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桜井香里は満喫した。

 

 日本には休日という制度が存在しており、それは高校生である桜井香里さくらいかおりも当然知っている。そして休日に学校で級友に会うのは部活仲間でもなければ不可能で、つまり今日は学校がないから冬華とうかには会えないということになる。

 だが、連日放課後を共に過ごした友人とは、土曜日である本日も一緒にいる予定である。

「休日に友達と二人で会うなんて……リアじぅ。リアじぅのすることだよ」

 暗くしたスマホを鏡代わりにして前髪を気にしつつ、待ち合わせ場所へとゆっくり歩く。背負ったリュックが少し重たいが、足取り自体はかつてないほどに軽い。歩きスマホも同然の行いをしているので、周囲には普段より一層気を配って速度は亀のそれだ。

 リア充、とはいうものの、香里にははるかという立派なリア充友達がいる。幼馴染でありながら真逆の成長を遂げた二人だったが、なんだかんだ仲は相当いい。遥の方は毎晩必ずSNSでメッセージを送ってくるし、香里の方も気づいたら優先的に返信する。

 逆に香里の方からは用事でもない限りそんなことはしないが、それは大事に思っていないからではなく、とても大事な親友だからこそ、それくらいで関係は途切れたりしないという香里からの信頼の表れでもある。そして、それを彼女はきちんと心得ていた。

 だが、休日となるとタイプが違いすぎる。遥には付き合いがあり、中学以降、休日を二人で過ごす機会などほとんど存在しない。ゆえに休日は大抵ぼっちなのである。

「大丈夫かな……変じゃないよね?」

 香里も立派な女子。ファッションには普段からそれなりに気を遣っている。彼女の外出を珍しがっていた姉も「……まあ、いいんじゃん?」と歯磨きしながら太鼓判を押してくれた。あとはそれを信じるしかない。

 どんなことをしよう、何を話そうかとワクワクしながら歩む彼女の目に、それは見えてきた。

 待ち合わせ場所に指定した時計台。おんぼろでところどころペンキも剥がれているような有様だが、その下に、似つかわしくない人物の姿があった。

「冬華ちゃん!」

 最近視力に自信がなくなってきた彼女だったが、見間違うはずがないほどの存在感。手を振りながら駆け寄る。

 向こうも香里に気がつき、小さく手を振って応じる。

「おまたせ。ごめんね? 待たせちゃって」

「ええ。ずいぶん待ったわ」

「あーっ。またそうやって意地悪言うんだー」

「ようやく冗句(ジョーク)もわかってもらえるようになって助かるわ」

 冬華のジョークは香里にはわかりにくい。全部を本気だと受け取りがちで、だからこそ冬華の方も迂闊うかつな冗談や、じゃれ合いのような皮肉が言えない。だが、数日間会う度に言い続けたことで、このフレーズは冗談、冬華は怒ってなどいないことを香里は理解した。

「まだ集合の二十分前だよ? 早いね?」

「初めてで遅刻しても印象が悪いじゃない。普段はこんなに早くないわ」

 とりあえず行きましょうか、という冬華の一言をきっかけに、二人の休日は始まった。

 コンビニで飲み物を確保した彼女達がまず向かったのは、駅ビルの中にある書店。思春期の少女の定番行動「とりまスタバ」を無視してまで向かったそこは、アニメショップと呼ぶ方が近いのではないかというレベルで品揃えに偏りがある本屋だ。

 香里は実のところ「そういう趣味の店」には馴染みがあるが、

「冬華ちゃんもこういうところ来るなんて意外」

「そうかしら?」

「マンガとか読まなそうだもん」

「マンガだって読むし、アニメもたまには見るわよ」

 そう言いながら、まだ開店直後で人の少ない店内を奥へと進んでいく。少年マンガコーナーを突っ切り、ライトノベルコーナーを抜け、突き当たったところにそれはあった。

「私が一度貴女を連れて来たかったのはここよ」

「うん……? これも小説でしょ?」

 そこはやはり小説の並べられたスペース。ただ、中高生をターゲットにしたライトノベルとは違い、サイズがやや大きい。一般的な文芸小説のようなサイズだ。

 冬華はその中の一つを手に取り、何故か帯の内容だけを確認してから香里に渡した。

「『書き物の森発の人気作、待望の書籍化!』……ってことはこれ……!」

「そうよ。この一角は全部そう」

「こんなにあるんだ……」

 出版社(レーベル)が違うらしく、サイズや表紙の厚さも様々。だが、ネット小説を取り上げてくれる会社もそれだけ数が存在するということになる。

 BGMとして店内に響くアニメソングに消されないような声で冬華が言う。

「ネット小説というのは近年勢いが増してるわね。夢があるというのも大きいのでしょうけれど」

「はぁ~……すごいね~……」

「……前から思っていたけれど、香里ちゃんは感動すると語彙が貧弱になるわね」

 呆れの混じったそれも、既に香里の耳には入っていない。ジャンルもタイトルも関係なく、あれやこれやと手に取っては表紙のイラストを眺め、あらすじを読み、次を手に取る。

 書いた作品が、こうして形を得て書店に並ぶ。そして、今の彼女達と同じように誰かがここを訪れて、夢を得るのかもしれない。そう考えると、普段見慣れている小説とはまた違って見えてくる。

 まさにその空間は、夢そのものが溢れる場所だった。

「すごいね……いいよね、こういうの……」

 ボキャブラリの弱さに再度苦言を呈そうかと考えた冬華だったが、

「……そうね。いいわね」

 それだけ言って、あとは好きにさせることにした。

 自身も一冊の書籍を手に取り、その表紙を物憂げに眺める。沈黙を保ったまま。

「……」

 そしてやはり何も言わずにそれを戻す。

 ため息。

「冬華ちゃん? どうしたの?」

「いえ、さすがにお腹が空いてきただけよ」

「あ、そうだよね。ごめんね? 夢中になっちゃって」

 冬華は小さくかぶりを振り、「気にするな」の意を示す。

 二人は連れ立ってその場をあとにする。

 まだ、休日は始まったばかりである。


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