story 04 人里を求めて
「ガルム、クロール」
「グルゥ」
ランク2召魔のガルムを連れて廃城のある山の麓の道を目指している。暁人はガルムに警戒のコマンドワード、クロールを唱えると隣を進む彼の力強い体躯に頼もしさを覚えながら獣道を外れて斜面を降りていった。ガルムの放つ威圧感ゆえか、麓の道まで降りるまで全く魔獣やらに会うことはなかった。
問題は上か下かどっちに進むべきか。まあ最悪、ここに戻ってくればいいのだが、マップもない現状、判断基準はない。天に運を委ねて山から降りて左右に伸びる道を右に行くことにする。下に進むかと思われたのが頼りない判断基準だ。
しかし、一時間ほど歩いても太い街道へと繋がることはなかった。
「う。これは間違ったかな」
腹がくちくなってきたのでポケットから外見洋梨のグレープフルーツ味の実を取り出して齧る。ポケットにはガルムが倒したオークの魔石と果物が幾つか入っている。
戻るという選択肢は最初から無い。諦めて、溜息をつくと道を進む。
すると進んでる道が今まで緩やかな下降を描いていたのに上り道になる。「にゃろう(野郎)」と悪態をついて意地になってずんずん進むが、ゲーマーに体力を求めるのは無謀だ。
という訳でハァハァと汗を大量に掻きながら登り切ると少し満足した。そして、そこから下り坂でしかも遥か彼方に塔らしき建物が見える。
「と、遠い」
建物らしきものはすごく遠いので、そこまで歩いていくうちに夜が更けてしまいそうだ。まだお日様は一番上に来たばかりだが。気力が萎えそうになりながらトボトボと歩いていると遠くからカンカンと剣戟らしい音が響いてくる。
「む。誰かいるのか? ガルム、ラーイ」
伏兵のコマンドワードを呟くと暁人の隣に控えていたガルムの姿が煙のように消える。もし人に出会った時に召魔をその辺の魔獣と同じに扱われて狩られてもつまらない。
音のする方へ近づいていくと冒険者らしい革装備の栗毛頭の少年と青い頭の二人組がゴブリン相手に手間取っている。青い頭の少年も果敢に剣を繰り出すが、ゴブリンには全く当たらないばかりか剣先が交わると弾き返されてしまう。どうにか栗毛頭のほうがゴブリンにダメージを与えることには成功している。しかし、それも微々たるもので時間が経過するごとに押されているのは彼らの方だった。
ゴブリンは子鬼のように背が低く青い肌をしており白い牙が特徴的だ。オーク同様に腰ミノ程度の装備しか無いし裸足だが、手には錆びた小剣のようなものを持っている。
ただ闇雲に剣を振っているだけかと思ったが、冒険者のほうがどちらかと言うと手玉に取られている。そして少年たちを嘲るように「クヒッ」と笑い声を上げている。
「はぁはぁ、駄目だよ。このままじゃ。僕たちの力じゃまだ無理だったんだよ」
「な、何言ってんだよ。こんなちっこい奴らに……くっ」
冒険者の初心者にはありがちな、自分たちの実力以上の仕事に手を出してしまい自滅のパータンだ。
ゴブリンは一匹だが、目の前の二人に対しては優位に立っている。ゴブリンの小剣が突き出されるたび、栗毛色の少年冒険者の腕や頬に裂け目が穿たれ、彼はもう足元がフラフラと覚束なくなっている。
このままだと少年たち二人のほうがやられてしまいそうだ。
(よし、手助けしてやろう)
暁人は同じヒトとして少年たちを助太刀することにした。彼の好きなRTS-リアルタイムストラテジー-ではないが有名タイトルのオンラインRPGなどでは通りがかりに辻斬りならぬ辻補助が高レベルのプレイヤーが低レベルプレイヤーを助けることがままあった。
暁人は決して高レベルではないし、彼ら少年冒険者たち同様に駆け出しにすぎない。それでも物理的アタッカーの彼らには出来ないことが召喚師の暁人には可能だ。
ゴブリンを前にしている栗毛色の少年に向けて防御呪文を唱えた。しかし向こうからはこちらは視認できないだろう。また距離がある。
「プロテク」
「えっ」
二人はビックリしているようだ。突如として自分に魔法が掛けられたのだから。てっきり新手の敵かと思ったがそうではないようだ。彼に掛けられたのは防御魔法だ。
目の前のゴブリンから目を離さずにキョロキョロと周りを伺うが、魔法使いの影は見当たらない。暁人の魔法行使の特異性がここでも発揮される。冒険者の視界外からも届くのだ。
「ヒール」
「ま、また? 誰だか知らないけどありがとう!」
栗毛頭の少年に回復呪文を唱える暁人。少年はどうやら誰かに助太刀されているのは分かったようで礼の言葉を口にする。暁人は続けてゴブリンに弱体魔法をかける。これでかなり少年たちに軍配は上がるだろう。
「パライザー」
麻痺の呪文の戒めがゴブリンを捕らえ、その瞬間、攻撃回数や回避が明らかに減った魔物に対して、少年の攻撃がヒットする。
コブリンは今の一打が効いたのか「ギィィ!」と悲鳴を上げて麻痺で自由の効かない体を必死でコントロールしようとする。
だが繰り出される少年の剣を避けることが出来ずついには絶命する。
「やったあ!」
栗毛頭と青い髪の少年たちは互いに手を叩き合い、フウッ、と深い溜息を漏らした。その後少年たちは、手助けをした相手が姿を一向に見せないことに居心地が悪そうにしながらも、討伐証明のゴブリンの特徴的な尖った耳を苦労して切り取ると、持っていたズタ袋に収めてその場を後にする。
(あ、やっべえ。このまま出て行ったらすごく気まずいんじゃないか。むしろ何様って気がする)
辻行為というのはやったあとに簡単な礼でもしてサラッと去るから爽快なのであって、暁人がしたように最後まで姿を見せないのはダサイ気がする。
ここで姿を見せて思惑を話せばそれで済んで、事と次第によってはそのまま街に連れてって貰えたかもしれないが、ああでもないこうでもないと煩悶してる間に二人は引き上げていった。
完全に声をかけるタイミングを逸した暁人はトボトボと二人をストーカーしながらついていった。