一章 一撃目 お屋敷
駅出入口前の大通り。
そこに止まりローゼを待っていた車で、ナナイはローゼの屋敷に向かっていた。
窓から外をナナイは見ていた。
歩く人達は何らかの荷物を持った人が多い。
ナナイがやってきた第一島は装甲汽車の駅があり、ヘルムビルの玄関だ。
外からやってきた人の数が多いため、大通りに並ぶ建物はホテル等の宿泊施設が多い。
車の向かい合って配置された座席は、革張りで座り心地が良く長時間座ってられそうだ。
向かいの座席に座ったローゼを見て、まだ大事な事を聞いていなかったのをナナイは思い出す。
「そういえばローゼさん? は一体何者? メイドさんがついてるからお金持ちみたいだけど」
ナナイは座席の間の床に、挟まる様に転がったアエネアを見る。
さっきまではローゼの隣に座っていたのだが、ローゼの膝を枕にしようとしたところ、拳骨を貰ってこうなったのだ。
先ほども、アエネアが投げ飛ばされ二次被害を受けたので、大丈夫か聞いても、何時ものことだと流されてしまったのだ。
(まあ、はあはあ言いながらスカートの中を覗こうとしてるから、どっちもどっちだけど)
覗くのは止めて、直接スカートを捲りに行ったアエネア。
その機械の手をローゼは踏みつけて動けなくする。
「まだ言ってなかったわね。じゃ、改めて自己紹介を」
ごほんと咳払いをするローゼ。一度区切るのは雰囲気が大事だからだろう。
「私の名前は、ローゼベル・モニー・クラッスラ。クラッスラ商会の一人娘になるわね」
自信満々にローゼは言った。
言えばナナイが驚くと思ったのだろうが。
「クラッスラ商会? なんか聞いたことある商会だな」
肩透かしを受けたローゼは、ショックのあまりアエネアの拘束を緩めてしまう。
その隙にアエネアはスカートの中に頭を突っ込み、ローゼの華麗な足技で意識を刈り取られた。
(ヤバイ、何だあの足の動き、手慣れ過ぎだろ! というか、何で平然とローゼはアエネア気絶させてんだよ。怖ーよ)
ローゼの慣れすぎた手捌き、じゃなくて足捌きに戦慄していたナナイだった。
しかし、当の意識を奪った人の衝撃はもっと大きかった様だ。
「あなた、ナナイは機士なのよね、それなのにクラッスラ商会を知らない!? 機兵用のパーツを取り扱って、機兵関連製品で大手に入る商会よ!?」
「いや、別に知らないわけじゃなくてですね、ジャンクパーツを使っていたので、あまり意識して覚えたりしなかったかな〜って…………」
動揺のあまりローゼは、プルプルと意味のない動きをして床を踏みつける。
当然床に転がっていたアエネアが踏まれて、うっ、と呻きを上げ、金属製の床がひしゃげる音を上げた。
「ああああーーーー! 嘘、やっちゃったわ」
急に叫び出して頭を抱えたローゼは、修理代、修理代と呟いている。
金属をひしゃげさせる女の子にビビっていたナナイだったが、急にその女の子に睨みつけられ硬直した。
ローゼの瞳には、戦意の様なものが煌々と灯っていた。
「ナナイのせいで、車壊しちゃったじゃない!」
(えぇ〜、理不尽)
「ってそんなことより! 私の専属機士になるのに、勤め先のことを何にも知らないなんて大問題だから、今から私がみっちり教えてあげるわねっ!」
「マジか」
そのままナナイは屋敷に到着するまで、みっちりとローゼ先生の講義を聞かされたのだった。
☆☆☆
「ああ〜、じがれだ」
屋敷に到着し、地獄のローゼ口頭丸暗記から、ナナイは解放された。
「ふふ、良いではないですかナナイ君」
言ったのは、ようやく意識を取り戻したアエネアだ。
床に転がっていたのに、メイド服にはシワが少しもできていない。
凛々しい立ち姿は、まさに一流のメイドさん。
優しく微笑むアエネアに、ナナイは綺麗だと思う。
ローゼの様な作り物めいた美しさとは違う。人が美人と聞いてイメージする美しさだ。
「私何かお嬢様と触れ合う時間よりも、気絶してる時間の方が長い気がしますし」
中身を知ったら、美人よりも残念な人にイメージが変わるが。
そこでローゼが戻ってくる。
なにやら運転手と話していたので、ナナイとアエネアは屋敷の扉前で待たされていたのだ。
そして車は、屋敷の広い庭を走って出て行ってしまった。
「おいローゼさんよ、車がどっか行っちゃったんだが」
「あれはレンタル。車を所有何て金の無駄よ。まあ、今回はそのせいで高くついちゃったけどね」
ジト目でナナイを睨んできたローゼ。
(どう考えても俺のせいじゃないと思う。つーかお嬢様なのに、無駄にケチだな)
屋敷に入る前、屋敷を見渡す。
3階建ての屋敷はでかくて、この辺りではあまり見ない様式でレンガ積みだ。
「都市連合とかにある建物に似てるな。この辺りは木造が多かったと思ってたけども」
「大きい屋敷だと、都市連合とかの様式が多いわね。というかナナイ、あなたヘルムビルに住んでたことがあるの?」
「小さい頃な、大したことはしてないけど」
「してないって、なにがよ」
腑に落ちないといった様子のローゼの質問には、ナナイは答えなかった。
屋敷に入った三人。
広々とした玄関にはナナイでは理解できない、様々な調度品が置かれている。
「何だ、ケチくさいこと言ってる割に、いろいろ置いてあるじゃん」
「お金があると、見栄えが大事になってくるの」
ナナイには理解出来ないが、そういうものなのだろう。
実感が薄かったが、こうして屋敷に来てようやく、自分が凄いところに雇われたと実感するナナイ。
(ここなら、アレもだいぶ捗りそうだな)
「私お風呂に入ってくるから、アエネアはナナイを部屋に案内して。その後、やることがあるから私の部屋に連れてきてね」
「かしこまりましたお嬢様!」
ローゼはそう言って、玄関正面にある横幅の広い階段を登って、行ってしまった。
「それではナナイ君、ここから私が案内させて貰います」
「えっと、アエネアさん、でいいんだよな」
「アエネア、でいいですよ。これから同僚となることですし」
「それじゃあ、よろしく頼むわアエネア」
「はい! 任せてください」
アエネアに案内されたのは1階の端にある部屋、なのだが、
「何というのか、殺風景な廊下だったな。変な置物とか、玄関以外に置いてなかったし」
ナナイの率直な感想に、アエネアは少しだけ困った顔をする。
「お嬢様は無駄が嫌いというか、余計な出費が許せないんです。だから基本的に来客が目にするところ以外に、調度品は置いていないんです」
アエネアは、だけど、と一拍置いて、
「そこがお嬢様の可愛いところなんですけど。ああ〜ん、夜な夜な家計簿をつけて、出費に頭を悩ませるお嬢様が、可愛くて可愛くて」
メイドさんから変態にクラスチェンジした。
その時を思い出したのか、アエネアは目をトロンと蕩けさせ、身悶えている。
(車の時に分かってはいたが、凄い変態だな。ローゼは家計簿つけてるのか簿記じゃなくて。ケチというよりも貧乏性だな)
車に乗った時、いきなりローゼにアエネアが、かなり過激なスキンシップを仕掛けて驚いたことをナナイは思い出す。
その後、鋭い一撃でアエネアを気絶させたことに、さらに驚き戦慄したのだが。
アエネアが案内してくれたのは、使用人用の一室だ。
部屋はベッドと机と椅子と非常に簡素だが、ナナイは安心した。
ローゼは貧乏性だと思った時から、部屋には家具なんて置いてないかと予感がしていたのだ。
実際は、家具もあって電気も通じている普通の部屋だった。
「しかしベッドか、俺ベッドの柔らかさ苦手何だよな〜」
そんな呟きを聞いたアエネアは、
「大丈夫です! そのベッド経費削減で固いですから!」
「うわすごいーー、俺にぴったりのベッドなのに全然嬉しくないー」
ナナイは荷物を置いて、中身を整理していく。
アエネアは、部屋の掃除をしてくれている。と言っても、普段から手入れが行き届いているのか、軽く掃除機で部屋の埃を取るくらいだ。
机の上にラジオを置く。
古いので、昔は木の明るい茶色だった色が、黒く変色している。
「そのラジオ、随分と古いですね。それもジャンク品何ですか?」
ラジオを見たアエネアが言った。
「いや、これは違う。俺の大事な宝物だよ。まあ、直したりして中身は殆ど別物だけどな」
「へえ〜、良いデザインのラジオです」
掃除を終えたアエネアが、掃除機を仕舞ってきてた。
「さて、掃除も終わりましたし。そろそろ、お嬢様の部屋に行きましょうか」
「ローゼさんの部屋も、家具が安物だったりするわけ?」
「それは見てからのお楽しみです」
はぐらかされてしまったが、ナナイはお嬢様とはいえ、初めて行く女子の部屋に内心ワクワクしているのだった。