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story 08 パーティでの戦闘を経験する

 先頭を歩いていたビリーが先頭を歩いていたマイクに二言三言つぶやき、彼が頷くと後ろに下がってきた。最後尾まで来ると辺りを警戒するように気を張り始めた。どうやら戦闘になるようだ。

 このパーティの引率者であるギルド派遣のビリーにしてみれば、今回の依頼内容である目的の森の警戒行動と探査だけで、戦闘が無くても彼らルーキーにとってはいい経験になるだろうと踏んでいた。


(なんだ? 魔獣か?)

 

 イクサ以外は全員、事態を正しく認識したようだ。彼は雰囲気が変わったことには気づいたがそれだけだ。何せこの前までただの一般人だったのだ。いきなりハードモードに連れて来られても対応なんて出来っこない。

 だが僅かな間とはいえ召魔たちと過ごした経験は彼の中にしっかりと形を残していた。ほぼ無意識に口をついて出たのは防護呪文だった。


「【プロテクト】」

「なっ」


 剣士と名乗った少年マイトは突然の詠唱とそれに付随する魔力の効果が体に纏わりつくことに驚きつつも周囲に警戒を怠ることはなかった。既に剣の柄には手を掛けていて油断なく周囲を警戒している。


「【プロテクト】」

「えっ、は、早い」


 今度のプロテクト、防護呪文はスリザに掛かった。思わずイクサを振り返るが彼は前方を見たままで、彼女の方を振り返った様子はない。


「【プロテクト】」

「っ……」


 相棒の青い髪の少女に掛けられた防護呪文を見ていた赤毛の少女にも同様の防護呪文がかかる。素性は分からない。だが、短時間で連続して畳み掛けられる防護呪文に感嘆を飲み込んだ。

 普通、キャスターが呪文を詠唱するためにはMPとスタミナを消費する。そのため、胆力が強くないとたちまちスタミナ切れを起こし、連続した詠唱には耐えきれない。つまり見た目ひ弱そうなこのキャスターは、相当強い胆力を持っていることになる。


「【プロテクト】」

「おうッ、ありがとよ。お前たちどうやら周りを囲まれているようだ。スカウト、種類と数は特定出来るか?」


 ビリーはスリザに確認を取る。彼自身、既に敵の種類と数、他に脅威がないかの確認取れているが、それをするのも経験である。そして修練を積むのはルーキーたちだ。そのための研修なのだから。

 スカウトである彼女にとって、その情報収集能力は身を立てていくために必須のものだ。スカウトはそれぞれの魔獣の知識によって有利、不利を的確に判断する重要なジョブだ。

 前に出るだけが冒険ではない。確実に生き残るため、不利と見れば躊躇いなく逃げるのも選択肢の一つだ。生きていれば挽回するチャンスなど幾らでもあるのだから。


「えっ、あっ、はい……三、フォレストウルフですっ」

「よし、ヒーラーのあんちゃんを中心に、移動するぞ。あの岩の前までだ。イクサと言ったか、移動できるな?」

「えっ、ええ、問題ありません」


 イクサも呪文を唱えている間に日常モードから戦闘モードにようやく切り替わった。さっきまでのボンヤリとした雰囲気は欠片もない。

 ビリーは一応、イクサのスタミナ切れを心配したのだ。四連続詠唱なんて人並み外れた真似をしているからにはそんな心配は無用だと思ったが、案の定、杞憂だった。


「いくぞ!」


 冒険者ギルドから今回のルーキーのための研修に派遣された冒険者ビリーはイクサの詠唱に内心驚いていた。大した精神力だと。

 ルーキーでレベル14となればそろそろ覚醒を疑う頃だ。今回のパーティに参加している剣士マイトがレベル21と来ている。確実にマイトは覚醒しているに違いない。

 ヒーラーとして惜しむらくはまだ全体魔法を会得していないのであろうことだが、初期呪文とはいえ、連続で掛けられて受け答えにも余裕が見られるなら大したものだ。


 どうにか三匹のオオカミたちを前にして、彼らに戦闘するにも防御するにも都合のいい場所に陣取れた。岩など後ろから襲われない地形を利用して、ヒーラーを守るように立つのは戦闘のセオリーだ。


「来るぞ!」


 剣士マイトが長剣を引き抜いて森の茂みの中を疾走してくる狼に立ち向かう。その後ろでは小剣を両手に携えた赤毛の双剣士の少女が油断なく前方を睨む。スカウトの青い髪の少女は背中に背負っていた短弓を取り出して、狙いを定め、マイトに襲いかかった狼に鋭い矢を放った。

 その間、ビリーもただ見守っているわけではない。パーティの状況を確認しながら周囲に気を配っている。


「ギャウンッ」


 狼が今まさに剣士マイトに襲いかかろうとしていた死角からの矢の急襲に体勢を崩したところで見事な剣さばきで狼を仕留める。すぐさま次弾の装填にとかかるスリザ。

 二匹目は赤毛の双剣士の少女が迎え撃つが、飛び込んできた勢いを小剣では受け止めきれなかったのか後ろに吹き飛ばされそうになる。


「くっ」

「無理するな。引き受けるぞ」


 ビリーは加勢するように隣に立つが、赤毛の双剣士の少女ケイトはどうにか自分だけで押さえようとするが「ギャウ、ギャゥッ」と吠え声を立てて盛んに爪を立てようとする狼の突進力に剣を構えた体ごと吹き飛ばされてしまう。


「うっ」

「【ヒール】」


 たちまち飛んで来るヒールがケイトの体に絡みつき、癒していく。意識を失いないそうになっていたところを癒され、どうにか足をついただけで倒れることはなかった。


(なんて濃い魔力!)


 ケイトは彼女の体にかけられたヒールの効果に驚いていた。今の狼の突進で確実に肋骨をやられた筈なのに痛みはない。膝をついて息をしているが、突進を受けた時の圧迫感もなく、もう戦闘に入れそうだ。


 彼女に突進を仕掛けた狼はビリーの一撃であっさり沈んでいる。さすが、中堅の冒険者らしい堅実な仕事ぶりだ。


 だが狼はもう一匹いた。

 今回のパーティ構成で既に中堅のメジャークラス冒険者であるビリーを除けば、一人で前衛を張れるジョブは剣士であるマイトだけだ。双剣士のケイトもスカウトのスリザも中衛といったポジションで単騎で敵を引きつけられるジョブではない。


 残りの狼は仲間がビリーに打ち倒されている間をすり抜けてまっすぐにイクサに爪を立てようとする。さすがのビリーもその隙を突かれては助けに入る余力はない。スリザも短弓の次弾装填に手間取っている。マイトから距離もある。


「くっ、しまった──」

「【ディアス】」


 が、イクサが放ったたった一言、一つの呪文で狼の心臓がキュウッと引き絞られた。

 ディアスは光の属性の弱体魔法だ。

 爪は届かず牙の並んだ顎をだらしなく開いたまま地に落ち、そのまま断末魔の痺れに全身を鉛のように深い倦怠が襲う。

 そればかりか息を吸うごとに全身の肌を肉を鋭い棘のような痛みが刺さってきて息もできない。手足を動かすに思うような動きがとれない。まるで自分の体ではないようだ。


「フンッ」


 ビリーが無防備に伸びた狼の上から剣を振るった。

 狼は痺れる眼球で上を向いた時、落ちてくる剣先を避けることも出来ず絶命する。最後まで狼は自分の身に何が降りかかったのか知る由もなかった。

 ビリーは最後の狼の絶命を確認すると死体から長剣を引き抜いて、払うと周囲を見回した。


「よし、取り敢えず倒したな。スリザは注意を怠らず周辺の警戒。マイト、ケイトと狼の素材を回収しろ」

「わかった」

「わかりました」


 それぞれが返事をして戦闘後の事後処理に動き出す中、ビリーは呆然と突っ立っているイクサに話しかけた。


 「イクサ、最後、あれは何の呪文だ? 聞いたことがないんだが、その──差し支えないなら聞いておきたいんだが」

「はあ。弱体ですよ。俺、ヒーラーなんで戦闘系の攻撃魔術使えませんからね」

「弱体? なんだそれは……」


 ビリーはキャスター、いわゆる魔術師の呪文を唱えることは出来ないが、今まで幾多の冒険者たちと長年パーティを組んできた経験上、ある程度の知識はある。だがイクサの言う弱体については知識がなかった。


 攻撃魔術の使い手であるウィザードなどは強い攻撃魔術を使えるが、派手に活躍すると敵の注意を強く引いてしまい、防御の手間がかかってパーティでは扱いにくい存在であったりする。

 かと言ってヒーラーも似たようなものという認識だ。効果の大きい治癒や回復で敵の注意を引いてしまうのは同じだ。強さの誇示というのは少なからずどのジョブにも共通するものだし、特に彼ら魔法職はその傾向が強い。


 今までにパーティを組んだヒーラーも中にはプライドが高く、それでいて戦闘開始早々に弾数の少ない治癒魔法を撃ち尽くしてしまうと、途端にお邪魔感が際立つ存在であったりした。

 だが、そうした過去に組んだキャスターと比べると、ルーキーでありながらイクサの頼もしいこと。最初に掛けられた彼の防御呪文、そのとき詠唱するイクサはパーティメンバーを振り返ることもなく確実に掛けていた。

 魔法、それは防御・攻撃の如何、目標が敵・味方に関わらず、その位置を的確に掴んでいなければ簡単に外れてしまうものだ。そのためには敵との位置関係、パーティメンバーの位置を的確に掴んでいなければならない。

 そして魔法を掛けられた方も驚く魔力の濃さ。戦闘が終わった今も、彼の放った防御呪文プロテクトはまだ効果が継続している。普通、そうした防御の呪文は術者が集中を解くと解除されてしまうものだ。しかし、彼の場合それがない。自分の能力を底上げしてくれる確かな感触が残っている。


 先ほど、赤毛の双剣士の少女ケイトが狼の突進を受けた際には、早くも戦線離脱と恐れたものだ。パーティメンバーが負傷するとそれだけ他のメンバーに掛かる負担は大きくなる。経験の浅い弱小冒険者で組まれたパーティがよく瓦解する原因でもある。

 あの場合、防御力も大して期待できない革の防具と耐久力もない少女の体ではまともに受ければ肋骨をやられていたとしても仕方がない。

 だが、彼の濃い魔力により放たれた防御呪文プロテクト、そして濃厚に絡みつくような癒やしの呪文ヒールが合わさった時、その効果は絶大だった。

 ビリー自身、目を疑った。血反吐を吐いて大地に転がるはずだった少女が膝を突いてはいるが、その目から戦う意思を失わずにいたのだ。


 弱体魔法はイクサの説明によれば攻撃による直接ダメージを与えるわけでもなく、ある程度の戦闘時間に拘束をされる場合に戦闘を優位にするための補助的なもの、支援目的で使用されるらしい。

 治癒、回復といった特に戦闘に関係する魔法しか持たないヒーラーは戦闘中はそのチャンスを伺っているばかりで、手持ち無沙汰になる場合も少なからずある。

 そんなときに味方の戦闘を有利にする弱体魔法という手段によってヒーラーも戦闘中の貢献度が上がるなら、それは素晴らしいことだ。


(こりゃあひょっとすると、とんだ拾い物かもしれん)


 ビリーが早くもイクサの評価に高得点をつけようかとしている時、その当人は双剣士の少女と剣士の少年が狼の毛皮を剥いでいるのを見学していた。

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