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五撃目 変なボス虫

  ローゼ達がいた客車の先頭、その前の車両に武装車がある。

  武装車は、屋根の上に巨大な砲を乗せていること以外には、客車とほとんど見た目が変わらない。内部は他の車両と全然違う構造をしているが。

  その武装車の上には、十数人の武装した男達が、屋根の半分近くを占領している大砲の上にのしかかった巨大虫を取り囲んでいる。


  男達が手に持つのは蒸気銃。比較的携行性に優れた、ボンベ式の蒸気銃とは違って、背負った小型蒸気機関による供給式の蒸気銃だ。

  ボンベ式よりも威力が出せ、同サイズのボンベ式よりも取り回しに優れるため、背負式蒸気機関銃——背負式は、虫などを相手にする者達から重宝されていた。

 

  しかしながら、全長が人くらいあった虫達を撃ち殺してきた背負式銃も、這いつくばった姿勢で全高が男達より高く、全長に至っては10メートルを超える巨大虫を相手にすると頼りない。

  先ほど何発か撃ち込んだ際も、堅い黒地に銀の斑点模様の甲殻に弾かれてしまっていた。

 

  巨大虫——大シロガネマダラカミキリ。通称、ギンカミキリは囲まれたことを気にした様子も無く、強靭すぎる顎で大砲を噛みちぎっていく。


  ギンカミキリの正面に立っている男が撃った。狙いは何処にいても、睨みつけられるような威圧感を放つ複眼。

  膠着状態に耐えかね放たれた数発は、全てが複眼にあたり、弾かれる。

  やはり駄目だったかと、男達が落胆するよりも早く。

  煩わしい羽虫を払うように振るわれた触角で、正面に立った男がくの字に曲がり屋根から叩き落とされてしまう。


  この虫は何かがおかしい、そう男達が気づいたのは、ギンカミキリが自分に害を与えそうな者を判断し殺して行ったからだ。

  本来ならば巨大なサイズの虫が襲ってきた際、武装車に取り付けられた大砲で、撃ち落とすか追い返すのが基本だ。

  だが、ギンカミキリは大砲を全て避け、武装車に張り付いた。


  その時はまだ、今回はたまたま運が悪かっただけと、思っていたのだ。

  実際は、虫に判断なんてできる筈がないのに、重武装の守護兵が真っ先に殺されていった。

  そこで気づいたのだ、この虫は普通とは違うと。運良く砲撃を避けたのでは無く、飛翔能力での回避、とんでもない虫だった。


  虫の男達に取れる手段は無い。ただ虫の注意が客車に向かないよう引きつけ、街に到着するまで逃げ惑うしか無いのだ。

  さっきの複眼への攻撃が気に障ったのか、大砲の破壊から男達へと狙いを変えたのが分かる。

 

  そこからは早かった。逃げる男達を脚で踏み潰し、鞭のようにしならせた触角で殴り殺す。

  全滅まで五分も持たなかった。

  屋根に残ったのは、人だった肉片とギンカミキリの子分の死骸、そしてその上で殺した獲物を丸齧りしていくギンカミキリ————と二人。


  凄まじい炸裂音、同時にギンカミキリが爆炎と共に大きくよろめく。


「ほらアエネア、五分も持たなかったでしょ」

  風になびく、ウェーブの掛かった金髪と白いフリルのあしらわれた真っ黒なドレス。

「うーん、五分くらいなら逃げ切れると思ったんですが」

  砲身から零れる蒸気の残りが風に掻き消される。

「お金をかけて装備を揃えたくらいで強くなった気でいる奴等なんて、こんなものよ」

  アエネアが苦笑いを浮かべた。

「その言葉、私にもダメージが来そうなんですが」

「良いのよ強ければ……さて、守護兵も死んじゃったから、私達の番ね」

  ローゼは愉快そうに笑みを浮かべた。


 ☆☆☆


「まずは何処から攻めようかしら」

  ローゼはそう言って、ギンカミキリを観察していく。

  ギンカミキリは、何かを擦り合わせるような威嚇音を出してはいるが、襲ってはこない。恐らくは、向こうもこちらを観察しているのだろう。


  先ほど、と言っても五分くらいだが、守護兵とギンカミキリの戦いを観察して分かったのは、体がとんでも無く硬く、動きがかなり速いというぐらいか。

  これだけでも分かれば、自然と戦い方は決まってくる。

「硬いさが自慢でも、硬くはできない場所。だから、狙うは節ね」

「お嬢様。私、銃なので狙えないんですけど、どうすれば良いですか! 見たところお腹を狙っても効果薄そうでしたよ」

  少し焦った様子で言うアエネア。自分にできることが無いと、分かってしまったからだ。


「そうだお嬢様、発煙筒を使っても良いですか? あれなら目眩しをして援護できます!」

「駄目。あれ高いし、値段の割に出てくる煙が少ないのよ」

  アエネアの名案を、ローゼはあっさりともったい無いから駄目と却下する。ローゼはそれにと続けて、

「発煙筒は今じゃ無くて、もっと重要な時に必要になるかもしれないから」

 

  アエネアは泣きそうな顔になり、ローゼに縋り付く。

「じゃあどうすれば良いんですか! ぐへっ、このままだと私、柔らかい、ただの役立たずです! いい匂い」

「銃が駄目なら、直接行ってもぎ取ってきなさい!」

  抱きついて顔を埋めていろいろ弄っていた、アエネアの頭を掴んでギンカミキリに投げつける。


  二人を警戒して茶番を見るだけだったギンカミキリだが、突然ブン投げられてきたアエネアに反応できず、そのまま激突したアエネアが体の上に乗ってしまう。

「あら?」

  ローゼが呟く。

  本来なら、飛んできたアエネアに反射的に動いたギンカミキリの隙をついて、一気に斬りこもうとしたのだ。しかし、予想とは違い、そのままぶつかって、上にのっかてしまったことに驚いて動けなかった。

 

  降着は一瞬、素早く意識を切り替えローゼは斬りかかる。

「アエネア! 貴女はそのまま上で攻撃しなさい!」

「わっかりました、お嬢様!」

  アエネアは先ほどギンカミキリを攻撃した、太い筒のような蒸気銃で頭と胴の繋ぎ目を撃っていく。

  弾が爆発する音と共に、ローゼは触角を斬りつける。


  ローゼの触角の節を狙った斬撃は、触角を僅かにずらされて節から狙いを外される。

  すぐさま触角での叩きつけるような攻撃がローゼを襲う。

  避けること無く、そのままカウンター気味に触角を切り落とそうとするも、又もやずらされて切り落とせず、一撃を受ける。

「ふん!」

  大の男が吹っ飛ぶ一撃を、踏ん張ることで剣越しに抑え込む。

 

  そのまま体を滑らせるように接近し、動かしづらい根元から斬ろうとすると、ギンカミキリが大きく距離を取るようにバックステップ。上に乗ったアエネアが、振り落とされそうになっていた。


「何、こいつ」

  思わず呟いてしまうほどに、ローゼの中のギンカミキリへの違和感が膨らんでいた。

  反射的な行動を取る虫が飛んでくるアエネアに反応できなかったり、ローゼの攻撃の意図を理解した対処法、まるで虫では無く人を相手にしているかのようだ。


  射程距離ギリギリの、触角からの挟み込むような攻撃をローゼはしゃがんで回避した。

  そのまま連続して振るわれる触角を、踊るように避けローゼは擦りもさせない。

  上からのアエネアの攻撃を、体の強度に任せて徹底的にローゼを攻撃していくギンカミキリ。


  人のようだと思ったが、それだけで大したことは無い。

  そう思うのと同時にローゼへ放たれた、二本の触角を重ねた一振り。

  さっきと同じ、踊るかのような華麗な動きで避ける。

「お嬢様!」

  アエネアの叫びを脳が理解するのより早く、ローゼの体が大きく吹っ飛ぶ。


  何回かバウンドしてようやくローゼの体が止まる。屋根から落ちなかったのはただの運だろう。

  ローゼの体を激痛が走り回り、意識が飛びそうになる。

  ショックで鈍る頭を回転させ何が起きたのかを知った。


  触角で、ローゼの視界を塞いでからの体当たり。どう考えても、虫ごときにできる動きじゃ無い。

  徐々にはっきりしていく意識とは裏腹に、ローゼの体は全く動かなかった。


「お嬢様ああああ!」

  さっきの数倍はあるアエネアの叫びに顔を上げるローゼ。

  垂れてきた血で染まる視界で、飛びかかってくるギンカミキリを見た。


  そこからローゼが見聞きしたのは、金属を破壊する轟音と、体に響く炸裂音、そして吹き飛ぶギンカミキリと、先ほどの焼き回しのような光景だった。

  ギンカミキリから振り落とされるアエネアを心配したところで、ローゼの意識は途切れた。

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