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story 03 肉への欲求

 廃城暮らし三日目。

 相変わらず城の周りは霧で覆われ、周囲から隔絶している。霧の外に出て分かったのはこの霧はある種の結界として機能しており、前日に遭遇したクマさんのような凶暴な魔獣が城の敷地に入るのを妨げているようだ。

 今のところ暁人が認識している城の敷地は儀式の間、中庭とテラス、そして暁人の腹を満たしてくれる二種類の木の生えた斜面、最初暁人がここに来た時に触れた崩れかけた壁あたりが限界だ。


 この世界にも人の住む街があって冒険者といった存在もいるのだろうか。霧の中の廃城は安全地帯であり、腹持ちは悪いものの食事も確保している。グリフィンという頼もしい庇護者もいるので気持ちに余裕が出来ると、関心は外の世界に向けられる。いずれ、ここにいるのが飽きたら人里を求めて出て行く事になるだろう。


 昨夜は伏せたグリフィンのふかふかの毛皮に包まれて寝たので背中が痛くなかったせいかよく寝た。目を覚ますとグリフィンが「狩りに行こう」とせっつくのでたびたび霧の外に出て、彼の使える魔法を試すのにもってこいと力試しのつもりで狩りを行った。


 暁人が使える魔法は今のところ六種類だ。治癒、浄化、防御、回復、蘇生、弱体である。先日のグリフィンと一緒に倒したクマさんとの先頭で彼が使ったのが弱体魔法だ。蘇生魔法もあるということは死亡しても容易に復活できるのだろう。浄化というのは実態を持たない敵に対して有効な攻撃魔法だ。

治癒、防御、回復は自分に対しても、また召魔のグリフィンにも使える。ただ、召魔は現世にいる限りは召喚師の魔力を使って回復するので特に回復する必要はないようだ。

 また、ヒールの効果を試そうと、クマさんほどではない弱めの相手との戦闘中に前に出てわざと魔獣の攻撃を貰ってみたところ、グリフィンの体が青い光を纏ってたちどころに暁人を回復してしまった。

 どうやら召魔の固有スキルのようだ。まあ彼らにしてみれば召喚師を失えば現世に顕現出来ないので尤もなことだが。あるいは頼りなくて、すぐ死にそうだったのかもしれない。さもありなん。


 という訳で今日もグリフィンを連れて廃城の周りを探索だ。探索ついでに魔獣を片付けて経験値稼ぎもする。とは言っても暁人は自分の経験値のようなもの、それにスキルといったもの、ステータスの数値のようなものは分からない。ただ、急激に魔力を失うと目眩がするし、体力が尽きかけると寒気と倦怠感といったものが起きるのでそれで計るだけだ。二種類の果実にしても一種類だと飽きるから交互に食べてるというだけで違いはわからない。


 霧に連れて来られているときは道の起伏も認識できていなかった。というより、今自分が置かれている状況が異質すぎてついていけなかった。だが、今こうして歩いてみると廃城が建っているのは低い山の天辺らしいことが分かった。

 そして、森のような茂みが山の中腹を横切るように続いている。そちらの森は広葉樹が多く地面は堆肥が多いのか足が沈んで歩きにくい。

 山の麓は道になっていて廃城のある山を避けるように伸びている。山の上から見下ろすことが出来れば眺めも良さそうなのだが、霧が濃厚に隠していてそれは出来ない。

 獣道ではなく、所々に道標のようなものがあるため、人によって踏みしめられたものであろう。それが確認できただけでも今日の収穫だ。いずれ上か下かどちらかに進めば出会いが待っているのだろうか。


 それはさておき、暁人もグリフィンと共に狩りをこなしてるうちに、少しずつ成長してるような実感を得ていた。召魔が敵に対して盾となってくれている間に戦闘を長引かせないようにかける魔法の敵への掛かり方がスムーズになったのを見て自画自賛ではないが腕が上がったように感じる。


「クィィ!」


 グリフィンが前足を上げて後ろに下がっところに暁人は魔力を解放する。


「【パライザー】!」


 暁人の広げた腕の間から放たれた魔の力が吸い込まれるように魔獣を捕らえると魔法が顕現し、絡めとる。たった今までグリフィンを格下と侮って一気に距離を詰めようとしてた魔獣はガクッ、と何かに足を取られたように振り上げた腕を空振りする。そんな隙を見逃すグリフィンではない。大きく羽ばたいて鋭い蹴撃を加える。


 こいつは上半身が猿のような造形ながら四足で駆ける魔獣だ。仮に猿犬と呼称する。警戒で引っかかって様子を伺っている間に襲いかかってきた非常に好戦的な相手だ。


 グリフィンは麻痺に陥った魔獣に連撃を加えている。しかし、猿犬は打たれ強く、反撃をしようとして一瞬、ビクン、と体を痺れさせて召魔の攻撃を受けてしまう。


「ガァァァ!」


 グリフィンの爪が猿犬の目にヒットし、悲鳴を上げる。ここで大技が欲しいな、と暁人が思ったところでグリフィンは「ケアッ」と短く鳴くと、バッサバッサと翼を羽ばたかせるとクマさんを相手に出した大技のウインドブレードを発動させた。


「おおっ、ナイスタイミング」


 交差する羽根の軌道がエックスの字で猿犬を切り裂いてグリフィンは格上の魔獣を倒していた。これは召喚師と召魔の連携がうまく行ったというべきだろう。


 グリフィンも倒した魔獣の肉を与えてるせいか強くなっているようだ。単に戦闘をこなしたせいでレベルアップしてステータス的なものが上昇したのか、その辺は不明だ。

相変わらず失われていない野生の目覚めのように猿犬の屍体を食い漁ってるのはスプラッタだが、いい加減慣れてきた。

 それに何の役に立つのか、魔獣を倒すと貰える魔石? 赤い鉱石みたいな塊はきっと人里に行った時に売れるだろうと期待して貯めている。


 それに気づいたら特に指示もしてないのにグリフィンが暁人の思うとおりに行動してて、いちいちコマンドワードを唱えなくても良くなったのは便利だった。森の中を散歩しながら警戒しつつ敵が出ると自動で攻撃してくれる。

 今までのところ格上と言ってもなんとか倒せる程度の強敵しか出会っていないため、それで間に合っていると言えるが、場合によったら退避させたり攻撃させずにスルーさせなければならない。そんな時に勝手に攻撃してしまうのは困る。

 ヘタすると逆に倒されてしまうことにもなりかねない。召魔は倒されても魂の存在となって召喚師の精神世界に帰るだけだが、召魔を失って暁人が無事で済むとも思えない。


***


 廃城暮らし四日目。

 さすがに果物だけでは飽きてきた。何かガッツリした腹に溜まるものが食べたい。となれば人里を探すしか無い。

 グリフィンとの連携も深まってきたところなので、一旦、彼を精神世界、ベタだが召魔界と名付けたそこへ帰還してもらう。

 呼び出すときは成長分もそのままに召喚出来るので帰還も意味はある。召喚時にはずっと維持コストがかかるためだ。幸いな事に今いる廃城エリアは回復できるので維持コストを無視できる。


「グリフィン、【ホーム】!」


 イクサが両手を広げ自己の内面世界である召魔界にアクセスすると足元に召喚用の魔法陣が描かれる。帰還のコマンドワード「ホーム」によって、グリフィンが瞑目すると現れたとき同様に膜に包まれる。そして、召喚の魔法陣へと沈んでいく。

 グリフィンが召魔界に帰還したことで彼を維持していた魔力が帰ってきて噎せるような感覚を覚える。


 今度呼ぶのはグリフィンと同ランク帯の召魔である狼タイプだ。グリフィン同様、魔獣タイプの召魔はすべてランク1だ。

 ランク2になると召喚を維持する魔力コストはランク1で必要なMP量の二乗になる。つまり百のMPが必要だ。

 その後もランクが上がるたびに爆発的に上昇し、ランク5では十万MPになる。とてもじゃないが人が持てるMP量を超えている。しかし、召魔のリストはスクロールが進むたびにランクがうなぎ登りに上昇するので、おそらくは対応するMPを補助するような仕組みが存在しているのだろう。


「【サモン・スピリッツ】、【アドベント】・ロードウルフ」


 目を閉じて両腕を広げて召喚の魔法陣を開く。

 足元に青い光が広がり、光の軌跡が魔法陣を描いていくと、頭のなかで召魔のリストが展開される。

 一番端の菱型のものはどうやら基本精霊のようだ。暇なうちに一度は呼んで性能を確かめておきたい。

 基本精霊はランクゼロの召魔なので最初から呼べる上に維持コストも3ととても低い。だが、維持コストは成長してもずっと変わらないため、レベルアップさせて成長させて進化を続けていけば強力な戦闘力を持ちながら安いコストで運用できるのが強みになる。

 が今は端から三番目の狼型を召喚する。ロードウルフはシルエットからしてかっこいい。なにせ牙が二本セットで上下についていて前に突き出している、如何にも戦闘力が高そうな召魔だ。


「【クリスニング】、ガルム」


 命名によって現世へのリンクを築くと同時に召喚師との絆を生み出す。グリフィンを呼び出したとき同様、魔法陣の床から金色の膜に覆われた前後に長い狼のフォルムが浮き出しパリンと割れるように綺羅びやかな破片を撒き散らして顕現する。


「おお、やっぱカッコええ……」


 満足気な溜息を漏らして、ロードウルフのガルムが大地に立つと空の彼方目掛けて遠吠えを放った。彼? の吠える声に呼応して周囲の霧の向こうの森からも幾つもの「ウォッ、ウォーン」という遠吠えの返答が聞こえてくる。


「か、噛みつかないよね? ガルム」


 暁人は流石にグリフィンの時とは違う本格的な魔獣の存在感にビビりながらガルムと命名した召魔の頭に手を伸ばした。ガルムは噛みつきはしなかったものの親しみやすい雰囲気はなく、「グルグル」とおっかない吠え声を漏らしながらも頭を伏せ、暁人の手を受け入れた。


「おっ、おお。モフモフや……」


 撫でたロードウルフの毛並みは優美な毛並みをしていて撫でているのがとても気持ちいい。グリフィンのときとはまた違う印象を受ける。撫でていると彼の息遣いが手から伝わってきて心地いい振動を返してくる。


「よし、ガルム、【アランド】」

「ウォッ」


 短く小さい返答をするガルムに対してまず護衛のコマンドワードを使う。どんなに聞き分けの悪い召魔でもコマンドワードには従順だ。

 このところグリフィンと一緒に散歩がてらに周回し、クマさん程度の魔獣を狩ったエリアを上書きするように獣道を辿っていく。


「ガルム、【クロール】」

「ウゥッ」

「何かいるのか?」


 護衛から警戒にコマンドワードを遷移させると、ガルムが前方を睨み低い唸り声を漏らす。そんな彼の首の後ろを押さえて暁人も前方を見ようとするが、彼の目には魔獣の存在は分からない。きっと、グリフィンと比べると探索範囲が広いのだろう。


「よし、ガルム、【プレイ】!」

「ガァッ!」


 ガルムは攻撃命令に忠実に従い、飛び出していく。しかし、深い森の中で一人にされるとたちどころに不安が押し寄せてくる。


「う、【プロテク】」


 少しでも防御力をあげようと自分に対して防御呪文を唱える。透明な板が暁人の周囲を囲むエフェクトが浮かんで、魔法の効果が目に見えてすぐ消える。これでステータス上は防御が上がったのだろうが、とても魔獣に効果があるとは思えない。

 多分、ガルムは暁人の目の届かないところで戦闘しているのだと思われるが、此処ではわからない。


「仕方ない。ガルム、【リーブ】!」


 リーブは退避のコマンドワードだ。召魔は召喚師からどれほど距離が離れていてもコマンドワードを聞くことが出来る。それに行動の制限もあり、およそ100メートルを超えて召魔は行動できない。


 ダッダッと地を駆ける足音が近づいてくるがそれが召魔のガルムなのか別の魔獣なのか分からない。やがて緊張していると藪の中から現れたのはガルムだった。グルグルと喉を鳴らして戦闘を途中で中断されたせいか不満そうだ。しかし、暁人の隣で振り向くと追っかけてくる魔物を出迎えた。


「なっ、オークか?」


 ガルムの後を追って現れたのは顔面が豚の人間型の魔獣であるオークと思われる。しかも複数だ。これはやばい。今までグリフィンと相対してきたのはどの場合も単騎だったので、召魔に盾をしてもらえば不安はなかったのだ。


「ちっ、ガルム、【プレイ】!」


 再びガルムに攻撃開始のコマンドワードを告げると「ガァァッ!」と凶暴な唸り声をあげて正面からくる一匹のオークへと跳びかかり、彼の鼻面の前方へと突き出した四本の牙を突き立てる。


「【スリプルス】」


 とりあえず二体を相手にしたのではガルムも分が悪い。

 後ろから来るもう一匹に対して暁人は睡眠呪文を放った。暁人の広げた腕の間から生まれた魔の力は吸い込まれるように後方から接近する二匹目のオークに絡みつくと、ガクン、と足元から崩れ落ちて倒れて起き上がる気配がない。相変わらず効き目が凄い。


「【ブラインドサイト】、【パライザー】」


 そのまま緊張を解かずにガルムが相手にしているオークに向けて魔の力を連続で放った。オークは手にした木から削りだしたような大きめの棍棒を振り上げてガルムをいなそうとする。しかし、暁人の弱体魔法を受けて視界を奪われた挙句に麻痺にも掛かり、その節くれだった手から棍棒を落としてしまう。


 ガルムは「ガァァ!」と唸ると、鋭い牙をオークの腰へと突き立てる。シュバッと青い血飛沫が広がり、オークは体勢を崩す。視界を奪われ、武器も失い、手負いのオークは滅多矢鱈に腕を振り回しながらキィキィと甲高い声を上げる。

 しかし、そこからはもうガルムの独壇場だった。四方八方から突進し、牙を突き立て、オークの体をなますに刻むと失血しすぎたのかオークはフラフラと足元が覚束なくなって倒れる。

 ガルムはオークの首元に噛み付いてトドメを刺すと、「グアア」と盛大なアクビを掻いて深い眠りについているオークへと襲いかかる。


「どんだけ眠り込んでるんだよ。普通、襲われたら起きるだろ?」


 ガルムが横たわっているオークに爪を立てて押さえ込みながら無防備な首筋に噛みつくがオークは全く起きる気配もなく、ブシュッと血を噴き出してそのまま絶命する。その様子を暁人が呆れながら見ていた。オークの流した青い血に口元を汚して振り返るガルムは恐ろしいまでの威圧感があった。


「ガルム、食っちゃっていいよ。どうせ俺には食えないしな」


 ガルムは「グルル」という唸り声で暁人に返答するとそのままオークの肉を噛み千切り始める。例によってスプラッタだが、グリフィンのとき同様に、その体の何処に入るのかと思うほど彼らは大食漢だ。

 オークといえばゴブリン、スライムに並ぶRPGの定番モンスターだ。よくその肉を食えたりする話もあるが人型のモンスターを食うなんて与程の味か、耐性がないと無理そうだ。くっころのオークさんだが生憎と女騎士はいない。

 しばらくガルムのガツガツとオークの肉を貪る音が支配し、それが終わると赤い宝石を咥えて暁人のところに持ってくる。


「ありがと」


 ガルムに礼を言って彼の頭を撫でてやる。「グルグル」と喉を鳴らす様子からはあまり撫でられるのを歓迎してる様子はないが、他の親愛を示す手段を知らないので我慢してもらおう。


 腹がくちくなってきたのでポケットからグレープフルーツ味の洋梨を取り出して齧るが、一噛みごとに肉への憧れが強くなってくる。


「よしッ、肉買いに行こう」


 一念発起した暁人はグッと拳を握るとガルムに頷いて人里を求めて山を下り始めた。

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