七撃目 エピローグ
巨大な湖にある島々に作られた都市、ヘルムビル。
その第一島と名付けられた島に、装甲汽車の停車駅が存在する。
どこも似たような、とんでも無い大きさの装甲汽車用の駅。そのホームにナナイは立っていた。
乗客はとうに降ろされ、今は装甲汽車運営の関係者と思わしき人達が、あっちこっちを行ったり来たりしている。
「いやあ、今回は大変でしたよね! とっても楽しかったです」
心の底からそう思っている、みたいな笑顔でラトレイが言った。
「退屈な移動ではなかったと思うけど、楽しくはなかったな」
少し疲れた表情でナナイが言う。
虫との一戦の後、装甲汽車は無事に駅に到着した。
そこからは大変で、ナナイは事情聴取をされたりしたのだが、屋根の上で戦った件で捕まるようなことはなかった。
それどころか、汽車の修理費用は払わなくて良いことになり、後日感謝状を渡すと言われたくらいだ。
実際は、ナナイは機兵が壊れて赤字なのだが、別の目的が果たせたので、問題にはしていない。
今、こうして二人でいるのはお別れをするためだ。
ナナイは、はっきりとした目的は無いにしても、ラトレイにはヘルムビルですることがあるらしいので、駅で別れることになったのだ。
二日に満たない時間しか過ごしていないのに、ナナイにはそれ以上の時間を過ごしたように感じる。
「それではお別れですね、ナナイさん。この二日間は最高に楽しかったですよ」
「お別れっても、お互いにこの都市にいるんだから、また会うかもな」
「はい! それでは、さようなら!」
ぺこりと頭を下げたラトレイ。
ラトレイは持ち辛そうなでっかい鞄を持って、出口に向かおうと一歩踏み出し振り返る。
「忘れちゃうところでした。ナナイさん、これをどうぞ」
「?」
ラトレイがコートのポケットから取り出したのは、一枚の紙だ。
折り畳まれたその紙を、ナナイは受け取り広げる。
紙には、汚い字で数字がいくつか書かれていた。
「これって、電話番号?」
「そうです。私がお世話になる予定の、ですけど。もし、楽しそうなことが起きたら教えてくださいね」
(楽しい思い出のお礼、とかじゃないのかよ!)
心の中でツッコミを入れてから、苦笑いてナナイは言った。
「あ、ありがたく貰っとくよ」
「また楽しいことが起きたら、一緒に遊びましょう!」
「そうだな」
ナナイは苦笑いでは無く普通の笑みを浮かべて、そう言えた。
短い時間だったが、ラトレイと一緒にいたら退屈することはなさそうだ。
それをナナイは、心のどこかで楽しみにしているのかもしれない。
「ナナイさん、また会うその日までー!」
「じゃーなー」
今度は振り返らず出口にかけていくラトレイ。
その姿が見えなくなるまで、ナナイは手を振っていた。
「さて、どうするかな」
ナナイは機兵関連の手続きがあるので、今すぐ駅から出ていくことはできない。
そもそも、特に明確な目的があった訳では無いので、今日泊まる宿すら決めていない。
頭の中では機兵用の倉庫がある、第二島辺りで泊まれる所を探す予定だった。
何はともあれ、今は手続きどころでは無い。
手続きが出来るようになるまで、駅にある喫茶店で時間でも潰そうかと、一歩を踏み出して、
「そろそろ、良いかしら」
声が掛けられた。
ナナイの後ろから声をかけたのは、ウェーブの掛かった金髪につり目がちの瞳をした美少女。
ベージュで、ミニスカートである事以外の露出が控えめの服を着ている美少女。
美少女が誰なのか、ナナイは一瞬分からなかったが、美少女のすぐ側に立つメイドさんを見て思い出す。
「もしかして、虫に殺されかけてた女の子?」
「ええそうよ、私がローゼベルでこっちがアエネア、よろしくね」
ナナイはローゼに、スカートを摘んだ丁寧なお辞儀をされた。
「あ、俺はナナイです、よろしく」
「そう、ナナイさんね」
可愛らしく微笑むローゼに、ナナイは見惚れそうになるが、同時に嫌な予感とともに寒気がした。
「助けてもらったこと、お礼が言いたかったの。貴方のおかげでアエネアと私は助かったわ、ありがとう」
頭を下げるローゼ。アエネアも同じく頭を下げている。
「い、いや〜別にわざわざ言いに来なくていいのに。まあ、どういたしまして」
「そう言ってもらえるとありがたいわ。それで、話は変わるけど」
和やかな雰囲気から一転、張り詰めた空気になる。
「貴方が壊した大砲、どうしてくれるのかしら?」
「……え」
「貴方が虫を倒した時に、ぶち壊してくれた大砲は私の商会の物だったの」
そう言って、ローゼがアエネアから受け取った紙を、ナナイの前に突きつける。
紙には、大砲の費用の文字とゼロが沢山後ろに付いた数字が書かれている。
「これ、壊れた大砲をもう一度作ると掛かる費用何だけど、どうしてくれるのかしらね」
全身から、冷や汗が出てくるのをナナイは感じていた。
「いや、その、ほら、貴方達を助けるために仕方なく……」
ナナイはどうにか思いついた言い訳を言った。
「あの大砲は厳重に保管されて、すぐに使う事が出来なかったはずね。私達が虫と戦ってからピンチになるまで、10分掛かってなかったけど、貴方は未来予知ができるみたいね、凄いわ」
バッサリと切り捨てられた。
ナナイはどうすれば良いのか分からなかった。
紙に書かれていた金額は個人で到底払える額では無い。
それどころか、結構な規模の商会であっても無視できる額ではなかった。
そこでナナイがとった行動は、
「ごめんなさい、分割でお願いします」
土下座してからの謝罪だった。
「貴方に払えるの? 払えそうに無いなら、私の伝手で死ぬまで鉱山で働かせてあげるけど」
ローゼが言ってから、アエネアが恐る恐るといった感じで言う。
「あの、お嬢様、いくら何でも全額返済は酷すぎると思います。助けてくださったのですし、割引してあげては……」
「分かってるわよアエネア。このままだと貴方は破産して、私は大損……」
だから、と一泊置いてからナナイを指差すローゼ。
「貴方、専属機士にならない?」
「専属機士?」
ナナイは聞きなれない単語に、頭をひねる。
「単に、私の商会の元で機士として働いてって、ことね。受けてくれたら、大砲の費用チャラにしてあげる」
願っても無い提案だ。はっきり言ってナナイは、メリットしか無い。
喜んで首を縦に振ろうとしたナナイを、ローゼの続く言葉が静止させる。
「ただし、無報酬、住み込みで雑用もして貰うからね」
「えぇぇ……」
「当然でしょう。逃げられたら困っちゃうし、大砲の損失だって無くならないものねっ。それで……返答は?」
「お受け……いたします」
ナナイが、クラッスラ商会の新たな仲間となった瞬間であった。
荷物を持ってとぼとぼと後ろをついてくるナナイを尻目に、アエネアはローゼにだけ聞こえるように言った。
「お嬢様はもしかして最初から、こうしようとしたんですか?」
ローゼの端正な横顔が、小さく微笑む。
「損失が一番減るのが良いじゃ無い? それに」
「?」
「もしかしたら、大砲何て目じゃないくらいの拾い物だったかもね」
微笑みが可愛らしい笑顔に変わる。
それを見たアエネアが、興奮して抱きつこうとしてローゼに殴り飛ばされ、ナナイにぶつかり一緒に吹っ飛んだ。
「ぐっはああああーー」
「あら、ごめんなさいね、ナナイ」
プロローグ章的なものが終わっただけで、まだ続きます。