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桜井香里は謳歌した。

 

 ファミレスで昼食を終えた二人は、そのままそこで雑談に興じた。香里かおりはドリンクバーから取ってきたメロンソーダをのんびり喉の奥に落とす。

「そういえば冬華とうかちゃん。どうしてあたしをあそこに連れて行ったの?」

「余計なことだとは思ったのだけれどね」

 冬華はホットココア。何故かカップを両手で包むように持って口元へ運ぶ。

「言っていたでしょう? 何の為に書くのかわかっていないって。趣味でいいとは言ったけれど、選択肢の一つとして覚えてもらえたらと思ったのよ」

「そっか……ありがと。あんまりそういうの考えてなかったんだけど、実際に触れてみて、ちょっと考えてみようかなって思った」

 コップの中身を空にした香里がリュックからそれを取り出す。

「どうしたのよ? パソコンなんか出して」

「うん。これ、あたしのなんだけどね。今新しい話を書いてるから、ちょっと冬華ちゃんに見てもらいたいなと思ったの」

「別にいいけれど……投稿してる方は大丈夫なの?」

「あたしもそう思って書かないようにしてたんだけど、合間合間につい……ごめんね?」

「……まあ、今のところそっちに支障はきたしてないし、書きたかったのなら仕方ないわね」

 執筆中状態の中からそれを選択して開き、画面を向こうへと向ける。

 冬華は初めて会った日のようにものの数分で読み終えて、香里に返す。書いてある部分が短かったとはいえ飲み物を取りに行っている間に読破されており、香里は目を丸くした。

「冬華ちゃんは読むのすごく速いよね」

「速読も出来るってだけよ」

「そんなに速かったら、一日の間にたくさん小説読めるね」

「え? そんなことしないわよ?」

 表情の変化に乏しい冬華が珍しく驚いた顔で香里を見た。

 言われた香里の方も意味がわからず、首を傾げて問い返す。

「え? どうして? だって、速読できるんでしょ? ってことは、短い時間の間にたくさん読めるんじゃないの?」

「速読はあくまで作業用のスキルよ。そりゃ、速読でも内容もきちんと頭には入るけれど、小説ってそんな風に話をなぞるだけのものじゃないわ」

「わかるような、わからないような……」

 内容が理解できるなら、速く読もうが遅く読もうが同じではないのか。心を読み取ったかのように、冬華から質問が投げかけられる。

「小説……ノベルの最大の強みって何だと思う?」

「最大の強み……? 重厚なストーリーとか、深みがあるとか?」

「それはマンガやドラマ、歌の歌詞でも出来るじゃない。ストーリーというのは小説の専売特許じゃないわ」

「あ、そっか。……うーん、じゃあなんだろ……」

 それについて、彼女は初めて深く考えた。以前から読書家ではあったものの、読んでいる時も、書いてみてからもそんなことは考えもしなかった。

 マンガが台頭してきて、アニメやドラマという映像媒体が出てきて、それでも小説は生き残り、愛され続けている。むしろ、「原作小説が一番いい」という声を聞くのは日常茶飯事。小説がメディアミックスしたところで、原作を越える評判になることは少ない。

 直感的に視覚に訴える絵も少ない。音や声もない。読み進めるのに時間がかかる。身も蓋もないことを言ってしまえば、ただの文字の羅列でしかない。それが小説。

 だが、理屈で考えてみるとつまらなそうなそれは人々を惹きつけてやまない。冬華もそう。香里だってそう。書き物の森に登録している人のほとんどがそうだろう。

 どうしてだろう。

「……わかんない。小説は好きだけど、明確な理由って思いつかないよ」

「私はね、小説が好きだから速読はしない。私にとって一番魅力的に映るそれを消してしまっては意味がないもの」

 小説の魅力。

 一番身近で、一番シンプルなはずのそれがいまいち理解できず、唸る。通路を通り過ぎた客に変な目で見られたが、香里は気づきもしなかった。

「わかんないよー! 答えはなんなのー?」

「それは自分で見つけるものよ」

「いじわるぅ……」

「なっ……意地悪で教えないんじゃないわよ。そうでないと意味がないだけで」

 変なところでケチだ。そう思った。

 じとっとした目で冬華の瞳を見つめるが、何の効力も発揮しなかった。せいぜい、彼女はまつげがかなり長いという、今さらな情報が得られた程度のものだ。

 冬華はすました顔で席を立ち、ココアを注いで帰還する。

「で、この話だけどね」

 そうだ。今は新作を読んでもらっていたんだった。

 当初の目的を思い出し、居住まいを正す。

「いいんじゃないかしら。面白いアイデアが盛り込まれているし、テンポもいい。作風も香里ちゃんらしくて好きね」

「あ、あたしらしい?」

 今まで褒められた記憶がほとんどない香里は思わず訊き返す。頬が少し熱くなっていて、本当に言いたいこととは違うことを口走った自分をほんの少し呪った。

 香里の内心など知る由もない冬華は普段通りの冷静な声音で返す。

「そうね。これは、香里ちゃんにしか書けないものよ」

「そ、そんなことないよ……そんなに褒めちぎられたら照れちゃう」

「そう? なら遠慮なく言わせてもらうけれど、誤字が目立つわ。少しずつ減ってきていたから成長したのかと思っていたのに残念だわ」

「あぅ……」

 そっかあ……あたしにしか書けないのかあ……ふふっ。

 今度は頬が緩んでくる。その浮かれようたるや、テーブルに意味もなく「の」の字を書き続けるほどだ。ぶっちゃけ、誤字のくだりなどなんのダメージもない。

 呆れ顔が目に入った。

「……まあいいわ。でも、やっぱり今は我慢して置いておきなさい。並行して作業するのは私は反対」

「うんっ。手直しするのも楽しいし。それに、まだ全然この先考えてないから大丈夫だよ」

「フラグにならないといいけど」

 心配そうな顔をしつつもとりあえずこの話題にはそれ以上触れず、香里が投稿し続けている処女作にアクセスした。

「ん……お気に入り登録が結構増えてるじゃない」

「え、それどうやって見れるの?」

「知らないの? 普段使ってるでしょう?」

「書くことには使うけど、あんまり人のは読んでないんだ。今は本当に書いて投稿してるだけ」

 まだ登録して数日である。それに、彼女には改稿という大事な作業があり、まだまだ要領を得ていないこともあってそれにしか気が回っていないのだ。

「ここを押すと、作品の情報が見れるわ。マイページから触れば編集も可能よ。タイトル、あらすじ、タグの変更も出来るから、マイページからの見方を覚えておくといいわ」

 説明を受けながら作品の情報を見てみると、そこには確かにお気に入り件数が表示されていた。ちょうど序盤が終了した辺りで、現在その数は三十。

 ただ、すごいのかどうなのかはよくわからなかった。

 察した冬華が追加で説明を寄越す。

「一人のユーザーがお気に入り登録できる作品数には限界があるのよ。本棚と同じね。つまり、三十人が「この作品は自分の本棚に収めておきたい」と感じたってことよ。ただ、お気に入り登録しないでも話を追いかけて読んでくれる人はいるわ」

「……ってことは、すごいの?」

「ええ。少なくとも、三十人の心にはとても響いたと言っていいはずよ」

「さんじゅう……一クラス分くらい……えっ!? すごいよねこれ!?」

「喜んでいいことよ」

 ようやく実感を得た香里がファミレスの店員に窘められて顔を赤くするのは、その数分後のことだ。


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