二撃目 お昼と予感
大量の蒸気を吐き出しながら、深い鬱蒼とした森を走る鋼鉄の塊達。
装甲汽車は駅から出発し、大森林内を走行していた。
大森林——大陸の面積の半分近くにわたって存在し、都市間の移動を大きく妨げている森だ。
大森林内部は巨大な樹木と虫で溢れかえっており、並みの装備で通る事が出来ない。
大森林を経由しない長距離の移動手段は、迂回するか空路を使うかの二択しかないのだ。
そこで、使われるのが頑強な装甲汽車だ。
空路はかなりの高度で無ければ、大森林上空を飛行するのは危険なため、実質的に時間と輸送能力の面で二つを上回っているのだ。
そのため、装甲汽車の需要は高く、必然的にチケットの値段も高くなる。
安全で速い、そんなことが売りの、汽車の車両の中の一つにナナイ達は乗っていた。
客車の順番で言えば真ん中。
その二階の中にあり、十あるうちの一つがナナイ達の席がある部屋だ。
横になって足を伸ばせるサイズの席が向かい合いあって配置され、窓側の壁に折りたたみ式の机、反対にドアがある構造になっている。
ナナイ達は向かい合って座り、時折会話をしながらぼうっとしていた。
小さくて覗き込まないと外が見えないサイズの窓から、外の景色を見ていたラトレイがこぼす。
「なんというか、暇ですね」
「まあ、そうだな」
出発してから時間は経ち、現在昼頃である。
(というか、本当に退屈だな。本でも持って来れば良かった)
駅を出発したのが朝ごろなので、もうかれこれ数時間はここにいる事になる。
「最初は、とんでも無く大きなサイズの木々に驚いてましたが……こうも景色が変化しなと飽きてきますよ」
もう見るものはないとばかりに、席に横になるラトレイ。
ラトレイが飽きてしまうのも無理はない。
窓から見える景色、大きな木々は普段住んでいる街で目にする機会はほぼ無い。
当たり前のように幹の太さが一軒家くらいのサイズ木々が、数十メートル先の景色を見渡せないくらいの密度で生い茂っているのだ。
見た時の衝撃は大きかっただろう。
だが、窓から見える景色は、結局のところただの木だ。
汽車は比較的虫の少ないルートを通っているため、動物園のように虫達が見えるようなことも無い。
勢いよく倒れたので、履いていた膝上スカートがバサリとはためく。
何と無く顔がスカートの方に向かったのは偶然だ、他意は無い。
見えそうにはなったのだが、ラトレイは特に気にした様子がない。
「確かに……ここで2日近く過ごす事になるからな。このままだと退屈で死にそうだ」
装甲汽車はデカくて重いため、速度はさほど出ない。
緊急時で有れば、機関車を破壊しかねないくらい酷使させるだろうが、今は平常運行だ。
「そういえばお腹減りましたね。私、おやつを沢山持ってきているので、良ければどうぞ」
ラトレイは、大きすぎて席下の荷物スペースから盛大にはみ出した鞄を引っ張り出す。
机を展開し、その上に鞄を置く。机が鞄の重量に耐えられず悲鳴をあげる。
机の心配をするナナイを他所に、鞄から大量のお菓子を取り出していくラトレイ。
明らかに他の荷物をしまう余裕がないくらい、お菓子を取り出したあたりでナナイはある疑問をぶつける。
「ラトレイ、他の荷物は?」
「え? これで全部ですよ」
「マジかよ……」
ナナイの驚きを他所に、ラトレイはビスケットを埃を吸い込む掃除機のごときスピードで食べていく。
ラトレイはかなりの早さでビスケットを食べきると、別の袋を取りナナイに手渡す。
「ナナイさんも、じゃんじゃん食べちゃって良いんですよ」
「ありがとう……」
渡されたのはキャンディ。どう考えても、じゃんじゃん食べる物じゃない。
ラトレイが、鞄に入っていたお菓子を半分程食べきった辺りで部屋の扉をノックされる。
「はーい、どちらさん?」
ナナイはお菓子を手に横開きの扉を開ける。
扉は窓が付いておらず、小さな覗き穴があるだけだ。そのため、外の様子を見るなら扉を開けた方が早いのだ。
外にいたのは、両手で大きなカートを押す小さな女の子だった。
「車内販売です! お弁当はいかがですか!」
「おっ、やっと来たか」
装甲汽車では車内販売を行っている。
これのおかげで乗客は、あまり大量の日用品を持ってくる必要が無い。汽車の方は、持ち込みが減る分、車内で買ってもらえた利益がでる。
「もぐっ、お昼、もぐ、ご飯ですか。どんなのがありますか?」
ラトレイはお菓子を食べながらぐいっと顔を出し、カートを覗く。
カートに乗っているのはタオル、雑貨、そして上部に山積みになったお弁当だ。
女の子が、カートの持ち手付近に収納されていたメニュー表を手渡してくる。
メニューには何ページかにわたって、様々なお弁当の写真が載っていた。
ナナイが何ページか捲ると、横から覗き込んでいたラトレイがメニューを掻っさらう。
「おお! お菓子も売っているじゃありませんか! では、これとこれをください」
「まだ食うのか?!」
ラトレイが選んだのは全てお菓子だ。
「知ってますかナナイさん。お菓子って別腹なんですよ」
ドヤ顔で、そんなことをのたまうラトレイ。
これは、ボケているのだろうか。
言うことは言ったとばかりに、ラトレイは女の子に代金を渡して商品を受け取っていく。
「はあ、もういいや。じゃあ俺は、このおにぎり弁当でいいや」
代金を払おうと財布を探す。
するとお菓子を両手に抱えたラトレイが、あっと呟く。
「そういえば、退屈で死にそうなんです、突然刃物を振り回す暴徒が出るとか、虫が襲ってきて大パニックになるようなイベントとか無いんですか?」
(それはイベントじゃなくてただの事故だろう)
ラトレイのとんでも発言に対しても苦笑いだけで済ました女の子は、小さくてもプロ、ということなんだろう。
女の子はそうですね〜と言い、
「暴徒の方は、汽車を護る守護兵の方々がいらっしゃいますから大丈夫だと思います。ただ……」
女の子はそこで少し言い淀んでから、ラトレイの無言の圧力に負け、言った。
「実は最近、汽車に虫が寄ってくることが多々あるんです。幸い、殆どのサイズが小型で撃退できているのですが……」
「おお! それって大事件が起きる予兆じゃ無いですか!」
「そんな最悪の事態を喜ぶなよ。俺は虫達のご飯で終わるなんて嫌なんだが」
代金を払い弁当を受け取り、女の子がカートを押して去った後も、ラトレイは何処か嬉しそうにしていた。
そんなにも、虫が襲ってくるかもしれないこの状況が嬉しいのだろうか。
おにぎり弁当の蓋を開ける。
中に入っているのは、おにぎり二つとおかずだけの簡素なお弁当だ。
手を拭き、お弁当を取り出して一口。ちょうどいい量の塩味とお米の仄かな甘みが、口いっぱいに広がっていく。
やっぱり、砂糖菓子のストレートな甘みもいいけど、お米の甘さも好きだなあ、などと考えていたナナイは視線を感じ、ふとラトレイを見る。
「それ、美味しそうですね」
ダラダラとよだれを垂らしたラトレイがナナイを見つめていた。
「ほら」
「良いんですか?」
これ以上、床を涎まみれにされないように、もう一つのおにぎりが入った容器を差し出す。お菓子を貰ったし、お握りの一個くらいはと軽い気持ちだったのだが。
ラトレイはおにぎりの容器を受け取り、おにぎりとおかずを食べ始める。
「全部かよ!」
奇しくも、おにぎりをあげようとしたら、お弁当がなくなってしまったナナイ。
こうしておにぎりだけになったお昼は、穏やかに過ぎていった——りはしなかった。
「すいませんナナイさん。お腹いっぱいになっちゃたので残しても良いですか」
「お前、食もしないのに人の昼飯とるなよ!」
机に置かれた容器には、数口齧られたおにぎりと、ご丁寧におかず全品が一口ずつ食べられている。
こうしてナナイのお昼は、人の食べ残しとなった。
その日は、何があるでも無く終わったのだった。