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桜井香里はもう一度。

 

 冬華とうかが泊まりに来た翌日、彼女達は学校を休んだ。一日をリラックスして過ごし、平日でありながら休日のような時間が流れる。

「けれどまさか、休むと言ってなんのお咎めもなしだとは思わなかったわ……」

「みんなすごく優しいんだ」

 普通、何も言わないということはない。だが無関心というわけではなく、香里かおりを気遣ってのこと。彼女のことをよくわかっているからこそなのだろう。

 つまり、今日は特別。休養して体調を整えたら、また普段通りの日常に戻らなくてはならない。その為の一日。

「何かしたいことはある? ……と言っても、外を出歩くわけにはいかないけれど」

 学校を休んでおきながら堂々と外で遊び回るような真似が出来るほどの度胸は、さすがの冬華にもない。一応、彼女も表向きは真面目な生徒で通っているのだ。

 むしろ、香里の方こそ今になって気に病んでいないかと考えていたが、杞憂に終わった。

「あるよ」

 香里の返答はあっさりしたもので、サボりを気にしている様子はない。

「あたし、小説が書きたい」

「大丈夫?」

「大丈夫」

 力強く頷き、早速パソコンを立ち上げる。

 香里を見ている限り、気持ちもかなり快復しているようで、いつも学校で見ていたような姿だと思えたが、それでも冬華は不安を覚えた。無理をしているのではないか。心無い言葉を思い出して、また傷つくのではないか。

(いつからこんなに心配性になったのかしらね)

 より正確に言うなら、私はどうしてこの子に入れ込んでいるのか。

 クラスでは普通に人と話し、必要とあらばコミュニケーションもとっているものの、胸の内を打ち明けたり、好きな物を共有するような友人はほとんどいない。必要もないと思っている。

 だが、今の冬華の内には「香里ちゃんには傷ついてほしくない」という、まるで子供が感じるようなシンプルな感情が存在していて、それをハッキリと自覚している。

(友達……ね)

 そんな風に考えた時、起動してデスクトップを表示しているパソコンを前にした香里から声がかけられる。

「冬華ちゃん……あの感想、どうしたらいいかな……?」

 困ったような笑顔。

 これ以上気にするつもりはないが、対処も手に余るのだろう。

「削除したらいいわ。作者なら自由に管理できたはずよ」

「……そう、だよね」

「ええ」

 どこかでそうするのがいいと理解していたのか、香里は素直に例の感想を削除した。

 冬華は香里が何を思うか気にすることもなく、自身の髪を弄びながら言う。

「今回は残念だったけれど、ああいう人ばかりじゃないわ」

「うん。わかってる。冬華ちゃんみたいに、すごくいい人もいるもん」

 身も蓋もないことを言えば、友達の少なそうな発言だ。

 だが、そのようなことが些末だと思えるほど、彼女も、また彼女も。冷たくはない。

 だから、冬華の方から言う。スマホを眺めながら。

「人のことばかり気にし過ぎね」

「ん……そうかな」

「そうよ。今だって、文字を打つ手が止まってるわ」

 返答ははなかった。代わりに、キーボードを叩く音が部屋に響き始める。

 香里の許可を取って、部屋にあった小説を開く。BGM代わりの打鍵音が心地よく感じられ、普段よりも読む速度が落ちているのがわかった。

 静かな沈黙の時間が刻まれていく。

 とても高校生女子の友人同士とは思えないほど会話もなく、目を合わせることすらもない。だが、二人の時間はそれでよかった。それがよかった。

 ふと。

 気になっていたことを、もう一度尋ねてみる。

「香里ちゃん」

「なに?」

 やはり目線はモニターと小説と。

「小説家になりたい、とは思わない?」

 ネット小説としてサイトを巡っていれば、他人の作品が気にならないのは最初の内だけ。気にしないで書き続けられるのは一種の才能なのだとさえ冬華は思っている。

 そして、彼女はその才能を持っているかもしれないとも。

 香里の返答に、逡巡や躊躇いはない。

「思わないよ。冬華ちゃんがそうした方がいい、って言うならそうするけど」

「言わないわよ、そんなこと」

「でしょ? だからいいの」

「そう」

 いつかまた、それとなく勧めてみよう。

「冬華ちゃんこそ、もう書かないの?」

「……は?」

 あるはずのない言葉に、思わず変な声が出た。

 今、なんて?

 モニターから目を離した香里と目が合う。

「冬華ちゃん、前に書いてたことあるんじゃないの? 小説」

「……どうして?」

「なんとなくそう思っただけ。はるちゃん……えと、昔からの親友と似てるところあるから」

 本人に伝えるのが恥ずかしいのか、香里ははにかむ。

「自分が経験した嫌な思いとか、そういうのをあたしがしないようにしてくれてるっていうか……先回りして見守ってくれてるみたいで」

「私は貴女の母親じゃないのよ?」

「えー? でもそうでしょ? あれこれ教えてくれたり、選択肢を示してくれたり。でも強制したりは絶対にしない。最初の印象は少し怖いのかと思ってたけど、本当はすごく優しい」

 言わないでほしい。

 本気で、照れるから。

「違うわよ。勘ぐり過ぎ」

「ん。そういうことにしとく」

「……今日はやけに意地悪ね」

「いつものお返し」

 昨日は心配……まではしてないけれど、恩を仇で返された気分だわ。

 私が強制していいことなんか何もない。趣味なのだから、彼女の好きにしたらいい。それだけ。

「それで、やっぱりもう書かないの?」

「……そうね。私には向いてないのよ。才能がどうとか、そういうことではなくてね。誰かの作品を読むことが好きなのよ。……一時期、書くのが辛くて小説そのものが嫌いになりそうだった。だからやめたの」

「……そっか」

 上を見ればキリがない。頭ではわかっていた。けれど、他人を気にしないで書き続けるという才能は持ち合わせていなかった。

 好きだったはずのものが嫌いになるくらいなら。

 やめてしまうことは、恥でも何でもない。

 逃げ場を作ってあげないと、誰かがそれを示してあげないと、人は苦しみ続けてしまうから。

「だから、香里ちゃんもやめたくなったらいつでもやめればいいわ。前にも言ったけれど」

「多分、やめないよ」

「そう?」

 香里は歩み寄ってきて、冬華の目線の高さに屈んだ。

「読んでくれる人がいるから。少なくとも、一人は」

「本当に一人だけかもしれないわよ?」

 意地悪を返したつもりだったが、香里から返されたのは飛び切りの笑顔だった。

「いいよ。大事な人が見てくれるんだもん」

「……敵わないわね」

 香里と冬華はひとしきり笑い合う。

 そして再び、文字が紡がれる音と、物語が続きを教えてくれる音だけが流れ始めた。




この話はここで完結になります。読んでいただいてありがとうございました。

なろうで作品を投稿していると、どうしてもポイントが気になったり、書籍化がどうとかいう部分に目が行ってしまうものです。

そういったことや、酷い感想(私はそういうのもらったことないのでよくわからないのですが)が原因で書かなくなってしまったりする人は意外と多いらしく、だったらというんで書いてみました。私は小説を書くことがすごく好き、というわけではないので、どういう気持ちで皆さんが書かれているかはあくまで想像でしかないのですが……。

現実はこんなに都合よくないでしょうが、読了ツイートだとか、感想や問題点の指摘が欲しいと思うなら友人を作るのが多分一番早いと思います。多分。

ともあれ今作は「嫌いになるくらいなら創作なんてやめちゃえばいいよ」という身も蓋もないお話でした。「頑張れ」とか「今は辛くても辛いことばかりじゃない」とか、鼓舞する気は一切なかったです。個人的にはそれってかなり残酷なことだと思うので……(小声)

そんな性格のよろしくない作者の、性格のよろしくない話にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。


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