲に貪っても、溶けて消え欲は尽きることがない。
その日々も、いつの間にか終わりが訪れようとしていた。いや、終わらせはしない。俺は彼女にまだ想いを告げることができないでいる。
たった一言、好きだといえば、この関係は終わってしまうだろう。次に作られる関係の名前は一体なんだろうか。
手に暖かな温もりを感じる。彼女のささやかな温もりが俺の背中を押してくれた。
前世から俺の一番大好きな人。
絶対に逃がしはしないよ。
花山小夜子
転生者。乙女ゲーの主人公の友人に転生する。元々世話焼きな性格なので、攻略対象者達にも手を抜くことなく真っ直ぐに接する。晶馬のことが好きという自覚はあるが前には進めていない。
赤城晶馬
転生者。ギャルゲーの主人公の友人に転生する。学年中の女子の視線を集める程度にはいい男。中性的な美貌の持ち主だがだがいざという時はとても男らしい。裏方で小夜子に近づくため暗躍する。元女。




