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story 07 ルーキー初仕事

 街から帰ってきて寮母におみやげを渡すと大層喜ばれた。日本人のそういう心配りというのは美徳だと再確認する。


 翌日はルーキーのための研修パーティの日だ。カレンダーなんてものはない。あるにはあるらしいのだが彼は持っていない。ギルドでは二日後と言い渡されていた。

 朝起きて、顔を洗い、ふたつ目の鐘が鳴る頃に出される朝食を食べると街に出る。ギルドでの待ち合わせ時間は鐘三つ目ということだからまだ時間はある。


 向かった先はギルドの前の少し広い場所。ギルドの受付で言われたのは何も持ってこなくていい、作業するいつもの格好で、と言われている。イクサはヒーラーなので手ぶらだ。

 ギルド前の広場には中年のおっさんが何やら足元に大きな袋を置いて、佇んでいた。事前に聞いた限りでは一泊二日の日程とのことなので、それぞれの冒険者に渡す荷物でも入っているのだろう。

 イクサが近寄ると向こうから声をかけてきた。


「よう、早いな」

「俺の故郷ではルーキーは早めに来るって相場が決まっていたんですよ」


 そう言ってイクサは彼の傍で屈伸運動をし始める。それを彼は感心したように眺めていた。イクサは今日はある程度走ったりすることを見越して革のシューズを履いてきている。魔術師のローブはいつものままだが、その下はラフなシャツとズボンだ。

 いつもなら暑がりなのでローブの下はズボンだけだ。革鎧は軽装備とはいえ重量があるので動きを阻害するし何より蒸せるから革の匂いが気になるし。

 かと言って裸では何かあった時に困る。申し訳程度だがシャツを着込んでればマシという程度の気休めだ。


「言われていたように何も持ってきませんでしたが。よかったんですか」

「今日から使うものは全部こっちで用意してるから大丈夫だ。しかし君はヒーラーと聞いたが杖とか、持っていないのかね」

「ルーキーじゃ杖なんて持ってても大して違いありませんよ。それより手が塞がってないほうが重要ですよ」

「そんなものか。まあ俺はキャスターのことはよくわからんからな」


 キャスターは呪文を唱える者一般、つまり魔術師のことを言う。彼のようなまとめ役がそれぞれのジョブの使う道具を知らないなんて、そんな筈はないだろう。そう言って油断を誘い、素の反応を引き出すのが狙いなのか。

 実際、杖を持つのはウィザードのような攻撃系魔術の担い手だけだ。

 ヒーラーの殆どは教会の出世コースから弾き飛ばされた半端者ばかりで、なまじ回復の術を持っているからと冒険者として身を立てようとする。しかし、その苛酷さに身を持ち崩していく場合が多い。

 ルーキーのときからメジャークラスのパーティに参加し、ハードワークに付き合えば燃え尽きてしまっても仕方ない。かといってルーキーの仕事は冒険者として基礎を作っていくための顔を売るような地道な仕事が多く、せっかく冒険者に身をやつしたのにという忸怩たる思いを鬱屈させて潰れていくものも多い。

 そして、ルーキーのうちから他の輝かしいばかりの活躍を見せる仲間と自分を比べて居心地の悪さから寮を追われ、イクサが町外れで見たスラム街のようなところに流れていく。

イクサは「まあそんなもんか」と溜息を吐いて、他のメンバーが集まってくるのを待った。


 やがて三の鐘が鳴る頃には全員が揃ったらしい。

 広場には少女が二人、あとは剣士らしい少年がいた。イクサは軽く目線で挨拶をして指示を待った。


 なかなか可愛い赤毛の女の子と青い毛の女の子が並んで歩いてくる。その後ろから剣士らしく腰からショートソードを提げた勇ましい髪型の少年が歩いてくる。


「よし全員、揃ったな。一応、点呼だけしておく。俺はビリー、今日のまとめ役を務めさせてもらうレベル55のソードマンだ」


 目線で促されてイクサが名乗る。


「あ、俺はイクサです。ヒーラーです。レベルは14です」


 次に可愛い赤毛の女の子が「ケイトよ。レベル20の双剣士」と名乗り、青い髪の女の子は「スリザです。えっとレベル18のスカウトです」と囁くように言った。


 最後に剣士の少年が呟く。


「俺はマイト。レベル21の剣士だ」

「よしそれぞれの素性は理解したな。それぞれ、これを受け取ってくれ。キャンプで使う道具が入っている。食料は今回こちらで用意させてもらうから安心してくれ」


 そう言ってビリーはまず最初にイクサにずだ袋を渡し、それぞれに順に渡していった。


「中身を確認してくれ。内容は皆同じ筈だ。マントと火起こしセット。それに簡易結界。切り分け用のナイフ。噛み草以上だ。袋に余裕があるから道中で得た戦利品を入れるのに使ってくれ」


 イクサも内容を確かめる。

 マントはごわごわした厚手の革を鞣したものだ。生地の感触から言ってこれは牛のようだ。火起こしセットは綿のような細かく木の皮をほぐした物で、それと火打ち石が入っている。面白いのは簡易結界で、茶筒のようなもので開けると結界の魔術が開放されるのだという。切り分け用のナイフはナイフ本体と革製の鞘だ。キャスターでも使えるように石製のもので、あまり切れ味はよくなさそうだ。

 魔術師の使う魔法と金属は相性が悪いことが知られている。

 最後は噛み草で、これは野営の時に持ち回りで火の番と警戒の番をする際に目覚ましに役立つ。噛むと特有の苦味が出て目が醒めるのだとか。見てくれはビーフジャーキーのような、昆布のような。

 ものの大きさで言えば茶筒のような簡易結界が一番大きい。最初は袋の大きさが余るだろうと思ったが意外と適当な大きさなのかもしれない


「よし、それぞれ中身を確認したらナイフは腰に差すなり、道具の管理は各自に任せる。それでは出発だ。目的地はラロシューの森になる。依頼内容は近頃活発化しつつある魔物の調査だ。行くぞ」


 みんな三々五々に歩き出す。ビリーの後を歩き出すのはマイトと名乗った剣士らしい少年だ。イクサが助けたあの二人に比べると、装備や歩き方は堂に入ったものだ。基礎が出来ていて足の運びもしっかりしたものだ。

 ビリーの用意したキャンプ用具は彼が自分で用意してきたらしいナップザックのようなものに入れ替え、マントを身に着けている。イクサは一切合切、ナイフでさえも手を付けずに袋に入れたまま袋を肩にかけて歩いている。


 その次を歩くのはイクサでペタペタとサンダルが土を叩く音を楽しみながら、何もかもが物珍しいのでキョロキョロと辺りを見回していて挙動不審だ。


 最後が女子二人組。スカウトと名乗った青い髪の少女が前を歩くイクサを面白そうに眺めている。こちらも用意していた袋に、キャンプ用具を入れ替え、袋は畳んでしまっている。マントはつけてない。


 一行は街のゲートから出ると、イクサが出てきた廃城へ続くコースではない道へと進んでいく。まだ整備された街道があってイクサの履いているサンダルでも歩くには困らない。


「ねっ、あなた、どこの教会の出なの? ヴィエンヌ? それともジャクイユかしら」

「えっ、あっ──」


 イクサは突然、隣に走ってきた青い髪の少女に畳み掛けられ、二の句が継げないでいる。それを見ていた気の強そうな長い赤毛の髪の少女が溜息をつく。


「ヒーラーさん、イクサって名前でしたっけ。その子のお喋りに付き合ってたら遅れちゃうわよ。スリザ、他人の詮索もほどほどにね」

「だって私達の命を預ける相手だよ。少しでも性能は確かめておきたいじゃない」


(性能って……。俺、バイクでも車でもねーし)


 スリザという青い髪の少女の発言に少し引きながらイクサは進む。


 先頭を行く戦士の少年マイトは少しも後ろを気にせずにスタスタと歩いている。

 ビリーは肩越しに振り返って目線で「いいかげんにしろよ」とでも取れる意思を伝えるにとどめめていた。或いは「ピクニックじゃないんだ」といったところだろうか。


 スリザという青い髪の少女の問いのヴィエンヌ、ジャクイユはそれぞれこの街にある教会の名前だ。この街で冒険者として登録するヒーラーは大体この二つの教会の出だ。

 ヴィエンヌ修道会は多くの聖職者を輩出していて優秀の折り紙つき。そんな所から出てくるヒーラーも優秀でパーティの定着率も高い。一方のジャクイユ教会堂は市井に門戸を開いており、あまり魔術師の育成に力を置いていない。とは言っても町の人の多く、そして冒険者も教会堂のヒーラーには世話になっている。

 つまり、この二つの出であれば背中を預けるには安心なのだ。だが、必ずしもヒーラーになるには街の教会に属することが必須ではない。

 イクサが魔石を売る時に出自を偽った作り話のように得体のしれない魔術師の弟子になることでもなれるのだ。当然、身元の証明も出来ないような魔術師に信用などついてくるはずもない。


 橋もない飛び渡るには幅がある浅い水深の小川を渡ると、その先から本格的な冒険の始まりだ。今まで通ってきた街道のようにしっかりと手入れがされていた道とは違い、獣道のような細いルートを分け入っていく。イクサはサンダルが水に浸かり足の指が濡れてしまったことに鼻をムズムズさせた。

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