story 05 肉が食えない
街に入る寸前では何があるか分からないので、ガルムは帰還のコマンドワード、ホームで召喚師の精神世界である召魔界に帰ってもらった。一度召喚し、殺さずに戻した場合には召魔は以前に活動した経験がそのまま引き継がれる。
街に入る検問では二人の少年が無事戻ってきたことで歓声が上がっていた。衛兵たちも少年たちが街を後にした時に気にかけていたのだ。
なりたての冒険者は夢見がちでそのために自分の実力以上の仕事を請け負って自滅することが多い。とにかくルーキーの頃はつまらない仕事が多い。衛兵の訓練に付き合わされたり、商家の荷役などの単純労働だったり。
だがそうやって街の人々に顔を売って依頼に繋げていくのが常なのだ。運良く貴族などをパトロンに出来れば命の危険なく成功することも難しくはない。
「お前たち、よく無事に戻ってきたな」
「はい、それが危ないところを誰かに、恐らくヒーラーに助けてもらったんですよ」
「ん? お前たちの仲間にヒーラーなんていないだろう?」
問われると青い頭の少年は困惑げに応えた。
「それが誰か分からないんですよ。周りを見回しても何処にいるのか分からないのにヒールは飛んでくるし」
「ほう、それはまた酔狂な奴がいたもんだな。ともかくこれからは身の丈にあった仕事をするんだな。死んだら元も子もないからな」
「冒険者は成功するまでは命あっての物種だからな」
口々に少年たちを諌める衛兵たちは厳しいことを言いながらも少年冒険者たちに優しかった。
少年たちと取り巻く衛兵の騒ぎを他所に暁人は衛兵を前にしてしどろもどろになっていた。
「ン? 見かけない顔だな。そのなりからして魔術師か」
「はあ。ここに来たのは初めてなんですが。街には入れますか?」
「身分証は? あと通行料で三シル、これで通れるが……両方持ってなさそうだな」
衛兵は上から下までためすがめつ、ジロジロと眺めた挙句にため息を吐いた。暁人のように近隣の村から継ぐ家もない小作農上がりの少年が夢を見て冒険者になって一旗揚げようと街にやってくることは多い。
「ええ、すいません。あ、あのこれって売れますか」
暁人はポケットから魔獣を倒した時に得た赤い鉱石を差し出した。その赤い鉱石を見た衛兵は口をあんぐりと開けて食い入るように赤い石を見ていた。
「お、おめえ、何だそりゃ。そんなでかい魔石売りゃあ一財産出来るぞ」
暁人は知らないことだったがゴブリンやオークなどにも魔石はあるにはあるのだが透明に近く指の先ほどの小さいもので、クズ石扱いされている。彼が召魔と戦った霧の廃城近くの魔獣からは握りこぶしほどの大きさで、しかも濃い赤をしている。それはとても純度が高い証拠で高値で取引されている一級品だった。魔石は主に魔術師の杖に加工されたり、魔法師ギルドで大型魔導機械の燃料として重宝されている。
そんなことになっているとは露知らず。暁人は思いつきで知らない振りをするしか無い。
「えっええっと、師匠の遺品なんですが」
「そんな大事なモン、売っちゃっていいのかい」
「は、はい。師匠なら許してくれる筈です」
ボケに的確なツッコミが入り、うっ、と言い籠もるが嘘を嘘で固めてやり過ごすことにした。
「そうか。なら、ちょっと待て。魔石屋に紹介状書いてやる。通行料は建て替えておいてやるから、後で必ず返しに来いよ」
「はい、ありがとうございます」
魔石のショックで身分証は無かったことにされたのをラッキーと思いつつ、魔石の価値に驚いていた。と同時にこれが魔石なのかと改めて認識していた。
***
街に入れてもらい通行人に魔石屋への道を教えてもらい、そこでも猿犬からでた魔石の大きさに驚き、色々問いつめられるがなんとか振りきった。魔石屋の女主人は魔石を見るなり、いいカモが来たというあからさまな目つきで暁人を見たが、衛兵の紹介状を見るとチッ、と舌を鳴らした。
結局猿犬の魔石は50シルという値で引き取って貰えた。そこで恥を忍んで貨幣の価値について教えてもらう。聞くは一時の恥とも言われるし、知らないでポカをするのも煩わしい。
貨幣はダル、シル、ソル、ゴル、タラントと大きくなってそれぞれ100で繰り上がるらしい。魔石屋の女主人は丁寧に貨幣を一つ一つ見せてくれて教えてくれた。
さらに各貨幣に十のまとめ貨幣があるとか。もうチンプンカンプンだ。最低貨幣の1ダルで果実一つ、10ダルで憧れの肉が食えるらしい。
50ダルでそこそこの宿に一泊してお釣りが来るらしい。それが50シルともなれば三ヶ月位は宿屋暮らしが出来そうなので安堵する。
魔石は一つをとりあえず価値を確かめるために売っただけで猿犬のものが幾つかあるから食うには困らないだろう。
その後は身分証を作るために冒険者ギルドに向かう。街についた時間がギリギリだったので冒険者ギルドは閑散としていた。受付のカウンターは一番奥にあり、受付嬢と体格の良い冒険者らしい革鎧を身に着けた男たちが談笑していた。
思い切って受付嬢に話しかける暁人。
「すいません、今、少しいいですか」
「はい、冒険者ギルドにようこそ。どんな御用ですか」
「ギルドに加盟したいんですが」
「登録料として三シル頂きますよ。大丈夫ですか」
受付嬢はビジネスライクに囁いた。もう何度もそうしたやり取りをしているのだろう。
「はい」
暁人は魔石を最初に売っておいてよかった、と安堵し銀色の硬貨を三枚、懐から取り出して彼女に渡した。
「それではこちらの用紙に記入できるところを書いてくださいね」
そう言って受付嬢に差し出されたのは羊皮紙と羽ペンで、書いてある文字は日本語ではなかったが不思議と問題なく読めた。きっと、霧の廃城に初めて入った時の儀式の時に、他の召喚師としての知識と共に暁人の中にインストールされたのだろう。
読むのに支障はなかったし、書くのも問題はなかった。
用紙は名前とジョブ、そしてレベルを記入するだけの簡単なものだが、ここで一つ問題があった。暁人は自分ではグリフィンやガルムなどの召魔とともに魔獣と戦ってそれなりに成長したとは感じていたが、実際に自分の性能については知りようがなかった。ゲームのようにステータスが表示される訳ではないのだから。
「あのう、レベルとかはどうやって分かるんですか」
「はい、ギルドお抱えの司教様に測ってもらえるんですよ。すぐにいらっしゃいますからお待ち下さい」
「司教様ですか。それで何が分かるんですか?」
「レベルと覚醒の有無、魔力量と善悪が分かりますよ」
また暁人が知らない単語が出てきた。覚醒? 善悪って何だ?
「……色々と聞きたいことが出てきたんですが」
「はい、ではまず覚醒から」
受付のお姉さんは忍耐強く話してくれた。
覚醒とはだいたい二人に一人ぐらいで起きるブーストのことで覚醒が起きるとレベルの上がり方が早くなる。二十までに覚醒がないとどんなに上がってもレベル50が限界らしい。
覚醒のおかげで見た目が若くてもレベルがとんでもなく高い人とかいるらしい。
善悪というのは魔族の判別で、普通の人は大抵善になるとのこと。
(え、もしかして、召喚師やばい? 善なのかなー。だといいなあ)
何せ魔獣を使役して戦っているのだ。魔獣が悪かと問われれば疑問を浮かべてしまうが、グリフィンにしてもガルムにしても暁人をよく助けてくれる、その姿からは善としか思えない。しかし世間の評価はどうだろうか。
暁人が内心ビビっているとギルドホールに司教様が見えたらしい。中年の物腰の柔らかそうな男性で法衣を着ているので一発で教会の関係者ということが分かる。ギルドホールに屯する冒険者たちが目線で挨拶すると、司教様は受付嬢と二言三言話すと、暁人を振り返った。
「ほう、こちらの若者ですね。さあ、リラックスして。何、心配はいりません。すぐ終わりますよ」
ガチガチに緊張している暁人を慮るように司祭はニッコリと微笑んで肩をポンと叩くと胸の前で印を切って何かの魔法の呪文を唱え始める。司教様が敬虔な祈りを捧げると「おお」とか声を上げて驚いていた。
「レベルは14じゃな。魔力量はかなりあるな、覚醒もあるし。魔族では無いようじゃ」
「これは将来有望なルーキーですね」
なんでも魔力量がレベルに比してかなり多いらしい。レベルは14とのこと。辛くも善側で魔族判定は大丈夫だった。
ギルドでジョブを登録する時に回復系魔術師「ヒーラー」と書き、他のキャスターについて聞くついでを装って、おそるおそる召喚師について聞いてみる。
受付嬢にジョブについて聞いてみる。おおまかに言って魔術師には回復専門のヒーラーと攻撃魔術を使いこなすウィザードがいるらしい。その区分で言えば、召喚師である暁人はヒーラーになるだろうか。
前衛職の物理アタッカーには、いろいろな種類があって剣を使うものを一般にソードマンと言っているらしい。厳密には剣士や双剣士、スカウトになるらしいが。
双剣士は両手に小剣を持つ。スカウトは狩人のようなジョブだ。
「ちなみに召喚師、サモナーっているんですか?」
全く何の気負いもなく天気の話をするような気軽さで聞いたのに返ってきた答えは衝撃の内容だった。
「サモナーですって? 魔物使い……恐ろしい」
受付嬢が俯き加減に唇を震わせながら低い声で語尾を濁らせると、周囲の冒険者達もざわめきだす。
何が起こったのかと顔に疑問符を浮かべていると、彼の傍にいた冒険者が教えてくれた。
「お前が他所から来たルーキーなら知らないのも無理は無い。この近辺には昔、魔物たちを従えた魔王がいた。霧に包まれた魔城の主は夜毎イケニエを求めてこの辺の村を襲ったのさ」
(え、あの廃城がまさか)
自分が儀式を受けて召喚師となったあの場所がそんなに恐ろしい場所だったなんて、と暁人も衝撃を受けていた。だが、よく考えてみるとそれらしい気配はある。召魔が一緒でないと、あの森に現れるクマさんや猿犬のような魔獣はかなり脅威だ。
「だがあるとき、街を訪れた勇者様とその一行によって魔王は滅ぼされた。その魔王のジョブがサモナーだったっていう話さ」
「そのとばっちりを受けてこの辺じゃテイマーだって嫌われてる。ましてやサモナーなんて」
「まさかあなた、サモナーじゃないわよね?」
受付嬢が視線で暁人を射殺す勢いで身を乗り出してくる。暁人は慌てて冷や汗を掻きながらブンブンと手を振った。
「い、いえ、そんなことある訳ないじゃないですか。私は攻撃魔法に才能がないただの魔術師ですってば」
普通の手段、普通の魔法使いへの道では召喚魔法は獲得できない。まして、暁人のような若輩者がそんな魔法を手にしている筈もない。この世界でも召喚魔法は常識の枠外の異常な魔法なのだ。それが常識。
しかし突っ込みどころが多い話だ。勇者ってなんだ?
冷や汗を掻きながら真相を隠す。もしここで彼が召喚師、サモナーだとバレれば街を追い出される。それだけで済めば儲けもの。最悪、捕まって殺される。ただ、肉を食いたいばっかりに街に出てきただけなのに。
受付嬢はウンウン、と最初から分かってましたというふうに安堵した面持ちで頷く。
「そう、ならいいわ。冒険者ギルドにようこそ。歓迎するわ。あなたは運がいいわ。ヒーラーは常時募集がかかる人気ジョブなの。見たところルーキーでしょう。ルーキーなら講習を受けたほうがいいわ。パーティでの振る舞いとか勉強になるわよ」
拒否権はなさそうだ。
サモナーにもいろいろ種類があって単純に従魔という魔物を従えて戦わせるにも、その魔物の種類や魔術の行使方法によって名前が変わる。
従魔が死霊とか悪魔だったりすると死霊使いネクロマンサーになるし、精霊召喚を専門とするなら精霊使いエレメンタラーだし、自らに神の力を降臨させる神官・司祭プリーストも、神を人智を超えた魔に含めることに躊躇いがなければサモナーの一種と言えなくもない。
特殊なものでは、呼び出すものが魔物ではなく武具の一種である魔具の場合、魔剣士となる。
総じて、そうした特殊な道に進む者ほど力が強くなる傾向にある。それでも最初は魔術師の玉子から始まるのだ。各ステータスがどう伸びていくか、それに依って進む先が決まる。それぞれがどのような経験を経て成長するかに掛かっている。
暁人はギルドの登録証にかく名前を苗字の葦草から濁点を払った「イクサ」と記入する。戦に通じるこの名前は彼がオンライン対戦でいつも対戦者名として刻印するものだ。名前を書き込みながら「いつものこれだよな」と小さく呟いていた。彼なりの細やかな験担ぎだ。
結局色々ありすぎて肉を食うのを忘れたはルーキーに用意されるという宿屋の部屋で硬いベッドにダイブした後だった。