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六撃目 機兵登場

  振り落されたアエネアは、空中で体勢を立て直し着地した。

  落とした蒸気銃を拾わずに、ローゼのもとに駆け寄った。

  ローゼの体は並の人とは比べものにならないほど頑丈だが、10メートルを超える巨大に体当たりで、無傷では済まない。


  倒れたローゼをアエネアは抱き起こし、怪我の具合を確認する。流石にこの状況でローゼの体に変なことをしたりしない。

  頭を打ったのか、額から血が垂れている。意識を失っているようだが、呼吸をしている。

  アエネアは一先ず安心するように体の力を抜いた。


  無理に動かすのは危険、だが今の状況はもっと危険だ。どうするのが最善かアエネアは考えようとしたところ、屋根が軋み、嫌な音を立てながら何かが近づいてくる。

  先ほどギンカミキリを吹き飛ばし、ローゼの命を救った一撃。

  あの威力は個人で携行できる兵器で出せる物をアエネアは知らない。


  それならば答えは一つ。

  アエネアは振り返り、ソレ、を見上げた。

「機兵……」

  呟きは、感動のためでも喜びでも無い、あまりにも場違いな物を見たために漏れた呟きだ。

 

  数百年の時を隔てて動いている、二本の足で直立したそれは、高さ6メートルはあるだろう。

  後から付けられた、汚れていても鋼鉄の輝きを放った装甲は、両腕や胴体を包んでいるのに、脚だけは古代の遺産で出来た灰色を晒していた。

  鋭角的な頭部についたモノアイが、ギンカミキリとアエネア達を行ったり来たりしている。


  背部についた、鋼鉄製の蒸気機関は余剰蒸気を吐き出し、準備万端と言った様子だ。

  直ぐには襲ってこないと確認したのか、胸部が開き中から一人が華麗な身のこなしで飛び降りてくる。

  出てくる瞬間、蹴飛ばされるように落ちたのはアエネアの見間違いだろう。


  降りた少女が、そのままアエネア達に走り寄ってくる。

「どうもっ!」

  元気いっぱい挨拶をしてきた、全身白づくしの少女はラトレイだ。

「貴女は……」

  不信感たっぷりにアエネアは聞いた。

「私の名前はラトレイと言います! なんだか怪我をしているみたいなので、追い出されてきました」

「えっと、私はアエネアと言います。そしてこちらが私の愛しのお嬢様、ローゼベル様です」

  そこだけは譲らんとばかりに、ローゼ大好きをねじ込んでくるアエネア。


  ラトレイはふむふむ言いながら二人を観察する。

「どうやらローゼさんはお怪我なされているご様子。どうぞこれらを使ってください!」

  返事をする間も無く、ラトレイはコートの内からどんどん医療グッズを取り出していく。

「ありがとうございます、いただきます」

  ラトレイの怪しさよりも有り難さが勝って、ラトレイが差し出してきた医療グッズで、アエネアはローゼに応急処置を施していく。


  処置をしながらアエネアがラトレイに尋ねる。

「貴方達はいったい……」

「私達はただの乗客ですよ。あそこの」

  ラトレイは、ギンカミキリを睨みつけている機兵を指す。

「機兵に乗っているのがナナイさんです。ナナイさんが機兵で虫を倒そうとしたので、私はついてきただけですね」


  そこまで話して、ようやく機兵が動き出した。

  右手に持ったライフルのような形状の蒸気銃で、機会をうかがっていたギンカミキリに二発叩き込む。左手で抱えた筒状の砲が邪魔そうだ。

  甲殻の硬度で弾きかえすが、込められた威力が段違いな為かアエネアが攻撃した時以上に、ギンカミキリは大きくよろけた。


「やっぱり変です、あの虫」

「変なんですか、あの虫が? 私、あんまり虫について詳しく無いんですよ」

  頷いてアエネアが肯定する。

「虫の体は硬いですが全身が硬いわけでは無いんです。急所は有るし、硬い甲殻だって強度に限界だってあります」

 

  流石に弾かれるとは思わなかったのか、一瞬だけ硬直した機兵にギンカミキリが飛びかかるが、すぐさま反応してライフルで殴り返す。

  吹っ飛んだギンカミキリに機兵は…………ライフルを投げつけた。

「えええええ!?」

  それを見たアエネアが物凄い叫び声をあげた。


  動揺するアエネアを不思議そうな顔でラトレイが見つめる。

「な、なにをしているんですか、ナナイさんという人は! 武器を投げ捨ててるじゃ無いですか。こんな屋根の上に機兵を持ち出すことといい、頭がおかしいんですか!?」

  装甲汽車は大きい、だが機兵サイズの物が、屋根の上を自由自在に動き回れる広さは無いのだ。

  屋根の上で機兵で戦おうとするのは、頭がおかしいと扱われても仕方が無いだろう。


  ぶっ飛んだ行動を続けたが為のアエネアの発言だったが、理解したという顔でラトレイは言った。

「あの蒸気ライフル、弾が三発しか装填できないそうですよ。だから邪魔にならないよう捨てたんだと思います」

「三発しか装填できないって、どれだけ旧式の銃を使ってるんですか」

  呆れを多分に含んだ声でアエネアは言った。


「確かジャンク品ってナナイさん言ってたから、かなり古いものだと思いますよ」

「まあ、もう一つ武器を持っているようですし、まだ大丈夫だとは思いますが、ってあれ? あの大砲どこかで……」


  飛びかかってっきたギンカミキリを、最小限の動きで避けていく。

  機兵に巨大虫がいると動ける範囲は非常に限られる、その中で一切無駄を省いた動きで避けていくナナイが乗る機兵。

  一歩動くたびに屋根が悲鳴を上げ、振動がアエネア達を揺らす。


  できる限り頭を揺らさないよう、ローゼの頭を抱きしめるアエネアは、機兵の動きに見入っていた。

  右手に持ち替えた大砲は、直ぐに撃つようなことはせず、タイミングを計っているようだ。

  恐らくは、あの甲殻に弾かれることを警戒しているのだろう。であれば、どこを狙うのか……そこまで考えてアエネアは気づいた。


「あの大砲! お嬢様の大砲じゃ無いですか!」

「あ、そうだったんですか? あれなら虫を確実に仕止められそうだったので借りちゃったんです」

「確かにあの大砲なら虫も倒せると思うんですけど、問題はお嬢様がどうなるか」

  機兵を動きを見ていたラトレイが、アエネアを見て首をかしげる。

「この緊急事態なら許してくれそうじゃないですか? ローゼさんも危ない所でしたから」

「許す、許さないの問題では無くて。お嬢様が純粋に、大砲とそれにかけた金額の損失のショックに耐えられるか」


  今の状況も地獄だが、ローゼが起きた時に起きるだろう修羅場を考えて、アエネアは頭が痛くなる。

  どうにか大砲を使わずに倒して欲しいけど、それは高望みすぎる。

  アエネアの複雑な思いとは裏腹に、機兵とギンカミキリの攻防が続いていく。


  何度目かの飛び掛かりを、機兵が拳で殴り返す。

  埒が明かないと思ったのか、ギンカミキリが鞘翅を開き翅を広げた。

  撤退では無い。無機質な複眼からは何も感じ取れないが、機兵の攻撃意思が動きの一つ一つから放たれている。


  一気に飛び上がってからの、空中からの強襲。

  飛び掛かりとは段違いのスピードに、堪らず大きく距離をとろうとして——体制を崩す。

  跳ねるような機兵の動きに屋根が耐えられず、片足がめり込んでしまっている。

  倒れることは防ぐも、ギンカミキリの一撃を避けられず受けてしまう。


  鋼鉄製の破片が飛び散る。

  幸いにもアエネア達に当たることはなかったが、背筋がひやりとした。

  ラトレイは何故か大はしゃぎしているが、何が楽しいのだろう。

  機兵は左腕を盾にして大顎からの一撃を防いでいた。あの状況でも、直撃は避けるのはさすがとしか言えなかった。


  ギンカミキリが大きく旋回して向きを調整する。

  大顎からは残った装甲の破片が落ちていくが、しきりに大顎を閉じたり開いたりしていたのが印象的だ。

  それだけの時間があれば、機兵の体制は十分に立て直せる。

  そして、

「雰囲気が変わった?」

「ほんとですか! いよいよ大詰めってことですね」


  抱えるだけだった大砲を機兵が、構えるように持ち替える。

  決着を付けようとしたのが伝わったのだろうか、ギンカミキリはどんどん高度を上げていく。最高の一撃を放とうとしているのだろう。


「ん……」

  抱きかかえられていたローゼが、軽く身じろぎをしてから目を覚ました。

「お嬢様! 大丈夫ですか、どこか痛い所は」

「大丈夫だから……あれは機兵? なんでこんな所に」

  二人のやりとりを余所に、戦いは最終ラウンドに突入した。


  機兵が大きく腰を落とし、ギンカミキリが急降下して行く。

「あれ、あの大砲……」

  機兵が大砲が狙いをつけ、ギンカミキリが大顎を開く。

「私の大砲! なんでこんな所にって、それよりもどうしてあの機兵が」

 

  瞬き一つ許されない時間の中、ギンカミキリは操縦席へと迫る。

  装甲など、中の人諸共引きちぎろうと開かれた口に、激突する直前に別の物が突き刺さる。

  それが大砲だと理解した瞬間に、ギンカミキリは内側から爆散した。

 

  大砲がばらばらに壊れて行き。

「嘘、あれとんでも無くお金掛かってるのに……いぃ嫌ああーーーーーー!!」

  ローゼは叫び、気絶した。


  ローゼの絹を裂くような叫びが、虚しく山々に木霊して行く。

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