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story 06 街の暮らし

 冒険者ギルドでルーキーのために宿を用意しているというのは珍しいのだろうか。


 宿とはいっているが実質、寮というのが正しい。寮長もいて食事は朝だけ出る。

 尤もルーキーのためというところがネックでルーキーから卒業すれば即退寮になる。ならルーキーならいつまでもいられるかというと、それも無く20歳になるまでと刻限が決められている。

 この世界では覚醒という冒険者のレベルが二十歳までに急激に上がりやすくなる現象がある。覚醒が起きれば当然、レベルが上がることで依頼の達成確率は上昇する。つまり、二十歳になってもルーキーのままで覚醒も起きないとなれば、決定的に冒険者に向いてないということになる。

 その仕組は乱暴かもしれないが人生につくべき職業として冒険者はあまりいい選択肢とはいえない。商人の徒弟制度も同様で才能がなければ弾かれるだけだ。むしろ小作人として一生を終えるのも危険はないし無難な人生と言えなくもない。


 とはいえ寮まで用意するのはギルドにしても少しでもルーキーの冒険者を支援するためだ。仕事に取り掛かる前の下準備で依頼の達成率は大きく変わってくる。前日、飲み過ぎてアルコールが抜けてなかったら? 打ち身を放っておいて翌朝、悪化していたら? 使い込みで満足な装備を用意できなかったら? 使い込んだ武器が手入れをしてないせいで仕事中に折れてしまったら? 宿が用意されていて帰る場所があるというのはそうした不安を救う一助になるはずだ。


 この世界に飛ばされてきて召喚師としての能力をインストールされた暁人、いや冒険者登録した名前でイクサは、勿論、召喚師として生きていくつもりだったのだが冒険者ギルドで登録したジョブはヒーラーだ。

 どうもこの世界では召喚師は忌まわしい存在として嫌われているらしい。それはそれとして、召喚師はヒーラーとしての性能も兼ね備えている。望まれて役割をこなすだけならしばらくは馬脚を現すこともなくやっていけるだろう。


幸い、イクサは魔石を手に入れることが出来て宿代は捻出できるはずだった。しかし、タダならそれに越したことはない。相部屋だったが文句は言えない。同じ部屋だったのは何処かで見たことのある青い髪の少年冒険者だった。名前はミロスというらしい。


「やあっ、君は昨日、町の入口で揉めてた人だね。君もルーキーだったんだね。ヒーラーかな。もうパーティには入ってるの?」


 ミロスは興味津々でルームメイトとなったイクサを質問攻めにしてくる。その姿はさしずめ甘えてくる仔犬のようだ。

 昨日はゴブリンの前で使えない小剣を振り回して立ち往生していたミロスはまだ冒険者に未練があるようだ。イクサには正直、彼が冒険者として大成するようには見えなかった。むしろ商売人あたりが順当じゃないかと思ったが口に出さず苦笑いを浮かべて口元を引くつかせていた。


 寮の硬いベッドといえども、この世界にきてまともな宿にも泊まったこともなく野宿……召魔のフカフカの毛皮に包まれて眠るのは最上の体験と言えなくもないが、疲れを取るには十分な休息とはいえない。それに比べれば寮のベッドはなかなか具合が良かった。

 寮長は厳格なシスターで朝食の前にはこの世界におわすという神様への祈りを欠かさない。一緒に祈らされたが、この世界のことを何も知らないイクサにとっては、すべてが眩しいまでに新鮮な経験だ。


「今日は肉を食うぞぉ」


 憧れの肉を食べに街へと繰り出すイクサ。寮母さんに断ってから寮から出ると足のゆくまま気の向くままに人の賑わいの中心へと向かっていく。


 初めての街、町の名前はムシュルイ。何の名前だろうか。さっぱり関心はない。それよりも街を行く人の雑多な顔を見ているだけでウキウキしてくる。そのどれもが日本では、いやテレビでも見たことのない輝きに満ちている。


 何かの商店のような店構えの軒先で香ばしい匂いをさせている串焼きの肉に惹かれてフラフラと近づいていった。


「にいちゃん、よかったら食っていかないか」

「おじさん、これ何の肉?」

「白ボアの肉だね。美味いよ」

「買った!」

「毎度あり。三ダルだよ」


 貨幣をひーふーみーと鈍色のコインを数えておっちゃんに渡した。串は何かの枝のようだ。焼いた肉にヘラでタレを塗ると「はいよ」と言ってイクサに串焼きの肉を渡した。じゅるっと涎が湧き出してくる。たまらず、バクッと口にすると肉汁がじゅわっと染み出してきて噛みちぎると肉の風味が口中に広がる。


「くぅぅ。これだぜぇ」


 思わず目の端に涙を滲ませてしまう。串焼き売りのおっちゃんはイクサの表情にニカッ、と歯を見せて笑う。


「ハハッ、いい食いっぷりだな。この辺で店を出してるからまた食いに来てくれや」

「うん、必ずまた来ます!」


 おっちゃんに挨拶を交わし、再来を約束すると雑踏の中へと歩いて行く。


 昨日、魔石を売った魔石売りの店に立ち寄る。店構えはシックで高級そうな雰囲気を漂わせていいる。きっと魔石を扱うものが冒険者を別にすればお金持ちや貴族だったりするためだろう。昨日ここの店主に簡単に聞いたところでは魔石は魔術師の杖にしたり、様々な魔法の道具に加工されるらしい。


「こんにちわ」

「は~い。あら、昨日のお坊ちゃんじゃない。また持ってきてくれたのかな。あんな質のいい魔石ならいつでも歓迎よ」


 ドアを開けて店内に入りしなに声をかけると、カウンターに頬杖をしている美女が退屈そうな顔をあげる。そして、相手がイクサだと知ると、甘えたような猫なで声を出した。甘ったるい声だが嫌味は感じない。


「そういえば名前を伺ってませんでしたね。僕はイクサといいます」

「まあ、丁寧にありがとう。私はヘルミーネよ。そういえばルーキーとして登録したのってあなたよね」

「え、もう話が伝わっているんですか。早いですね」

「その辺にごろごろしている剣士ならそんなことはないけど、ヒーラーは人気ジョブですもの。それに将来的にうちの店のお得意様になってくれるかもしれないでしょう」


 昨日の割と遅めの時間だったにも関わらず情報の伝達の速さに驚くイクサ。


 冒険者ギルドで詳しく確かめたところではルーキーは冒険者ランクFから始まるという。よってイクサもランクFだ。依頼を20件こなすとすぐにメジャークラスであるランクEにあがる。そう聞くと退寮もすぐか、という気になってくるがなかなかそうは行かないらしい。

 メジャークラスは最高位がCで、そこまでは依頼をこなしてれば順当に上がるらしい。護衛などの移動手段を要する依頼はメジャー以上でないと受けられないらしく、ルーキーの仕事は雑用が多いという。

 しかしそれは剣士などの物理アタッカーの場合で、イクサが登録した回復と補助が得意なヒーラーや攻撃魔法の使い手であるウィザードなどの魔法職はその数も少ないことと、パーティ参加募集が引きも切らないためその限りではない。

 ランクCから上はギルドの認定試験で認められるBとAだ。更にその上にランクSなんてものもあるが、そこら辺になると特別なイベントで功績が認められるなどのことがないとなれないらしい。


 ヘルミーナに投げキッスで見送られ向かうのは街のゲートだ。衛兵のロドリーには通行料金を借りている。ゲートは防壁に開けられた平べったい穴で一応、二階建て馬車も通行できる高さがある。

 そのゲートの左右の両サイドに衛兵の詰め所がある。上は石積みの防壁でその高さは四階建てほどもある。昨日は日没間近で人通りは殆ど無かったが、いま太陽はそろそろ真ん中に来そうなぐらいで、ゲートもひっきりなしに人や馬車が通っている。ゲートの前は広場になっていて、荷物を積んだ馬車がどこかの商店の軒先にたくさん横付けされて忙しそうに荷役が働いている。

 ゲートには冒険者が主に使う狭い通用門みたいのもある。


 振り返ってみると、ここはとても大きい街のようだ。防壁は遥か彼方までグルっと回っていて、冒険者ギルドやルーキーに用意された宿はイクサが入ってきたゲートに付随する施設のようだ。ゲートが続いている街の中心部のほうへ視線を向けるとこの街……街という規模を大きく越える都市に見える。ひょっとするとゲートも他に何箇所があるのかもしれない。


「すいません、こちらにロドリーさん、いませんか」

「おう。ちょっと待っててくれ」


メインゲートの横に設けられた衛兵詰所に入って行くと入り口で壮年の男が椅子に座っていた。その男に声をかけるとイクサに金を貸してくれた目的の人物を奥に呼びに行ってくれた。程なくして二人で戻ってくる。


「おっ、無事、ギルドに登録できたようだな」

「はい、お陰さまで。寮に入ることも出来ましたし、魔石を売って当座の資金も出来ましたからお借りした通行料をお返ししようかと」

「感心だな。中には借りっぱなしで返さないと奴とか踏み倒そうとする奴もいるってえのに」


イクサが頭を掻いて苦笑いを浮かべている。


「それじゃ」

「おう。冒険者、無理すんなよ」


 イクサは終始ペコペコしながら衛兵詰所を出ると再び街歩きを始める。目的もなくブラブラと歩きながら、途中物珍しそうに出店を冷やかして人の賑わいを楽しんでいた。

 それはこの世界にやってきて、あの廃城で孤独を感じて、初めて召魔を召喚し、一緒に夜を過ごしたあの霧の中の聖域での静けさを思うのと対極にある。


 ここでは召喚師としての彼の能力は求められていない。それが寂しいが、彼が人として生きていくためには仕方ない。彼をこの世界に招いた者が多分、召喚師としての力をイクサに与えてくれたのだろうと感じているが、それは義務ではないだろう。勝手というやつだ。

 彼に何らかの仕事をさせたくて召喚し力を与えるのも勝手なら、彼がそれに従って動くも、ただ力のみを利用して好きにするのもまた勝手というものだ。


 街の外壁に沿って歩いて行くと、かなり進んだだろうか。どうもきな臭い雰囲気が漂ってきて、思わず足を止めて引き返し始めた。いわゆるスラム街のような治安の悪いところもあるようだ。

 冒険者も半ば自分の才覚でのし上がっていく商売だ。博打ともいう。彼がこの街にやってくるきっかけになったあの少年冒険者のコンビのように、自分の力を過信し、能力以上の仕事で身を持ち崩す者も多いだろう。

 今はまだルーキーだから寮にいられるがメジャークラスに上がり、寮を追い出された後は、あんなスラムで生きていくしかなくなることもあるかもしれない。しかし、もしそんなことになれば、イクサは廃城で暮らすことを選ぶだろう。あそこは彼だけの聖域だ。

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